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#186 しわよせ

大事故の要因は、とてもつまらないものだったりする。わずか数百円のパーツの不備だったり、主要部位とはかけ離れたところの小さな歪みだったり。思いがけない部分に負の力が集まり、悲劇的な結果を招く。

英語に、“A chain is only as strong as its weakest link."という言い回しがあり、これは、ひとつでも弱点があれば、全体の強度はそこで決まることを意味している。要は、しわよせだ。

もっとも、このウィーケストリンクという言葉が、機械や建築の分野で使われる時は必ずしもネガティブではない。あえて弱い部分を作っておくことで、ダメージを最小限に留められるからだ。ある種のヒューズである。

だったら材料を均質にして、なおかつ構造全体の強度を引き上げておくことが理想かと言われると、そうでもない。これはガラスをイメージすると分かりやすい。ガラスとコンクリートで同一形状の物を作った場合、その強度は大幅にガラスの方が勝るのが普通だ。

ただし、一定の負荷を超えるとガラスは脆い。硬度が高過ぎて粘りがなく、配合物も均質過ぎるがゆえに、応力が分散されないからだ。ひと度破壊が進むと、それが瞬間的に広がってしまう。コンクリートならグシャッと欠けるだけで済み、補修によって埋め合わせることができたしても、ガラスならバリンと粉々になって復元不能。そんな感じ。ウィーケストリンクを設けることで全体のコストが抑えられたり、メンテナンス性に優れていたりと、メリットも多い。

ひとの組織はどうだろう。幾人かで構成される集団があれば、能力は絶対に一定ではなく、必ずどこかにウィーケストリンクが発生する。周囲よりもスキルの劣っているひとがいて、いわゆる足を引っ張る状態が想定されるわけだが、案外そこにストレスは流れ込まない。

能力のある人間が責任感と使命感に駆られ、その手前でせき止めたり、後方で尻ぬぐいをするからだ。そうしてしまう。とりわけ日本人は、気質的にその傾向が強い。

できる人材にストレスが集中しても、それで持ち応えられている間は構わない。その上司や上部組織からは事がスムーズに運んでいるように見え、フォローしてもらった部下や下部組織の仕事は軽減されるのだから、傍目には順調そのもの。「大丈夫大丈夫」、「それ俺がやっておくよ」、「気にしないでいいから」が口ぐせになっているひとは、結構危うい。いつか限界がきて、取り返しのつかない崩壊が起きる。

「ガラスの心臓」などと言う。繊細な心のたとえだが、中途半端に頑強な心が壊れた時の方が、損傷の度合いは大きい。ガラスを傷つけることは案外難しいが(だからテーブルの天板にはよく使われる)、叩き割るのは簡単だ。

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