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#317 DR250S

昔は土の上もそこそこ速く走れていた……ような気がするのだけど、あの頃の自分は一体どこへ行ってしまったのやら。小中排気量のオフロードモデルはまだしも、アドベンチャーモデルの試乗仕事がある度に、毎度がっかりするんですよね。そんなわけで軽過ぎず重過ぎず、小さ過ぎず大き過ぎないハスクバーナ・701エンデューロの手頃な中古車があったので、練習用に買いかけましたが踏みとどまりました。えらいぞ、俺。踏みとどまったものの、一応はまだ、上手くなろうという意識があったことを確認できて、それもえらいぞ、俺。

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高校を卒業した年、行きつけのバイクショップに誘われてミニバイクレースを始めた。リザルトは悪くなく、若者が皆そうであるように自分には才能があると確信。もっと速くなるにはどうしたらいいのか? ライテク本には例外なく、ダートトラックでタイヤのスライド感覚を身につけるといい、と書かれていた。

とはいえ、当時の日本でそれは難しく、悶々とするばかりだ。そんな時、スズキから登場したのがDR250Sだった。スライドを疑似体験するにはオフロードバイクが手っ取り早く、軽い車体よりは重い方がスキルアップにつながるに違いない。自分なりにそう考え、2ストロークのTS200Rではなく、4ストロークを選んだのである。

しかもこのモデルは、海外向けのエンデューロレーサーDR350のスケールダウン版ゆえ、同じクラスのライバルと比べて大柄だった。実際、その頃の雑誌には「足つきが悪い」、「タイトターンが苦手」といった評価が見られたが、裏を返せばポジションにゆとりがあり、長いホイールベースが穏やかなハンドリングに貢献するということ。車体が不安定になってもあまり恐くなかった。

ベースになったDR350は、アメリカ西部の広大な砂漠地帯を中心に開発が進められ、デザートライディングの神様アル・ベイカーのリクエストが多数盛り込まれた。必然的にスロットル開度多め、アベレージスピード高めを得意とするモデルが完成した。日本では馴染みのない350ccという排気量はその領域におけるパワーを確保しつつ、タイトなウッズライディングで求められる軽さをバランスさせるための最適解だった。

パワーと軽さという要件を満たすため、スズキが油冷を選択したのは極めて自然な流れだ。大柄(=重い)なのはアメリカ人とアメリカの走行環境を重視した車体に限ったことで、エンジン自体は外寸も重量も200ccクラスのそれと遜色なかった。

開発が始まったのはGSX-R750/1100が全盛を誇った1987年のことだが、DRの油冷方式は、それらとはまた異なる。シリンダーヘッドを冷却したオイルをクランクケースに回さず、タンク代わりのフレーム(エンジンはドライサンプ)に循環するようにラインを分岐。結果、オイルクーラー要らずの冷却性能を実現したのだ。

日本向けのDR250Sは、それと比較するとアンダーパワーながら、砂漠を駆け抜けるような環境はなく、スペックは充分だった。なにより印象的だったのは振動の少なさと、高回転を多用しても余力を感じさせるスムーズさで、ハードに使っても音を上げたことはない。ロードレースの国際ライセンスに昇格するにはずいぶんと時間を要したものの、コーナーの進入でリヤタイヤを振り出す感覚を最初に教えてくれた思い出のバイクだ。ジクサー250で油冷が復活した今、新生DR250Sの登場を心から願っている。

初出:『ahead』2020年8月号より

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