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#025 ハイン・ゲリックの赤いジャケット

東京暮らしで仕事はマスコミ関係。頭の上にサングラスをのせて、長めのソバージュを軽くまとめるのがいつものスタイルで、マニュアルのVWゴルフをスイスイと走らせる。それが僕の叔母だった。80年代初めの、その時代風に言うなら「ナウくてちょっとトッポい」都会の人そのもの。当時の僕は京都の田舎町に住んでいた小学生だったから叔母が聞かせてくれる都会のあれこれが、ことの他まぶしく感じられた。

僕がハタチになった頃、そんな叔母が「お古だけどもう着ないことにしたから」とバイク用のレザージャケットを譲ってくれた。それは西ドイツ(当時)のアパレルブランド「ハイン・ゲリック」のモノで色は真っ赤。たぶんそれなりに高価だったに違いないが、なにより驚きだったのは叔母がライダーだったことだ。年に1度会うか会わないかの距離感だったとはいえ、それまでバイクの話なんて1度もしたことがなかったし、免許を持っていることすら知らなかった。

都内の移動はバイクが便利なこと。ホンダのCB250RS-Zに乗っていること。ウェアをケチるとロクなことがないこと。そんなことを断片的に聞かせてくれたものの、とにかくその頃の叔母には思うところがあってバイクにはもう乗らないと決めたらしい。

結局、叔母がバイクに乗るところは見たことがない。見たことがないけれど、例えば「カッコイイと思う女性ライダーは?」と聞かれれば叔母の振る舞いを想像し、CBをヒラヒラと走らせる赤いレザージャケットのライダーのことを語れるほど、しっくりきていた。

最近、叔母のDNAを強く感じさせる僕の娘がバイクに乗り始めた。カッコイイにはまだほど遠いけれど、もしも彼女が望んだら、ハイン・ゲリックはいつでも譲るつもりでいる。

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