見出し画像

#277 スズキのラストシーズン

あと4戦ありますが、スズキのMotoGPマシンを日本で見られるのは本日が最後。携わった皆様、お疲れ様でした。

↓ 初出:『ahead』2020年12月号 / ↑ 写真:suzuki-racing.com

*****************************************

 かつてスズキのマシンを駆り、世界グランプリの最高峰クラスを制したのはバリー・シーン(1976~77年)、マルコ・ルッキネリ(1981年)、フランコ・ウンチーニ(1982年)、ケビン・シュワンツ(1993年)、ケニー・ロバーツJr(2000年)の5人だ。

 今シーズン、そこに新たな名が加わった。チームスズキエクスターに所属するスペイン人、ジョアン・ミルである。MotoGPクラス参戦2年目、23歳の若きエースがスズキに20年振りの栄冠をもたらし、鈴木式織機株式会社の創業から100周年、世界グランプリに参戦を開始して60周年というアニバーサリーイヤーに華を添えた。

 世界グランプリが始まったのは1949年のことだ。71年におよぶ歴史の中、チャンピオンの輩出が6人というのは少ない印象があるかもしれない。しかし、それはロバーツJrとミルとの間にある空白期間が長かっただけで、実はヤマハも6人であり、ホンダでさえ8人だ。50年代から70年代にかけて17連覇を達成しているMVアグスタは5人に留まっており、俯瞰して見れば、スズキは圧倒的な物量を誇るメーカーと伍して戦ってきたと言っていい。

 ジャコモ・アゴスチーニ(MVアグスタ/ヤマハ)、ミック・ドゥーハン(ホンダ)、ヴァレンティーノ・ロッシ(ホンダ/ヤマハ)、そしてマルク・マルケス(ホンダ)。時折出現する抜きん出た才能が、長期に渡る絶対王者時代を築いたのに対し、スズキにはそういうライダーがいなかった。限られた駒を巧みに動かし、ここぞという時に一極集中でタイトルを手繰り寄せてきたのだ。

 もっとも、70年代後半はその限りではない。当時の500ccクラスは、スズキなしでは成立しないほど、RG(スズキの市販レーサー。ファクトリー仕様も同名だった)がグリッドを占拠。シーンが2連覇を達成した1977年はその最たるシーズンだった。なぜなら、ランキング上位32人の内、27人ものライダーがスズキのマシンに乗っていたからだ。

 1978年以降は、ヤマハの新星ケニー・ロバーツを包囲するようにRGΓ、RGB、RGといった様々なマシンが混走し、その中から抜け出したのがルッキネリであり、ウンチーニだった。この頃の栄光がシーンあってのものだとすると、その幕引きを担ったのもまたシーンだ。

 スズキは1983年限りでワークス参戦の一時休止を決めたのだが、シーンは市販レーサーのRGBに乗って翌シーズンに挑み、開幕戦では3位表彰台を獲得。プライベーターながらランキング6位という結果を残してグランプリから去った。SUZUKIの文字が再びリザルトの上位に刻まれるには、フライングテキサンと呼ばれた天性のスプリンターが見出されるのを待たなければならず、ここまでがひとつの時代だった。

 そのスプリンターがケビン・シュワンツだ。シュワンツが頭角を現し、王座に就くまでの間、つまり1988年から1993年の6シーズンは、世界グランプリ史における黄金期のひとつに挙げられる。4強とも6強とも謳われたライダーの一角を担い、度々爆発的な速さを披露したかと思えば、時にあっけなく崩れる儚さにファンは魅せられていったのだ。

 ところで、その存在感が突出していたため、当時のマシンRGV-Γは「シュワンツスペシャル」と評されることが多かったが、ほんの一時を除いてスズキはそうしたマシン作りをしていない。セッティング次第でどんなスタイルにも適応する懐の深さを身上とし、それは最新のMotoGPマシンにも、さらに言えばGSX-Rを筆頭とする市販マシンにも引き継がれている。

 ごく簡単に言えば、接地感に優れ、高い一体感を持つマシンであり、その源流は数々のマシン開発に携わった名ライダー河崎裕之に行き着く。その知見が津田拓也やシルヴァン・ギントーリといった現代のテストライダーにも継承されているはずだ。

 実際、一貫した安定性を持つスズキのマシンは、異なるライディングスタイルのライダーに対応してみせる。今シーズンはその象徴とも言え、ハードブレーキングを武器にコンパクトなラインで旋回するミルをチャンピオンに押し上げつつ、高いコーナリングスピードでワイドなラインを選ぶチームメイト、アレックス・リンスのランキング3位に貢献した。

 来シーズン、ミルが成すべきことはシーン以来の連覇であり、リンスにとってのそれはスズキ7人目のタイトルホルダーになることだ。今のスズキには、そのどちらも狙える強さがある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?