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#276 Daryl Beattie

ダリル・ビーティがグランプリから退いたのは、もう12年も前だが、彼が現在、まだ39歳だという事実に驚かされる。端的に言えば、若くしてトップライダーの仲間入りを果たしたにもかかわらず、そのキャリアもまた若くして終わらせてしまった。その足跡は、同じオーストラリア人ライダー、ケビン・マギーと似通ったところがある。

オーストラリアの国内選手権で頭角を現したマギーは、ヤマハに招かれると、ごく短期間の間に日本とオーストラリアで優勝を積み重ね、グランプリにデビューしてからも、すぐにトップ争いに加わってみせた。しかしながら、クラッシュで頭部に受けたダメージから抜け出せず、わずか数シーズンの活躍の後、第一線からの引退を余儀なくされている。

一方、ビーティの場合はホンダに見い出され、同じく日本とオーストラリアを行き来しながら急成長を遂げていった。しかも、グランプリ3年目にはチャンピオン争いをするほどの速さと安定性を身につけたのだ。

すべてが順調に見えていたものの、やはり転倒時に頭部を強打し、それを機に速さを失っていったことも酷似している。また、このふたりは1992年、全日本ロードレース選手権の500ccクラスでタイトルを争ったライバルでもある。

この年、グランプリを一端退き、日本の地で復帰の道を模索していたマギーは、新鋭のビーティを相手にランキングトップを守っていた。ところが、最終戦筑波の最終ラップでコースアウトを喫し、わずかな差でチャンピオンの座をビーティに譲ることになったのだ。そしてそれは、世代交代を感じさせる瞬間でもあった。もっとも、この時まだ22歳だったビーティが、わずか数年後に引退することになるなど、本人はおろか誰も予想していなかったことだろう。

ビーティは、その頃のオーストラリア人ライダーと同様、ミニバイクのショートトラックレースで腕を磨いた。ロードレースに転向後、1989年には19歳の若さでホンダと契約を結んでいる。以降、TT-F1、スーパーバイク、250、500とあらゆるカテゴリーのマシンを乗りこなし、同年のオーストラリアGPでは、250ccクラスにスポット参戦を果たすまでになっていた。

それから3年、圧巻だったのは1992年のオーストラリアGPだろう。ワイン・ガードナーの代役で出場したビーティは快走し、ミック・ドゥーハン、ウェイン・レイニーに次ぐ3位表彰台に上がってみせたのだ。この年は既述の全日本タイトルの他、鈴鹿8耐も制すなど、文句なしのリザルトを残してグランプリフル参戦の道を切り開いたのである。

ガードナーの引退を受け、ドゥーハンのチームメイトとしてホンダワークスに加われたこともタイミングがよかった。実際、1993年は勢いに乗り、ドイツGPで早くも初優勝を達成するとランキング3位を獲得。ルーキーとは思えない、ほぼ完璧なシーズンを過ごしたのだ。

ところが、ここでホンダは意外なことに、ビーティにスーパーバイク世界選手権でタイトルを獲ることを要請したという。当然ながらビーティはそれを断り、翌年に向けてチームロバーツ(ヤマハ)に移籍する道を選んだ。

しかしながら、ビーティはこの年に最初の苦難を味わうことになる。新しいマシンとタイヤに慣れることができず、それまでにない低調なシーズンを送る中、クラッシュした際に足の指を切断するアクシデントに見舞われたのだ。結局、ランキングは13位まで低下。心機一転をはかるべく、今度はスズキにシートを求めた。

この判断は功を奏し、1995年のシーズンが始まると、ビーティはコンスタントに表彰台に立ち続けて前半戦で2勝をマーク。ディフェンディングチャンピオンのドゥーハンを相手に、一歩も引くことのないバトルを幾度も演じている。些細なミスがいくつか重なり、タイトルこそ逃がしたものの、大きな飛躍を遂げることになった。

来たる1996年のシーズンに向けて積極的にテストを繰り返し、本人もチームも好調をアピール。見通しは明るいと思われたその矢先、大きなクラッシュを演じ、決して軽微とはいえないダメージを頭部に残すことになった。

結果的に、これがビーティのレースキャリアを縮める要因となり、以後表彰台に上がることはなかった。ガードナー、ドゥーハンに続き、オージーのチャンピオンになれる可能性が大いにあったビーティ。その才能を武器に、一気に頂点へと近づいた天性のレーシングライダーだった。

(初出:『ライディングスポーツ』2010年1月号/写真:本田技研工業)


タイトル写真は、広報画像としてホンダがストックしてくれている唯一のビーティ(#4)なんですけどね。なんというか、もうちょっと他にいいのがあったんじゃないでしょうか。いや、こうして使えるように管理して頂いているだけでありがたいのですが、シュワンツ(#34)の圧というか、後方からロックオンされてる感が強くて、ビーティなんだか気の毒……

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