ヨーゼフ・メンゲレの逃亡


 オリヴィエ・ゲーズ著、高橋啓訳「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」を読みました。著者はフランスのジャーナリストで、ナチス関連の著書が多いようです。タイトルの「ヨーゼフ・メンゲレ」とは、卵白を泡立てたような優し気な名前ですがアウシュビッツでユダヤ人の選別を行い、囚人に対して非人道的な人体実験を行った戦争犯罪者です。「死の天使」とあだ名されているのですが、スレイヤーの代表曲「Angle of death」まさしくヨーゼフ・メンゲレを指すそうなので、手に取りました。


 戦後、戦争犯罪人として裁かれるべきメンゲレはアルゼンチンでヘルムート・グレゴールという名前で潜伏生活をしいましたが、アルゼンチンの政変によりパラグアイからブラジルと逃走します。メンゲレの父親が事業家で、息子が後を継ぐのですが、戦争犯罪者とのつながりは世間に公表しておらず、そうしたことから資金援助をせざるを得なくなっていました。そんなわけで、メンゲレはお金に困っていません。それどころか、住まわせてもらっている家人ともめ事を起こしたり、婦人と関係を盛ってしまったりと、なんとも滅茶苦茶です。また、メンゲレはナチスの支援者からすれば有名人で、支援者は逃亡生活を手厚くサポートしてくれます。


 そうしたメンゲレの逃亡生活の描写の間に、メンゲレの過去の所業が挟み込まれます。ここに書くのも憚られるようなひどい所業で、「死の天使」なんていうあだ名では表現しきれておりません。アドルフ・アイヒマンという人物も登場しましたが、本書には「六百万人のユダヤ人殺害」なんて書いてありました。どうやったらそんなことができるのやら、本当に理解に苦しみます。


 しかしながら、「この大量虐殺の数字を『歴史の歪曲』だと信じ、世界的規模のユダヤ復興運動による『プロパガンダ』にすぎないと言い張る者が今も厳然と存在するということだろう。」とありました。大量虐殺の数字にも驚かされましたが、こうした主張も残っているということは、南京大虐殺についても「なかった」と主張する方もいますが、ちょっと同列に思えてしまってがっかりしました。いや、私自身も「なかった」と信じたいのですが、まだまだ勉強不足です。


 人体実験についての記述は、信じられないようなものが多く、それこそプロパガンダと信じたいくらいですが、プロパガンダにしてもそんな発想ができるのかと思うような内容で、もう何が本当なのか分らなくなるレベルでした。亡くなる直前にメンゲレは息子と接見しますが、その石鹸のやり取りもひどいモノ、後悔している様子はなく、「アウシュヴィッツを、ガス室を、焼却炉を作ったのは私ではない。(中略)一部にやりすぎがあったとしても、その責任は私にはない、」などと話しており、息子は聞くに堪えず途中で席を立ってしまいました。


 もう少し掘り下げてみたい気もしますが、読んでいてへこんでしまうので、前向きな本とバランスを取りながらでないとおかしくなりそうな内容でした。

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