見出し画像

スイカ泥棒

僕は長野県出身である。20歳で進学の為に上京するまでは長野県に住んでいた。まだ母方の祖母が元気だった小学生時代には、母の運転する軽トラに乗って、よく地元の塩尻市から祖母の住む波田町に遊びに行ったものだった。その道中では長野県特有の広大な畑の中に作られた道路を通っていくのだが、その中には波田町特産のスイカ畑もあった。そして、よく母には
『スイカ畑で靴の紐を結び直したらダメだよ。スイカ泥棒だと間違えられるから!』と、本気とも冗談ともとれるような言葉をよく聞かされていた。その時の小学生の僕はそんな事あるもんかと、適当に聞き流していたのだけど。

それから数年後、僕が大学生の時の事である。その当時僕は大学のある神奈川県川崎市に住んでいた。ある雨の日こと。その日僕は午前の授業に出るため雨の中を歩いて大学に向かっていた。雨足は弱まる気配はなくむしろ強くなっていた。そして途中でスニーカーの靴紐がほどけてしまったことに気付いた。大学まではあと数百メートルという距離だったけど、お気に入りのスニーカーの靴紐を雨に濡らしたくないので、何処かで雨宿りし、結び直したいと思っていた。しかし、周囲はマンションや住宅ばかりで適当に雨宿り出来る場所はなさそうだった。

どうしよう。このままスニーカーの靴紐がほどけたまま歩き続けるか?でも雨のせいで濡れてアスファルトに叩きつけられた靴紐はほぼぐしゃぐしゃになりつつあった。気持ち悪い。そんな時だった。丁度目の前に軽く雨宿り出来そうな高級マンションの駐車場の出入り口が目に入ったのだ。高級なだけに無駄にスペースがあるらしい。僕は一瞬迷ったが、すぐ結び直してそこから立ち去れば問題ないと判断し、その出入り口のちょっとした屋根のあるスペースに入ろうとした時だった。出入り口奥のシャッターが動き出し、ゆっくりとそこに住む住人の運転する車が出て来たのだ。焦った僕は、何事もなかったことを装い踵を返して、また雨の中を歩き出した。勿論靴紐はほどけたままである。

自分でもこの出会い頭でのタイミングで引き返した行動はちょっと怪しいと思った。でも一方で別に悪気があったわけでもないし、犯罪をした訳でもないし、また当時は大学生という身分でもあったから大丈夫だろうという強気な姿勢もあった。しかし、僕のその一連の行動は僕の想像していた以上に怪しさに満ちていたらしく、すぐにその車に追い付かれ、『何か用でもあったの?』と声を掛けられてしまったのだ。『いえ、特に・・』そんな言葉しか返せなかった僕を見た運転手は少し怪しんでから走り去っていった。

そしてその時僕は母の言葉『スイカ畑で靴の紐を結び直すな!』という言葉の意味を実体験?として味わったのだった。

そんな昔話でした。

#スイカ畑 #スイカ泥棒 #長野県 #靴紐

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?