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日経ビジネスとダイヤモンドの年金特集に共通する問題点

皆さま、2か月あまりのご無沙汰でした。年金界の野次馬こと、公的年金保険のミカタです。

2か月の間まったくサボっていたわけではなく、Facebookやtwitterで情報発信をしていました。ということで、よろしければ下記アカウントもフォローしてください。

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日経ビジネスの年金特集

さて、今回取り上げるのは、日経ビジネスのサイトで始まった下の特集です。

タイトルからして、以下にも年金不安を煽る特集の臭いがプンプンとしますね。実際、「全6回」の特集で、第1回と第2回は、厚生年金の加入期間が短い人や、国民年金の未納・免除を受けている人が多く、低年金者が増加していくというような話です。

また、少子高齢化に対応するために給付水準を抑制する仕組みであるマクロ経済スライドが、2004年の導入以来3回しか発動せず、給付水準が高止まりしていることを問題視しつつ、そのマクロ経済スライドによって、基礎年金は将来3~4割下がると、これまた不安を煽る始末です。

そんな、入念な前振りに続いて、出てきたのが特集の第3回の記事です。

シリーズのタイトルも、この記事のタイトルも、いかにも不安を煽って注目を浴びようという感じですよね。もちろん、記事は「読んでもらってナンボ」ということもあるでしょう。

しかし、こと公的年金に関しては、こういうタイトルだけを見て制度に対する不信感を増してしまう方も多く、全国7000万人近い加入者の中には、これを見て、「保険料払うのは無駄」と保険料を納めなかったり、「貰えるうちにもらっておこう」と繰り上げ受給をしてしまう人もいるのではないでしょうか。

まあ、タイトルだけでなく、内容も誤解を招くところが多いので、そこら辺をチェックしていきましょう。

年金改革については俎上にある改革案との比較考量が重要

まず、記事の冒頭部分。

「経済成長ケースでも将来は所得代替率が50%を割ってしまう恐れが大きいのではないか」
 2021年11月末、ある年金系シンクタンクが催したオンラインシンポジウムで、厚生労働省の幹部が突然、こう語って関係者を驚かせた。「所得代替率」とはいわば年金の受給水準を表すもの。それが、現役時代の半分を下回る危険性に触れたのだ。

記事より抜粋

この11月30日に開催されたシンポジウムは、年金綜合研究所主催のもので、厚労省の幹部とは、高橋俊之年金局長です。高橋局長の講演資料は、年金綜合研究所のホームページで公開されています。

年金総合研究所シンポジウム 講演資料

年金局長による講演のタイトルは「公的年金の水準の確保に向けて」というもので、内容は以下の3点です。

公的年金の水準の確保に向けて
1.勤労者皆保険(被用者保険の適用拡大)
2.調整期間一致と基礎年金45年化
3.健康寿命の伸長と年金

年金綜合研究所シンポジウム 講演資料より抜粋

この記事は2だけを取り上げています。現行制度だと、2階建ての年金のうち、1階部分の基礎年金の目減りが大きくなることを問題視しています。基礎年金は、現役時代の収入に関わらず定額の給付であるので、その部分の目減りが大きいと、その影響は低所得者ほど大きくなってしまいます。

しかし、1の勤労者皆保険(被用者保険の適用拡大)は、その本来の目的である、「より多くの労働者に、手厚い被用者保険によるセーフティネットの下に入ってもらう」こと以外にも、基礎年金の目減りを抑える効果もあるのです(下の図表を参照)。

(いずれも経済前提ケースⅢの場合)

さらに、適用拡大には、次のようなメリットもあります。

  • 被用者保険の制度が、働き方や雇用の選択に影響を及ぼすことがなくなる。

  • 適用拡大によって、対象者が国民健康保険から企業の健康保険制度(協会けんぽ、健保組合、共済組合)に移ることによって、公費の負担がへるので、基礎年金水準の向上による国庫負担の増加と相殺し、財政的に問題が生じない。

  • 保険料負担ができない生産性の低い企業の新陳代謝が促進されるので、国全体の生産性が向上し、経済成長につながる。

調整期間の一致は、田村前厚労大臣が在任中にぶち上げた改革案なので、マスコミが飛びつきがちですが、すでに改革案の俎上にある適用拡大とよく比較考量することが重要ではないでしょうか。

よろしければ、以前に投稿した下の記事をご覧ください。

ちなみに、特集の第6回では適用拡大についても取り上げられていますが、先にも述べたとおり、調整期間の一致とよく比較して、論じて欲しいところです。

「独自試算」の問題点

記事の後半では、現行制度のままでいた場合、将来の年金額はいくらになるのか試算をしています。しかし、残念ながらこの試算は、誤解を招くもので問題があると思います。

下のグラフは、記事に掲載されている独自試算の一例で、中収入夫婦のものです。経済前提ケースⅢ(人口中位)を基に試算した場合(青線)は、現在21.6万円の年金が17.8万円に落ちるとされています。また、経済前提が一番悪いケースⅥ(人口低位)を基に試算した場合(赤線)は、21.6万円が12万円程になるとされています。

これを見た読者は、「年金が18万円でも苦しいのに、12万円になったら生きていけないよ!」と年金不信を募らせることでしょう。

記事より

しかし、財政検証の資料を見ると、上の中収入夫婦に近いモデル世帯で、ケースⅢとケースⅥの将来推計は、下の図表のようになっています。ケースⅢだと若干増えていますし(22万円→24.5万円)、ケースⅤの場合(22万円→15.4万円)でも、記事の「独自試算」ほど低くはありません。

財政検証資料を基に筆者作成

記事の独自試算と財政検証の資料における試算は、何が異なるのでしょう。

端的に言うと、独自試算は賃金上昇に対する実質額で、財政検証は物価上昇に対する実質額です。

賃金に対する実質額を使う理由は、将来に向かって実質賃金が上昇することによって現役世代が享受できる豊かさを、年金受給者がどの程度享受できるのかを年金額に反映しようとするものです。

しかし、このように将来の年金額として示されたものを、私たちは、その金額だと今の世の中で、どの程度の生活ができるのかという尺度で見るのではないでしょうか。それならば、今の世の中における購買力を表す対物価の実質額の方が、適切ではないかと考えます。

そして、対賃金の実質額が低下するということについては、その金額よりも、「現役世代の生活が豊かになる分については、年金だけではカバーできない」とざっくりと考えれば良いのではないかと思います。

また、ケースⅥ(人口低位)は、所得代替率が37.6%となっていますが、法律で所得代替率は50%を確保することが定められているので、実際は、そこまで低下する前に、何かしらの措置が講じられるという注釈が無いのも不親切ではないでしょうか。

ダイヤモンドオンラインでも年金特集が

日経ビジネスの年金特集について書いていたら、週刊ダイヤモンドでおなじみのダイヤモンド社が運営するサイト、ダイヤモンドオンライン(DOL)でも、年金特集が組まれていました。

内容については、日経ビジネスと大差なく、基礎年金の給付水準の改善のための改革案として「調整期間の一致」(適用拡大との比較考量はなし)を推し、将来の年金額を賃金実質額で示しています。

せっかくの年金特集なので、年金制度改革に関して建設的な議論をするために、また、将来の年金額について正しく認識してもらうために、読者にとって有益な情報の提供をして欲しいと思います。


年金の本質を説く「お金のむこうに人がいる」

そんな少々不満を感じる年金特集ですが、DOLの特集は7回シリーズのなかで、第1回と第2回の厚労省年金局数理課の佐藤課長と、元ゴールドマンサックスのトレーダー田内氏の対談は興味深かったです。

元ゴールドマンのトレーダーが、なぜ年金の対談を?と思うかもしれませんが、田内氏はゴールドマンを退職後、経済について独自の視点で分かりやすく解説した「お金のむこうに人がいる」を上梓し、その中で、独自の考察に基づいて年金制度の本質を説いているのです。

それを表しているのが、以下の文章です。

年金の話についても、「昔に比べ て年金保険料が増えた」とか「受け取る 年金が減ってしまう」とか、年金の積み立て方や支払い方のことを議論し、 お金の問題だと考える。問題はそこではない。お金のむこう側にいる働く人 が減っているのだ。働く人の 存在に気づけないと、年金問題を解決すること はできない。

田内 学. お金のむこうに人がいる. ダイヤモンド社

田内さんの文章と下の文章を比べてみてください。いずれも同じことを言っていますよね。

下の文章は、年金研究の第一人者であるニコラス・バー教授が唱える「生産物こそが重要(Output is central)」を、権丈善一教授が紹介したものです。

生産物こそが重要(Output is central)であり、年金受給者は金銭に関心があるのではなく、食料、衣類、医療サービスなどの消費に関心がある。鍵となる変数は将来の生産物である。賦課方式と積立方式は、将来の生産物に対する請求権を設定するための財政上の仕組みが異なるにすぎず、2つのアプローチの違いを誇張すべきではない。

日本経済新聞2016年12月23日、やさしい経済学「公的年金保険の誤解を解く(2)」権丈善一

現役世代が生産した財やサービスを年金生活者といかに分けあうかが年金制度の本質であり、お金を貯めることが少子高齢化の解決策ではないということを、独自の考察によって解き明かした田内氏には感服してしまいます。


現役世代の負担は増えていくのか?

また、社会保障制度を考える上で、田内氏が著書で指摘しているもう1つの重要な事実があります。それは、「子育てへの負担が減っている」という点です。

少子高齢化というと、とかく神輿型→騎馬戦型→肩車型のような高齢者を現役世代何人で支えるかという点が強調されますが、子どもを支える現役世代の数は増えていることを見落としていませんか。

田内氏が著書で使っている人口構成の図表を再構成した下の図表をご覧ください。高齢者1人を支える現役世代の数は、1970年に8.5人だったものが、2020年には1.9人となっています。一方、子ども1人を支える現役世代の数は、1970年に1.8人だったものが、2020年には3.3人に増えています。

すると、子どもと高齢者を支える現役世代の数は1970年に1.5人だったものが2020年には1.2人となっていて、それほど変わっていないことになります。この間、女性や高齢者の社会参加も進んでいるので、非就業者と就業者の比率はそれほど変わっていないのです。

少子高齢化だからといって、何倍も現役世代の負担が増える訳ではないということは権丈先生の「ちょっと気になる社会保障V3」の冒頭でも指摘されていることですね。

ちょっと気になる社会保障V3. 勁草書房. 権丈善一

そして、「社会全体で子育てを助けていく必要がある。」という、田内氏の言葉には深く共感するところです。

年金制度は「イス取りゲーム」か?

田内氏の著書の中で、少し気になったのは、年金制度をイス取りゲームに例えていたところです。

「現役世代が生産する財やサービスを、現役世代と年金受給者で分け合う」ことが年金制度の本質だとお話ししました。限られた生産物のパイをいかに分配するかということですが、これをイス取りゲームというのは、年金制度に殺伐とした印象を与えてしまうのではないかと、気になります。

仮に、年金制度が個人で貯蓄をしたり、運用したりして、老後に備えるものだったとすると、自分に必要な生産物を確保するためには、人より少しでも多くのお金を用意しなければならないというインセンティブが働き、椅子取りゲームのような競争になりかねません。そして、そこには勝者と敗者が生まれ、格差が生じてしまうでしょう。

しかし、実際の年金制度は、現役世代が生産活動の対価として受け取る所得の一部を保険料として徴収し、それを給付の財源としているので、限られた生産物のパイを計画的に分け合っているものではないかと思います。

さらに、分け合うにあたっては、現在の受給者から将来の受給者への仕送りであるマクロ経済スライドや、高所得者から低所得者への再分配機能といった、優しい仕組みも取り入られているのです。

もちろん、田内氏が言うように、少子化対策と生産性の向上によって、パイを大きくすることも重要です。

今回紹介した田内氏の「お金のむこうに人がいる」は、年金制度以外にも世の中の経済の仕組みを「お金」ではなく「人」を中心に解説し、そこからどのような世の中を目指すべきかということを考えさせてくれる良書です。

そして、権丈先生の「ちょっと気になる社会保障V3」もよろしくお願いします。

それでは、次回はいつになるか分かりませんが、どうぞお楽しみに。
皆さん、ごきげんよう!

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