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見つめ直す。

髙橋 直揮

私はマスクが苦手だ。
自分自身は息苦しいし、邪魔だし、何よりも相手の表情が読み取れない。

しかしながら、時には良い時もある。
自分の表情を知られずに済む時である。


ちょうど一週間前、栃木県宇都宮市において「全国障害者スポーツ大会」が開催された。障害者による国民体育大会である。私は念願の選手団の顧問として参加してきた。4年越しの念願が叶った。

遡ること4年前、当時、茨城県で開催されるはずであった大会に顧問としてエントリーしていた。が、茨城・千葉県に甚大な被害をもたらした台風によって中止を余儀なくされた。

身体・知的の障害を持った新潟県・新潟市選手団は、大会前日まで開催されることを祈りつつ、バスでの移動の集合場所で判断を待っていたにも関わらず、大会は中止となった。

その後も選手団顧問としてエントリーし続けてきたが、翌年の鹿児島大会はコロナ感染症拡大で中止、そして昨年の三重大会もコロナで中止となったのである。

3年続けての中止の間に、大会出場を目標としてきた選手も、様々な事情で当然入れ替わる。去る選手もいれば、新たに参加する選手もいるのが、争うために行われるスポーツ大会の定義でもある。

残酷でもあるが、出場できなかった選手達は、出場するために積み重ねてきた努力は、必ず自分の人生の役に立つに違いないと信じている。


随分前にも書いた記憶があるが、私には母親は違うのだが、重度の障害を持った、一回り以上、年の離れた兄がいる。

私が幼い時から、実の子ではない重度の障害を持った子の世話を、私の母は献身的に面倒を見ていた。

だから私も当たり前のように、オムツを変えたり、ご飯を食べさせたりと、当たり前のように手伝いをしていた。

立場の弱い人や困っている人を、健全な人が手助けすることを幼少期に、自然と教わったのだろう。

カッコつけた言い方をすれば、「政治は弱い人のためにある」というのが、私の信条である。それだけは今も昔も変わらない。

昔、よく母と一緒に、兄のいる障がい者の専門病棟に行った。

そこには、想像ができないほどの身体の障害を持った患者や知的の患者がたくさんいた。そこで色んな場面や、家庭の事情、人間性など、ドラマのような出来事を、子供ながらに母と見てきた記憶がある。

そんな中、私が子供の頃に障害を持った人に対し感じた印象がある。
それは大人になった今、今回の障害者スポーツ大会に参加したことによって、一ミリも変わってないことに気が付いた。

ひとことで言えば「純粋」である。

私が知っている限り、これまで出会った障害を持った人達や、無論、今回の大会に参加している選手達は、自分が障害を持っているからといって、健常者を恨むことも憎むこともないだろう。

これまでの人生で、如何なる差別や偏見、仮に、いじめがあったとしても。

心が綺麗で純粋であるから、誰もが笑顔が素敵で、目が澄んでいる。

でも、その笑顔の奥には、たくさんの隠した気持ちや、嫌な経験、辛い経験があることを、健全である私達は理解しなければならない。

そしてアスリートではないにしろ、自身の心と体と戦い、真剣にスポーツと向き合う姿勢や努力は、感動するし、心を揺さぶられる。自分自身の生き方まで見つめ直すほどの力を、参加した選手達は持っている。

片手が無くても、物凄い勢いで泳げる。両足が無くても両手があれば、バスケでも陸上でも健常者に負けないプレイができる。知的や自閉症でも、バレーボールの仲間と一緒に勝利するために共に助け合う。

そんな「純粋」な姿に、そして立ち向かう勇気に、
私は、マスク無しでは見られない程、感動したのであった。


世の中、体が健康で健全であるが故に、自身の一方的な自由を求めること、恨みや妬みなどから事件や事故などが起きる。または自ら命を落とす人もいる。

世の中には「理不尽」や「不都合」は必ず存在する。

健常者であれば、いつかは解決できるかもしれないが、知的や身体に障害を持った人は、それらと生活していかなくてはならない。

それでも選手からは、人間は人間らしく、前を向いて進まなくてはならないことを教えられ、大きな勇気を貰った気がする。

最後に新潟県障害者スポーツ協会の皆さん、指導者の皆さん、県の障害福祉課の課長をはじめ、関係者の皆様方に心から敬意と、今回、ようやく参加できたことに感謝を申し上げます。