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半分、片想い

そんなの、いつものことだった。
シャワーも済ませたのに、何時間経っても彼は姿を現さない。
 
ホテルの白い壁の一室。わたしの爪が泣いていた。
前日にネイルサロンで綺麗にマニキュアを塗ってもらった爪が泣いていた。
 
「仕事で遅くなる」メールがひとつ入ったきり音沙汰もなく過ぎてゆく時計の針。逢える日は限られているのに、どんなに前々から約束をしていても当日になると彼は「仕事で遅くなる」とわたしを待たせる。そんなの、いつものことだった。
 
ひとりきりのチェックイン。ひとりきりで待ちぼうけ。
逢えることの胸の高鳴りも時間の経過と共に消えて惨めな気持ちでいっぱいになる。

夜8時を過ぎてもまだわたしは、ひとり。
それから更に一時間が経とうとしている夜の9時ちょっと前に再びメールがきた。「遅くなるからコンビニで弁当とビールを買っておいてほしい」
爪の先から涙が滝のように流れて床が滲んだ。けれども、ホテルの部屋をいったん出て、手作りの味自慢のお弁当屋さんへと向かった。コンビニで弁当をと言われたのに、わざわざ手作り店でお弁当を作ってもらうのは、わたしの彼への「好き」を伝えたかったから。コンビニ弁当では「お手軽な愛」になってしまいそうで、せめて手作りお弁当屋さんの物に願いを込めた。そうして言われたとおり缶ビールも買ってホテルの部屋に戻った。

お弁当が冷めたころに3回目のメール。「なんだったら、先に食べていて」

男性と逢う約束をして、ひとりでチェックインをして、ひとりで待ちぼうけして、ひとりで冷めたお弁当を食べる女性などいったいどこにいるのだろう。

夜10時すぎ。ようやく彼は姿を現した。
彼はわたしを抱きしめて、わたしも流れのままに抱きしめられた。

「わたしのこと、好き?」
「好きだよ」
「わたしのこと愛してる?」
「・・・それはわからないな」
「わたしのこと、愛していないの?」
「考えたことがなかったな」
爪が、爪が、爪がまた泣いた。
でもわたしは「そうなのね、次まで考えておいてね」と笑ってみせた。
ホテルでのこのデートはなんなのだろう。抱きしめられてお仕舞いなの?

この夜はいつもと違って、わたしは彼に贈り物を持って行っていた。
「プレゼントしたいものがあるの」と彼に告げると、「プレゼント?」と彼が尋ね返してきたので、わたしはちょっと得意げにブランド品よと答えて渡そうとしたけれども、彼は言った。「ブランド物なんてまったく興味がないんだよ」わたしはどうしたらいいのかわからなくなった。
「要らないっていうことなの?」
「ああ、要らないよ」
結局、贈り物は渡せないまま鞄の中。

仕事で疲れたと言ってその言葉のあとは彼はベッドで寝息を立て始めた。
 
ホテルでのこのデートはなんなのだろう。
抱いて、抱きしめられてお仕舞い?
待たせるだけ待たせても、ごめんねさえも言わない人。
愛しているかを尋ねても、わからないと答える。
贈り物を見ずして要らないよと平気で言う人。
 
どんなに抱かれても
わたしは半分、片想い。
逢える喜びを託したマニキュアの爪が、また泣いていた。
全身からも滝のように涙があふれて流れた。
 
窓辺のカーテンをめくると
銀色の月が冷たく光って、やがて雲間に消えていった。

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