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センチメンタル

 住所録を失くしてしまった。
これからの年末年始のご挨拶やギフトを贈るのに住所録がなくては大変だと、家中を探した。引き出しの中などを整理すると、いつの時代のものかわからないポイントカードやら、10年以上前に地方紙に掲載された私のエッセイ記事の新聞やら、探しもしていなかったものたちが出て来た。
 そして、もうずっとずっと昔の恋人からの手紙も、引き出しの奥に眠っていた・・・胸が苦しくなったのは、よりを戻したい気持ちとか未練ではなく、懐かしさにすら蓋をしなければならない現実の重さが心に刺さって痛かったから。
彼の住所や電話番号を知っていたところで、なんなら、LINE上で繋がっていたとしても、二度とメッセージも送信できない間柄になったのだということや、指が憶えている恋人だった人の番号にも電話は掛けることはできないのだと寂しさがこみあげた。
もうすこしイージーに考えてみたっていいのでないかとも思った。無邪気を装って「久しぶりね、元気だった?」と電話してみてもいいのじゃないかな、なんて。それくらいは有りでもよいのではないかな、なんて。
もしも相手から迷惑そうに対応されたらば、別れたふたりなのだから、それはそれで割り切れる。
けれど、実際に電話を掛けなかったのは、今の彼には、しあわせな家庭があるからだ。
奥様から「ねえ、昔々の女からなぜ不意に電話が来るのよ?」と問い詰められるかもしれない。「もしかして続いているの?」とあらぬ疑いが彼にかぶせられるかもしれない。
そういうことを想像すると、やっぱりイージーにはなりきれない私が居た。

なんだかセンチメンタルな気持ちになる。結局、当初の目的の探し物はあったものの、失った恋は失ったまま、晩秋の夜が更けてゆく。

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