中年おばさんの奮闘記 in デンマーク!26

オープニングデー

 オープニングデーの前夜、私は緊張と興奮で数時間しか寝れず、かなり早めに目が覚めた。足りない材料を買うために早朝業務スーパーに行く必要があったので、子供たちがまだ眠っている朝6時頃家を出た。出発する直前エミールが起きて来て「調子はどう?」と聞かれたので、私は自分の口座にあったお金をほとんど使ってしまったこと、もしかしたらお客さんが全然来なくて、赤字になるかもしれないことを話した。すると彼は「お金のことは心配しないで!一番大切なのはミノ達が楽しむことだよ!」と言ってくれた。この言葉を聞いて私は、ハッとした。そして「そうだ!私のビジネスの座右の銘は"続けること"だった!フードビジネスを続けたい!と思えるようなオープニング日にしよう!」と思った。そして出勤途中、不安になる度にエミールが言ってくれた言葉を繰り返し思い出した。
 買い出しが終了し早朝のXに着くと、辺りは昨日のイベントで発生したゴミだらけだった。「このゴミどうしよう」と思いながら空を見上げると、分厚い雲が浮かんでいた。「雨降らないで欲しいな~」と独り言を言いながら私は買って来た荷物をキッチンに運んだ。鳥の鳴き声だけが聞こえてくるキッチンで一人で作業をしていると再び不安に襲われた。それはまるで寄せては返す波のようだった。不安に襲われる度に私はエミールから言われた言葉を思い出し「今日は楽しもう!楽しむぞ~!」と何度も呪文のように唱えた。
 9時を過ぎた頃には、優子さん、あーちゃんが来た。3人共「緊張して寝れなかった~!」と言って笑った。この時の私たちは極度に緊張しているせいか、冗談を言い合ってはいつもより大袈裟に笑った。それはまるで笑うことで緊張をほぐしているようだった。
 朝の時間は大忙しだった。仕込みもしなければならないし、昨日何度も落ちた電気のブレーカー問題も解決しなければならなかった。2人が大量の仕込みしている間、私は電気のブレーカーが落ちないように家庭用炊飯器3台、小さい電気コンロ2台の配置を考えた。試行錯誤した結果、電気のブレーカーが落ちない配置を発見した。「よし!これならいける!」2人に電気のブレーカーが落ちないことを伝えると、彼女たちはとても喜んでくれた。最後に私はブレーカーに両手を合わせてお願いした。「どうか本番でもブレーカーが落ちませんように!」

 3人で冗談を言い合いながら準備をしているうちに、手伝ってくれる仲間も出勤してきた。それぞれの担当部門の作業を確認した後、皆で外に出て掃除をすることにした。外に出てみると、さっきまで誰もいなかったXにぶらぶら歩いている人が数名いることに気が付いた。「Tokyo Kitchenのお客さん!?まさかね。散歩しているだけよね?あっはっはー!」などと皆でワイワイ言いながら掃除をした。
 11時ちょっと前、今日一緒に働く人たち全員がキッチンに集合した。そして優子さんが「気合を入れよう!」と言ったので、皆で円陣を組んで「がんばるぞー!エイエイオー!」と気合を入れた。外を見ると、いつの間にか長い行列が出来ていた。「わぁー、すごい!これ全員Tokyo Kitchenのお客さんなの!?」と大興奮したのも束の間、優子さんから「どうしよう!まだ油温まってない!油を先に温めておくべきだった~!」と言う声が聞こえた。時計を見たら「もうオープン時間の11時が過ぎてる!やばい!」優子の所へ行くと彼女は不安だらけの顔で油の温度をひっきりなしに測っていた。そうこうしているうちに、外のお客さんの数はどんどん増えていった。この時、私は生まれて初めてピンチで足が震えるという経験をした。自分の意思とは関係なく本当にぶるぶると足が震えているのである。逃げれるものなら、逃げ出したかった。しかし現実にはそうはいかない。私は恐る恐る、最初に並んでいた女性に、オーダーを聞いてみた。揚げ物以外であれば用意することが出来るからである。すると、彼女のオーダーはチキンの唐揚げだった。私は「ごめんなさい。まだ揚げ物用の油が温まっていなくて、料理出すにはもう少し時間がかかります。」と伝えたら、彼女は「大丈夫!あなた達は今日初めてオープンしたんでしょ、慣れていないんだから、しょうがないわよ!」と言ってくれた。この時、私はデンマーク人は何て器が大きいんだろう!と思った。日本で同じことが起きた場合、果たして何人がこのような言葉を言ってくれるだろうか。私は彼女に「理解してくれて、本当にありがとうございます!」とお礼をし、直ぐに優子さんのところに行った。そして「大丈夫!大丈夫!今日が初めてのオープンだから仕方ないって、お客さんが言ってくれてる!」と言い、不安を取り除くように彼女の背中を撫でた。
 11時15分を過ぎた頃、何とか揚げ物用の油も温まったので、私たちは注文を受け付けることにした。「よし!ガンガンさばいて行くぞ!」と気合を入れ直したのも束の間、すぐに別の問題が起きた。何と炊飯器3台で炊いたご飯が既に無くなりそうなのだ。私たちが予想していた以上にお客さんはパンではなく、ご飯を頼んでいた。家庭用の炊飯器を1台プラスしたところで、ご飯の量が全然足りなかった。お客さんに「丼ぶりは時間がかかりますけど、ホットドックならすぐ出来ますよ。」と伝えると、何人かのお客さんはホットドックに切り替えてくれたが、殆どの人は「待ちます!」と答えた。ご飯が炊き上がるのが大体40分、それも家庭用の炊飯器なので、最大で5号しか炊けない。どうしようもないので、私はご飯が無くなる度に「ご飯待ちのため、オーダーの受付は一旦終了しまーす」と言って受付を閉めた。そして受け付けを再開するとお客さんに「私たちはただの主婦で要領がまだよくわかっていません。長時間待たせて、本当にごめんなさい。」と言い訳をした。
 ご飯問題の他に揚げ物問題も発生した。電気のフライヤーではなく、普通の鍋を使用していたので、油の温度調整が難しいのである。しかも電気コンロを使用していたので、微妙な温度調整が出来ず一旦油の温度が上がると、温度がずっと上がり続け、上手く唐揚げが揚がらない。昨日のプレオープンでも同じ方法で揚げ物をしていたが、プレオープンは短時間のオープンだったので、油の温度がずーっと上がり続けることに私たちは気が付かなかった。しかしこの問題は料理上手な優子さんの力量でなんとか乗り切ることが出来た。さすが優子さんである。これ以外にも、盛り付け用の野菜が足りない、オーダーを間違えるなど、様々なトラブルが起きたが、その度に誰かがサポートし、皆でミスを乗り越えた。注文を裁くことに慣れてきた頃、ふと外を見てみると、オーダーを待つお客さんの列の長さはさほど変わっていないことに気が付いた。"え!?どこからこんなにお客さんが来たの?" と思っていると、「みんな!水飲んでー!」と誰かが声をかけた。"そうだ!忙しすぎて朝から水さえも飲んでいなかったー!" 手が空いた人から水を飲むと少し余裕が出て来て、それぞれ冗談を言うようになった。アドレナリンが出てテンションが高くなっているためか、ちょっとの冗談でも皆大声で笑った。私が間違えて「Chiken」ではなく「Kitchen」と書いたオーダー表を誰かが発見した時は、とびっきり大きい声で皆で笑った。気が付くと時計は14時を指しており、キッチンに残っている食べ物は残り僅かだった。「SOLD OUT」と書いたダンボールの切れ端を外に出し、最後のお客さんに料理を渡すと「終わったー!」と誰かが叫んだ。内容はどうであれ、私はやり遂げた達成感で一杯だった。
 周りを見ると、みんな燃え尽きた様子だった。まかないにするご飯さえも残っていなかったので、皆で水を飲んで一息ついた後、自然とそれぞれ改善点や感想を言い合った。それにしても、3時間しかオープンしていなかったが中身の濃い時間だった。手伝ってくれた方達に労いの言葉をかけ帰宅してもらった後、優子さんとあーちゃんと私の3人で掃除をしながら反省会をした。細かい反省点は沢山あったが、とにかく調理器具は大切だというがわかり直ぐに業務用炊飯器と電気フライヤーを購入することにした。
 キッチンの掃除を終え、夕方家に到着するとエミールに「どうだった?」と聞かれたので、私は「色んな問題が発生したけど、楽しかったよ!」と伝えると彼は「おめでとう!」と言ってくれた。
 翌日は補習校の授業があるので私は早めに布団に入ったが、まだ脳が興奮しているため、再び寝付けない夜を過ごすことになった。

最愛なる私の子供へ

 年を重ねると、それなりに色々な経験をしているので、感動や衝撃など心が動かされることが少なくなるのが現実です。しかし、このオープニングの日の出来事は、ママにとってとても刺激的な一日でした。ピンチで足が震えるという経験は生まれて初めてでしたし、大人になってから体験することがなかったチームプレーの楽しさも感じることが出来ました。この日の経験は、ママの中で眠っていた感情を蘇らせ、平凡な日々に刺激を与えてくれました。
 この日、キッチンをクローズした直後のママは反省することも沢山ありましたが、オープニングをやり遂げたことと、最大の目標であった"楽しむ!"ということをクリアしたことに、とても達成感を感じていました。
 新しいことに挑戦するというのは何歳になってもとても良いものですね。



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