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「未来のチケット」発行とゲストハウスを取り巻く状況

COVID-19、いわゆる新型コロナウイルスの影響でいま宿泊業界、飲食業界は困窮しています。追って説明をしますが、僕たちも大きな損失を被っています。

同時に、この状況を少しでも好転させる、または収束後の未来につながるアクションが少しずつ出ていますね。未来に使える宿泊券や飲食チケットのサービスも生まれ始めました。

僕は東京と京都で4軒のゲストハウス・ホステル(現在は全店営業自粛中)を運営するBakpackers' Japanという会社を経営しているのですが、僕たちも宿泊券と飲食券の販売を始めました。ただ、販売開始の背景には正直少し悩んだところもあり、この記事ではその背景に関してをまとめたいと思います。

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また、あらかじめ言っておきますと、未来のチケットに関して「これをするといい」といった内容のエントリーではありません。「この状況を見てください!救ってください!」といった言い方もしていないと思います。

あくまでも現状の整理と、少し悩んだこと、それから自分たちの姿勢を知ってもらう意味で思考の過程をお話できればと思います。冒頭と最後にゲストハウス業界の話も少ししますね。


ゲストハウスを取り巻く状況

「宿泊業界を取り巻く状況」と言ってしまってもある程度当てはまることかもしれませんが、あまり不確実なこともいえないので自分たちがいちばん近いであろう「ゲストハウス(ホステル)事業」に主眼を置くことにします。

ここ数ヶ月の状況の変化により、他の観光産業と同様、全国のゲストハウスは窮地に立たされています。もちろん、飲食店やイベント業など多くの業種が影響を受けている事態であると思うのですが、観光産業……特にこれまでインバウンド(訪日外国人)を集客の軸にしていた仕事は、いま長く真っ暗なトンネルの中にいるような状態かと思います。

例えば、少しずつ外出ができるようになり、町にも人が増え始めたとします。しかし、気兼ねなく旅行にいける状態はそのもう少し先、海外から他国の人が多くやってく状況はそのさらにもっと先。3月の訪日外国人数はなんと93%の減。3月時点で売り上げがほぼ断たれています。「売り上げが戻るのは1年後か、2年後か、はたまた5年先か、それは一体いつなんだ?」という状態なわけです。

この状況にあって、おそらくかなり多くのゲストハウスが大きな方針転換を迫られていると思われます。営業を続けながら打てる策を考えるのが第一優先ですが、3月に入ってからは廃業のニュースもいくつか聞くようになりました。

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ただ、市況自体はもっと以前から、具体的には2〜3年ほど前から悪くなり続けてはいました。

これに関しては、それよりさらに2、3年前、訪日外国人が増加する一方で、ゲストハウスやホステルなど低価格で宿泊できる施設数はまだ少なく、高い稼働率で市場が潤っていたこと、さらには2020年の東京オリンピック開催が決定したことが少なからず関係しているかと思います。

つまり、その状況に目をつけた多くの事業者が参入し、需要を上回るほどに宿泊施設が乱立してしまった。「つくれば売れる」と思ってつくられたとしか思えない宿もいくつも生まれている状態でした。

それが必ずしも悪いのではないのでしょうが、施設が増えた結果、供給は需要を上回り市場全体は悪くなっていきました。オリンピック期間まではなんとか営業して閉めようと思っていたところが、周知の通り延期が決まった状況ですので、先んじて閉店を決断をするパターンもあると思います。

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ではいま廃業する宿、またはこれから廃業する宿に関して、そこはうまくいってなかった宿なのか、上辺だけでいい宿ではなかったのかと言われればそんなことはありません。

今はとにかく、海外国内問わず、外出が制限されている状態。さらには、ただ店を開けておくだけも感染のリスクを孕んでしまう。ほぼ例外なくさまざまなゲストハウスが危機的状況にあるはずです。高い評価を受けている宿が店を閉める決断をすることも往々にしてあるでしょうし、戦略的な撤退もありえます。

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続けられるかどうかは、単純にキャッシュがあるかどうか。先の見えないこの状況で、遠くの出口を信じて融資を受ける判断をするかどうかによってきます。融資以外にも、クラウドファンディングやチケットの先行販売で資金を調達しているところもあります。

これから話をする宿泊券のこととも関わってきますが、クラウドファンディングやチケットの先行販売に関して、あくまでも一時的な方法である上に、「結局はお金を借りているのと同じ状況である」という見方もあると思います。

融資以外の方法を取る理由は店舗によってさまざまでしょう。どんな方法を取るにせよ、一時的であっても、キャッシュが生まれればそのぶん対策を打つために悩める時間が増えます。結局は、今後の再興をどのように見据えて行動するのかということになるのだと思います。


宿泊券企画の誘いと発行に関してのジレンマ

3月の中頃、他ゲストハウスの方から「いくつかのゲストハウス共同でみらいの宿泊券を販売するクラウドファンディングを立ち上げるのですが参画しませんか?」とのお誘いがありました。

その誘いに関しては、銀行の追加融資での資金調達を検討していたこと、また我々4店舗が参画するとすでに参画しているゲストハウスに入るはずの売り上げが多少なりとも分配されてしまう可能性があることから、宿泊券を発行するなら自分たちで行おうと決めました。

僕たちの宿はカフェやバーを目的に利用してくれる方も多いので、ドリンクチケットも販売しようか、という話もその時点でしていたと思います。

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しかし将来使える券を発行するのにはいくつか悩むポイントがありました。上に書いた通り、生まれるのはあくまで一時的な売り上げであること、その売り上げは前借りにしかならないこと、もともとの営業ぶんをカバーするような方策ではないこと、チケットを販売をしておいて今後もし事業の方向性を変えることになったら、などなど。

こういった背景があり、3月末時点では宿泊券の発行や販売、クラウドファンディングの立ち上げをするのではなく追加融資を検討しよう、というのが僕たちの判断でした。そして、実際にそうしています。

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また、僕たちの場合、少なくとも現在のところ「このままでは一ヶ月二ヶ月先の営業が立ち行かなくなってしまう」という状況にはありません。

これに関しては幸運としか言えず、直近では大きな店舗展開などをしておらず経営が守りの状態にあったこと、去年の秋ぐらいから「もしこの先なにかあったときに、全く売り上げがなくても最低半年ぐらいは生きのびれるキャッシュをつくっておこう」と役員で話し準備をしていたことが挙げられます(いまとなっては半年では心もとない状態ではありますが)。

そこからさらに追加融資を受けるので、今後どう事業を継続させていくかを悩む時間はまだあります。


関係の均衡が崩れる懸念

さて、上記で挙げたこと以外にも、僕個人に関していうと、心情的にも宿泊チケットの販売に踏み切れないところがありました。

チケットを先行して売買してしまうことで、訪れてくれる人との関係の均衡が崩れると思ったためです。

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少し話が逸れますが、以前社内でカフェのポイントカード発行が提案されたことがありました。

「近所に住み、毎日のように足を運んでくれる人がいるので、その人たちのために還元をしよう、それでさらに来店の動機が増えるのならば双方にとってよし」という真っ当な提案だったと思います。

結果その提案はいくつかのフィードバックのもと実行はされなかったのですが、このとき僕が懸念したのがまさに「関係の均衡が崩れる」ことでした。

僕たちの店舗で期待するのは、訪れる人と店のスタッフが、もちろんお互いに礼節は保ちつつ、対等な交流、交換が起きることです。

そう考えると、ポイントカードは「うちの店を贔屓にしてくださいね」という見えない約束事で訪れる人を縛ることになってしまう。訪れる人も、来店の動機に「なるべく得をしよう」が入り込んでしまう。お店の真価が見えづらくなってしまうし、それはお店と来る人のあり方として自由ではないと思っていました(というか、これは今でも思っています)。

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未来の宿泊、飲食を約束するチケットでもこれは同じことが言えます。約束を所持させ続けることは行動を強いることになってしまう。僕はそのことにやや強い忌避感がありました。

ましてや、「未来のチケット」はポイントカードともまた少し違い、宿泊でも飲食でも、これまで僕たちが行なっていた交換を保証できません。たとえば、営業は再開できたかもしれないけど、当面テイクアウトのみになるかもしれない。

いままで販売していたカフェラテ1杯500円の中には、ソファに座って本を読める居心地や、カウンターでスタッフとおしゃべりする時間が含まれていたのに、それを未来では保証できない。そういった後ろめたさがあったというわけです。


声を上げてくれた人との接点をつくるために

では、4月15日の現在、なぜ宿泊券や飲食券を販売をすることにしたかというと、(ここまで話しておいてそんな理由かと思われるかもしれませんが)「券をつくって販売して欲しい」という意見がゲストやお客さんの側から上がったためです。しかも、何人かから。これは正直意外なことでもありました。

意見をくれた人の一人に詳しく聞いてみたところ、「この状況を見て力になりたいと思ったが支援する仕組みがない。寄付をしてもいいが、店側が何も発信していない状態でそれをするのもおこがましい気がする。気持ちよくお金を払う大義名分が欲しい」という返事をもらいました。

また、バーによく顔を出してくる方からも「これまでお店に足を運んだり、日々のSNS投稿を見ることでお店と繋がっていた感覚が今はぷつりと途切れてしまっている。券を発行してくれたら買いたい」と。

そこで、なにかしたい、協力したいと声をあげてくれる人と接点をつくろうと考え方を変え、チケット販売を計画することにしました。

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先日少なくとも5月6日までの休業を決めたため4月は実質売り上げがまったくなくなります。そんななかチケットの販売で少しでも売り上げが立つことは嬉しいのですが、売り上げよりも、まずは心配してわざわざ連絡をくれた少なくない人たちに感謝をしたい気持ちです。

気にかけてくれる人がいることは、それがそのままお店がここにあっていいことの証明であるように感じます。きっとその人が思っている以上に、僕たちにとってすごく励みになっています。本当に、ありがとうございます。


記事執筆の背景

なぜ僕がこのエントリーを書こうと思ったかというと、この背景を明確に述べておきたかったからです。

この困難な状況にあり、自分たちの取るアクションが、普段僕たちを応援していくれている周囲の人の感情を少しでも左右するいま、「やれば売り上げつくれるから」ではなく、なぜそれをするのかのロジックが自分たちには必要でした。

たとえ購入をしなくても、この状況で商品券を販売開始すること自体が応援を強いるニュアンスを含んでしまいうる。そのため、周囲の人への誠実さを表す意味でも、一度背景を正しく語っておきたかったのです。そのうえで購入してくれる人がいれば、大変嬉しいです。

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もしかすると同じゲストハウス業界の中でも「チケットを売ることがいい」「クラウドファンディングをやった方がいい」といったムードが生まれているかもしれませんが、そういった空気を無闇に加速させることも本意ではありません。

僕は、いかにほかより早く、うまい方法で出し抜くか、または足並みを揃えるられかといった競争は基本的にあまり意味がないと思っています。やり方ではなく、応援してくれる人たちに、どんな方法で応えていくかが大事だと考えています。これはなにも今の状況に限ったことでなく常にですが、今は特に。

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長くなりましたが、そういったわけでBackpackers' Japanではこの度宿泊券、飲食券(ドリンクチケット)を販売することにしました。どれもだいたい1割引以上は安く購入できるようになっています。

販売サイトは以下👇になります。

上記ECサイトでの販売する宿泊券はHotel Noum OSAKAを含む5店舗で使えるチケットで、紙で届きます。

そのほか、宿泊予約のD2CプラットフォームCHILLNNに参画させていただき、こちらでも宿泊割引チケットが購入できるようになりました。こちらはNoumを除く4店舗で使え、手元に届く紙のチケットではなく、メールに割引番号が発行されるかたちとなります。3,000円分からありますので、場面に合わせてご利用いただければと思います。


(最後に)町におけるゲストハウスという存在

いちばん最後に、町とゲストハウスの話、ゲストハウスがあることがその町や誰かの旅にとっていい循環を生んでいると思うんです、という話をさせてください。ここからはお友達のゲストハウスの写真を載せつつ参ります。

そもそも町における、そして旅行者におけるゲストハウスの役割はどういったものなのかというと、「両者の間の媒介役」という表現が僕にはいまのところしっくりきています。

「ゲストハウスは町のハブである」的な言い方はすでに多方面でされているのであえて説明はしませんが、それを円滑にしているのは「素泊まりを基本にしている」というゲストハウス業態の構造的な部分と、オーナーやスタッフとの(またその人たちの人間性との)距離が近いところなのかなと思います。

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一つ目はつまり、必然的に外でご飯を食べる必要があるということです。

泊まりに来るゲストからは夕食や朝食を食べられるところを聞かれることが多いので、紹介できるお店を情報として持っておく。いくつか選択肢があるなかで、その人の好みを聞いて、または人柄を見て判断するオーナーさんもいるのではないでしょうか。

ゲストがお店から帰ってきたら、「おいしかったよ」「楽しかったです」などと感想を届けてくれる。そこからまた会話が生まれて、「明日ちょっと時間があるんですが、どこか見所はありませんか?」なんて聞かれたりする。「観光名所もあるにはあるけど、よかったらその近くにある陶器のお店も覗いてみませんか?」そんなふうに会話が続いていく。

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(お友達のゲストハウス 新潟「なり」の写真)

町にあるお店、飲食店だけじゃなく、銭湯でも、窯元でも、家具屋でも服屋でも、外から来た人で賑わうのは嬉しいことであるはずです。

こういったやりとりが繰り広げられるのは、まさにオーナーやスタッフとの距離が近いからこそ。

例えば大きなビジネスホテルに着いてチェックインを済ませます。観光について聞きたいことがありロビーに戻ったけれどフロントは混んでいる。さっき担当してくれたスタッフの人も、優しそうな人だったけど見当たらない。そういったことはよくあると思います。

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(お友達のゲストハウス 小田原 Tipy Records inn 宿の中で育つ娘)

ところが、ゲストハウスでは玄関を開けたらオーナーがいきなりちゃぶ台の横で洗濯物を畳んでいたりします。そのままちゃぶ台でチェックイン、「夕食どこか行きます?」なんて話からいつの間にか盛り上がって、部屋に行くのも忘れて長話。

はたまた、チェックイン後に併設しているバーカウンターにやってきたら、となりで飲んでいた人は実は仕事の上がったスタッフ。異様に気が合って明日一緒に遊びにいくことになっていた、なんてことを経験した人もいるかもしれません。

もちろんこれらは一例ですが、ゲストハウスで働く人たちは、いつでも「どこかなにかうまいもの」を聞かれる準備をしていて、受付のなかにいるだけでなく、いつもそこらじゅうをうろついています(捕まえやすい)。

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(お友達のホステル 札幌・UNTAPPED HOSTELの屋外バー)

オーナーやスタッフと距離が近いということはその人の人間性に触れる機会が多いということ。案内する町やお店も、世界観といったら言い過ぎかもしれないけれど、「その人から見た町の姿」であるはずです。

その人が町と直接、深く繋がっているからこそ見える角度や深さがあり、どんなガイドブックにも載っていない情報がある。そういったものに触れるからこそ旅が面白く、刺激的になります。これはたとえば、小さなホテルにも当てはまることだと思います。

オーナーやスタッフの顔が見え、その人の視点に触れられるのは純粋に楽しい体験であるということ。宿を媒介にその町が好きになる、旅が楽しくなるということが、ゲストハウスや小さなホテルの周りで当たり前に起こっています。

僕自身、自分の店舗を含め、ゲストハウス文化は町や旅行にとって必要なものであると強く信じています。

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長文になりましたが、読んでいただきありがとうございました。

いまはほんとうに大変なときですが、この先の未来、多くの良い宿が町に残りますよう。





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