バイオジェット燃料―ユーグレナ社ASTM規格取得も前途は多難―
今年1月30日、ユーグレナ社はバイオジェット燃料の製造技術の国際規格であるASTM D7566規格の新規格を取得したと発表しました。さらに、2月3日付で、国土交通省の通達「航空機に搭載する代替ジェット燃料(ASTM D7566 規格)の取扱いについて」の一部が改正・施行されたことにより、ユーグレナ社のバイオジェット燃料の実用化が一気に現実味を帯びてきました。
これを受けて、2月5日には、ユーグレナ社の株が急騰しました。国産のバイオジェット製造技術がこのような進展を見せたことは、大変喜ばしいことだと思います。
しかしながら、バイオジェットには様々なハードルが待ち構えています。規格を取得したことと事業として成り立つかは別の問題だと思います。
今回は、バイオジェットとは何か。なぜ必要か。とうやって作るのかについて解説し、事業化にはまだまだハードルがあることを解説したいと思います。ユーグレナ社に投資したいと思っているあなた、再生可能エネルギーや航空機に関心を持つあなた、読んでいただければ参考になるのでは?
目次
1.ジェット機の燃料は何?=ジェット燃料
図ー1 灯油の化学構造
2.バイオジェットの必要性=ドロップイン燃料
図―2 国際航空からのCO2排出量予測と排出削減目標のイメージ
3.バイオジェットとは何か=カーボンニュートラル
4.どうやって作るか=水素化
図―3 油脂の化学構造
図ー4 ワックスエステルの化学構造
5.何が難しいか=バイオジェットのアップグレーディング
6.競合他社=ほかにもバイオジェットを開発中の企業がある
図―5 ジャトロファの種子(写真)
表-1 世界のバイオジェット開発企業一覧
7.コストダウンが重要=今後の課題
1.ジェット機の燃料は何?=ジェット燃料
ジェット機の燃料はジェット燃料という石油から精製された燃料油が使われています。ジェット機といえば、例えば世界最大の旅客機エアバスA380(トップ画面の飛行機)の場合、重量が500トンを超え、600人の乗客を乗せることができます。
そんな、巨大な旅客機を、10,000mの高空まで持ち上げ、時速1,000㎞の音速に近い速度で飛ばすのがジェット燃料。なので、ど~んだけすんごい燃料かと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は中身は灯油です。
皆さんのご家庭で暖房用に使われている、あの灯油と基本的に同じものなのです。いやいやジェット燃料はケロシンだと聞いた という人もいらっしゃるかもしれませんが、ケロシンは英語、日本語にすれば灯油。同じものです。
ただ、ふつーの灯油とは違って、やや規格が厳しく、低温でも固まらないこと(飛行機は気温の低い高空を飛ぶので、固まらないように)や静電気を逃がしやすいこと(静電気火花で火災が起こったら大変)が要求されるので、フィルターで水分を除去したり、帯電防止剤を加えたりしますが、基本的にはほとんど灯油。暖房用の灯油とほとんど変わりません。
(注)軍用のジェット燃料は灯油より少し沸点範囲が広くて、ガソリン成分も含んでいます。
灯油の化学的な成分は炭化水素と呼ばれるものです。もっと詳しく言えばパラフィン系炭化水素と呼ばれるもので、炭素が9個から15個くらい鎖のように繋がったもの。その周りを水素がくっついているという形をしています。
図―1 灯油の化学構造
灯油はもちろん原油を精製して作ります。まず、原油を蒸留して、沸点が170℃から250℃くらいの物を取り出します。これを粗灯油と言います。この粗灯油には、硫黄や窒素の化合物が含まれているので、水素化精製法と呼ばれる方法で、この不純物を取り除きます。
また、粗灯油にはパラフィン系炭化水素だけでなくオレフィン系やナフテン系と呼ばれる炭化水素が含まれていますが、これも水素化精製によって、パラフィン系に転換します。
こうやってできた精製灯油に、先ほど述べた帯電防止剤などの添加剤を加えて、ジェット燃料にしています。ここまでが従来型のジェット燃料の作り方です。
2.バイオジェットはなぜ必要か=ドロップイン燃料
このようにして石油からジェット燃料が作られるわけですが、燃やすとCO2という温室効果ガスが発生すると言う問題があります。だって灯油の成分が炭素と水素ですから、炭素が燃えればCO2になります。(水素の方は燃えるとH2O即ち水(水蒸気)になります。)
もちろん、CO2は飛行機だけでなく、自動車や工場や発電所など化石燃料を燃やす設備からは必ず出てきます。現在のところ、航空機が排出するCO2の量は、世界全体のわずかに2%、国際航空機だけに限ると1.3%にすぎません。
でも、これから国際航空の交通量はどんどん増えていくと予想されていますので、このまま行けば国際航空機から排出されるCO2排出量は2040年には2010年の3倍から4倍になると推計されています。
ということで、国連の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)で航空機部門からのCO2排出量について次のような目標が決められました。
① 2050 年まで年平均 2%の燃費効率改善
② 2020年以降、温室効果ガスの排出を増加させないこと。
つまり、国際航空機からのCO2排出量は2020年の水準を超えてはならないということです。(図―2参照)
図―2 国際航空からのCO2排出量予測と排出削減目標のイメージ
(国土交通省Press Release 平成28年9月20日 より)
では、航空機からCO2を発生しないためにはどうすればいいのでしょうか。ジェットエンジンを改良したり、ジェット機の機体を軽量化したりして、燃費を良くしてジェット燃料の消費量を減らすという方法もあります。ただ、このような改善は今までも行われてきたことですから、これ以上大きな改善はあまり見込めません。
では電気自動車のように電気を使う、あるいは燃料電池車のように水素を使うと言うのはどうでしょうか。
電気を使った場合、航空機は電車のように電線から電気を供給するということはできませんので、地上にいるときに蓄電池に充電しておいて使うということになります。
しかし、電気を使うとモーターを回すことになるので、必然的にプロペラ機になります。プロペラ機も小型飛行機や短距離の旅客機には使われていますが、ジェット機に比べれば速度も遅いし、バッテリーが重くなりすぎて航続距離が伸びません。つまりジェット機に比べて超カッタルイ飛行機になるわけです。
水素を使うというのはどうでしょうか。実は大型ロケットの燃料は水素が使われています。ですからジェット機も水素を燃料にできる可能性はありますし、将来の超音速ジェット旅客機用としても注目されています。
しかし、この場合は水素ジェットエンジンを一から開発する必要がでてきます。航空機は空を飛ぶので、もしエンジンが故障したら人命にかかわります。ですから、飛行機用に新しいエンジンを開発するとなったら、信頼性や安全性を確認するために相当時間がかかります。そうそう簡単に水素ジェットエンジンを開発すると言うわけにはいかないのです。
一番いいのは、今、世界中で飛んでいる航空機にそのまま使えて、なおかつCO2が発生しないジェット燃料が望ましいのです。このような燃料(つまり、今のジェット燃料とそのまま同じ使い方ができる代替燃料)をドロップイン燃料と言います。
そのドロップイン型の代替ジェット燃料として期待されているのがバイオジェットという燃料です。したがって、バイオジェットは技術的、経済的に確立すれば一定の市場が確保されていることになり、外部環境としてはチャンスだと思います。
3.バイオジェットとは何か=カーボンニュートラル
では、バイオジェットとは何でしょうか。
バイオジェットとは、一言でいえば植物(場合によっては動物)を原料としたジェット燃料のことです。植物を原料とすれば、CO2が出ない燃料を作ることができます。
もちろん、バイオジェットも燃やせばCO2が出てきます。しかし、原料となる植物はもともと、成長過程で空気中のCO2を吸収しているわけですから、吸収したCO2と排出されるCO2はチャラになってCO2を出していないことになります。これをカーボンニュートラルということはご存知でしょう。
カーボンニュートラルといっても、そんなん、へ理屈じゃないかと思われる方もいらっしゃるようです。どうも騙されているみたいだ、納得がいかない。そうお思いの方もいらっしゃるでしょう。
でも、きちんと考えればそういうことになるのです。空気中のCO2を植物が取り込んで、CとO2(酸素)が分離され、O2は大気に放出されます。そしてCが骨格となって、繊維質や油脂やでんぷんが作られ、これによって植物が成長します。
そのデンプンや繊維質や油脂を燃料にして燃やしたとき、CO2が排出されることになりますが、排出されるCO2に含まれるCは植物が成長した時に大気中から吸収したCO2から得られたもので、それ以外には考えられません。ですから植物を原料にした燃料を燃やしても、大気中のCO2は増えないことになります。
ただし、バイオジェットを製造するときには、加熱したり、電力を使ったり、輸送にトラックを使ったりします。この加熱や電気や輸送用燃料として化石燃料が使われた場合、その化石燃料から排出されるCO2はカーボンニュートラルではありません。肥料もそうです。
ですから、カーボンニュートラルなのは、バイオジェットを燃やしたときに発生するCO2だけであり、原料植物の栽培や、燃料の製造や輸送時に発生するCO2も含めてカーボンニュートラルだと言っているわけではありません。
4.どうやって作るか=水素化
では、バイオジェットはどうやって作るのでしょうか。
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