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『ウランといのちの声を聴く』④オンライン読書会の感想vol.2

4月13日に『ウランといのちの声を聴く』のオンライン読書会を行いました。

この日のうちに感想を頂いていたのですが、紹介がのびのびになってしまっていました汗

ここで紹介させていただきます。

今日は読書会ありがとうございました。

今日の感想はいっぱいあるのですが、
オンラインとは思えないぐらい安心できる空間でした。自分の思っていること、感じていることを伝えても否定されない、ジャッジされないことでの心地よさの中で、もやもやの部分を伝えることが出来ました。
この本の読みやすさと、読み進めるにしたがいどんどん本の世界に入りこむ理由が分かりました。
作者の意図を聴けることはなかなか無いので、そこも感動しました。
他の方の選ばれた場所が、自分と同じだったり、でも見え方が違うことでいろいろな視点から見えてくるものの面白さを感じました。
そして、全部深かった。

自分の言葉で語ることの必要性を感じました。
終わってから色々と考えていて、私は知らず知らずのうちに自分の想いを押し付けていたり、ジャッジしていたんだと思いました。(もやもやの部分で)
そして、なんで私は原発の話を避けてきたんだろう?なんで話すことに勇気が必要だったんだろう?他者より先に自分だったなって思いました。
相手の気持ちを推し量ること、出来ていない気がしました。
「お察しします」「おかげさまです」あー。っと思いました。(うまく表現できないけど、あー。でした)

私は、この本と出逢って、知らない事ばかりでドキドキしました。なんで教えてもらってないんだろう?って思ったのですが、私が知ろうとしていなかったんだと思いました。この年になり、少しずつ動く中でようやく見れるようになった。今だったんだって思います。知ることが自分を守ることになる。
改めて、いい本と出逢えたなと思いましたし、皆さんに手に取ってほしいと思いました。

夫とも今日の話をしました。
次回はこどもの園の行事で私が参加できません。
夫、参加します。

読書会のイメージがぶっ飛びました。
この会はすごいです。気づきの種をいっぱいもらいました。
ありがとうございました。
(M.N)


どうもありがとうございます。
次回は夫さんが参加してくれるということも嬉しいです。
(次回というのは、明日のことです)。
会の進め方にはとても意識を向けているので、こういった感想をいただけると、工夫を続けてきてよかったと思います。
どんな立場、どんな考えの人でも参加できることは大事にしたいと思います。
そして、考えがまとまっている、いない、もその時々で変わるし、新しい発見をしたばかりの時(発見した瞬間もふくめ)は、戸惑いや困惑のほうが大きいものだと思います。
そんな状態でもそのままそこにいれる。
そんな場を引き続き大事にしたいと思います。

ここで、本と読書会の紹介をしておきます。

本はこれです。
このページに購入方法も載っています。

読書会の紹介はこちらです。
毎月やっています。無料です。
本を持っていなくても参加できます。
お気軽にお申し込みください。


僕はこの本を通じて、色んな人と出会いたいと思っています。
そして、語らう中でこの本の中にある一つ一つのテーマを深めあっていけたらと思っています。
ということで、もう一方、感想を頂いているので紹介します。

今日は読書会の開催ありがとうございました!
直感的なフィーリングで申し込ませて頂いて、今日を迎えるまでの間に、何故今私はここに興味があるのかを考えて、行き着いたのは、発達の個性を持って育つ子ども達や、それらを持って生きてきた、現代社会に生きづらさを抱えている大人達との向き合いをしている私の活動と、被ばくと向き合うという活動が、根っこの部分で共通することがある氣がしたからなのだと思いました。
今日は参加してみて、やはりつながる共通点を沢山感じました。
例えば、発達の個性も元を辿ると世代を越えて生じている要素によってもたらされている遺伝子破壊や異変から生まれているのだけれど、何によって破壊されてきているのかということはあまり表だっては語られません。
そこを語られると一部の企業や現代医療にとってとても不都合な事が沢山出てくるからだと思います。
原発問題や被ばくと向き合いながら皆さんが感じているジレンマやモヤモヤ感をお聞きしながら、とても共感し、私にとっても得られる何かがあるように思いました。
今後の読書交流会も楽しみに参加させて頂きます。
引き続きどうぞ宜しくお願いいたします😊
(A.K)

モヤモヤやジレンマ、葛藤、矛盾、はっきりしない思い。
こういったものに急いで答えを出したり、答えを出した気になろうとすることって、よくありますよね。
よくあるというか、そういう態度を求められている気すらしてしまうこともあります。
答えは速く出すほどいい、みたいな空気感といったらいいでしょうか。
モヤモヤやジレンマをネガティブな存在として捉えてしまうというか。
でも、その中にとどまることが大事だよ、という考え方も、最近は重要視されている空気も出来てきている気がします。
それは禅や瞑想、ネガティブ・ケイパビリティ(ネガティブと思われがちなモヤモヤした状態をそのままにできる能力)といったあり方の見つめ直しという文脈だったりします。
また、この3年ほどの間に起こったことも、ちょっと結論を保留にしておきたいこと、モヤモヤしたままにしておきたいこと、が結構たくさんあるんじゃないかと思います。
答えを出さないままそこにいること。
そのままの状態でも、受け入れてもらえること。
そういう受容性を育んでいくことは、コミュニティやイベントのような場を作っていく上で、とても大事なことのように思います。
そして、感想に書いてくださったように、性急に答えを出そうとしないことで、自然に、何かが発酵熟成するかのように、「ぽん」と気付きがうまれることがありますよね。
被ばくや被ばく対策、放射能の影響に向き合うこと、をしていないようで、別々のことに向き合っているようで、実は根っこでつながっている一つのことに向き合っている、というようなことが、これからもっとはっきりしてくる時代に入っていく気がします。
保養活動などをやっていても、そういうことはよく感じます。
実は一緒に、見えないコミュニティを育んでいる。
そんな実感です。

明日、また読書会をやります。
駆け込み歓迎ですので、ぜひお申し込みくださいね。

オフラインの場としては、
6月11日 11時〜16時
7月9日 同時間
11月12日 同時間
に、中津のハナヤで「ほようカフェ」というイベントをします。

お茶を飲んでご飯を食べてもらうだけで、保養活動の支援になります。
ハナヤ2階に作った「げんぱつほようライブラリー」の紹介もしますし、気になった本は貸し出しもできます。
関西で保養活動に関わる人達を招いての座談会もします(13時半〜15時)

こちらもぜひご参加くださいませ〜。

ではまた、どこかでお会いできることを楽しみにしています。

追記:この記事のトップに置いた写真は今年の4月に新潟で行われた保養活動「風フェス」に参加した時に撮ったスタッフ集合写真です。こういった保養活動が、原発事故の被災者だけでなく、世界の未来の希望につながっていくことを改めて感じました。この流れを関西で受け継いで保養活動の準備を進めています。その流れで「風フェス関西マルシェ」を6月18日に開催します。僕もいますよ。ぜひご来場ください!


風フェスでのみそ作り

お読みいただきどうもありがとうございます。