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05:今踏ん張らなければ……。もうギリギリのライン。

ハイエナコさんが急に立ち上がり、カウンターの向こうの冷蔵庫から、紙パックのブドウジューズとグレープフルーツジュースを持ってきた。

「あんたどっちが良い?」

「あ~、じゃあ、ブドウジュースで」 

俺がブドウジューズに張り付いてるストローを取るのに苦戦していると、ハイエナコさんは、ズーーーーという一吸いの吸引力で瞬く間にグレープジュースの紙パックをペタンコにしていた。

グレープジュースを飲み干すと、「ゥヴァー」という動物園にでも行かないと耳に出来ない音のゲップをする。「ハハハ」と俺が笑うと、ハイエナコさんは恥ずかしそうに、派手なマリンブルーのネイルの右手で口元を隠した。

「ねえ、田島っち、誰か頼れる人居ないの?」 

「え~、一応……」 

「ハイ、じゃあ今すぐ電話しなさい。今この場で、私が見ている前で電話しなさい。」

「マジっすか~」

「助けて欲しいって言いなさい。いい、これはチャンスだからね。絶好のチャンスだからね」

「いや~、迷惑じゃないっすかね」 

「ダメ。今のままだとね、あんた身滅ぼすわよ」

「まあ、でも……。」

「あんたね。もう私には迷惑掛けてるんだからね。少しくらい言う事聞きなさいよ」

「でも朝っすよ」

「いいの」

「あ~。ハイ」

「ハイ電話して!」

というハイエナコさんの迫力に押されるままに、携帯を取り出し、一番の親友である高山に電話した。長い呼び出し音の後で、電話は留守電になった。

「ホラ、折り返し電話して!って言いなさい」

言われた通りにした。

「その高山さんってどういう人?」

「小学校、中学校の同級生です」

「何やってる人?」

「今は、コンサル会社に勤務してます」

「あっそう。優秀なの?」

「はい、すげー優秀っすね。コンサル会社の同期でも最速でマネージャーに出世した奴で、マーケティングの本とかも出してます」

「エリートだ」

「ええと、まあ、そうなるのかな」

「エリートはね~。あたし印象悪いのよね。ん~。……。頼ったら嫌がるかしら」

「あ~、逆ですね。メチャクチャいい奴なんで、頼ったら、もう全力で支援してくれると思います」

「あら、そう。じゃあ、いいわね」

「いや~、だから、逆に迷惑じゃねえかなって……」

「いいのよ、いいのよ、知らない内に野垂れ死んだ方が哀しいでしょ。言っとくけどね、田島っちね、あんた、その路線に足踏み入れちゃってるんだからね」

「そうっすかね?」

というとハイエナコさんの目が遠くを見る目になった。

「うん典型よ。今踏ん張らなければ、もう手遅れになっちゃう。そういうギリギリのライン」

ねえ抜きした重みのある声だった。何だかズシンと来た。俺は半分口を開けたまま返す言葉が出てこなかった。

ハイエナコさんがマリンブルーのネイルの左手の親指と人差し指だけ伸ばした手の甲側を俺の方に見せる。

「2人よ」

「ふたり?」

唇を噛みしめ、数回うんうんと頷くと、しんみりした声になった。

「今でも後悔してるのよ。もっと早い段階で、お節介しとけば良かったってね。まだ大丈夫よねって思っていたら、もう、あっという間だったのよ」

語尾が少し震えていた。

俺は唇をキュッと閉じて頷く。

「もう、ここを超えたらダメってラインがあるの。でもね。そのラインを超える迄は案外元気なのよ。悩みは深いのよ。でも気力でね、何とか耐えているんだと思う。でもね、そこに1つでも別の問題とか不幸が重なると忽ち崩れちゃうのよね。もう、そうなったら只管堕ちていくだけ……」

ハイエナコさんが指の腹で目尻を拭う。

「あのね。敵が1つの時はね、それがどんなに強敵でも案外立ち向かえるの。でもね、敵が2つ3つって増えるとね、どんなに強い人でも脆いのよ。でもね、誰か支えてくれる人が居れば、助けてくれる人が居れば、一緒に闘ってくれる人が居れば何とかなるのよ」

頷づいた。

「あとは、素直に助けて下さい、支えてくださいって言う勇気が大事」

閉じた唇の奥が開くと、胸の辺りが熱くなった。

「分かった、田島っち!」

10分も経たず内に高山から折り返し電話があった。俺が説明に窮していると、ハイエナコさんが電話を強奪して、代わりに説明してくれた。説明は段々、2人の身の回りの人物を照合するような会話に変わっていく。

すると急にハイエナコさんが、大きな声を上げた。

「え~、ナカヤンの友達の高山さんなの!」

どうやら、ハイエナコさんの友人のアルテムッシュさんの親友のナカヤンさんが、高山の高校時代の同級生だったみたいだ。その後、ハイエナコさんと高山で10分くらいナカヤンさんやナカヤンさん周りの話で盛り上がっていたが、ハイエナコさんが突然、

「あっ!高山さん高山さん、本題忘れてたわよ。田島っちのヘルプお願いしたいんだったわ」

と言って電話を俺に突きつけながら「ホラ、お願いしなさい」と促す。促されるがままに高山にサポートをお願いすると、「OK!任せておけ!」という心強い言葉が返ってきた。

こうして、これから毎週会ってサポートしてもらう事になった。電話を切ると、ハイエナコさんに何度も何度もお礼の言葉を述べてお店を後にした。

<続く>


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