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母は強しっていうか母が強いっていうか

 ボクの妻はコラート(ナコンラチャシマー県)出身だ。コラートは非常に大きな県で、タイ中央部に隣接しつつ、東北部(イサーン地方)の深い方にも繋がっている。一応イサーンの県になるのだが、サラブリ―県寄りと中心地、そこから数十キロ程度のエリアはラオス語に似た言語であるイサーン語を話さない。コラート語とも呼ばれる、この地域特有の方言を使う。だから、妻と姉弟、友人らは会話の中でイサーン語を話さない。イントネーションは多少イサーン語に似ているが、本当のイサーン語ではない。

 一方で、妻の母は妻が小さいときに離婚しており、隣の村の人と再婚している。だから、下の妹ふたりは父親が違うため育ったのも隣村で、バリバリのイサーン語を話す。ちょうどその村辺りが境界線だったようだが、日本人からするとなんか不思議ではないか。

 そんな妻は、中流ではあるが、どちらかというと貧しい農村の育ちだ。しかし、どこかお嬢様気質があった。早くに親が離婚しているので、妻と姉弟は3人で助け合って生きてきた。だた、姉がしっかりしていて、弟もたったひとりの男手だからとがんばってきたので、その間の妻はチヤホヤされてきたというか。

 ボクが妻と出会ったのは16年17年くらい前だ。初めて会ったころの妻はボクが初めて話す外国人だし、おとなしい性格だったので、いつも蚊の鳴くような声で喋っていた。当時からボクはタイ語を話していたし、なにを緊張することがあるのか。そんな人が今や・・・・・・。

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 当時の妻は細くて、声が小さかった。ある日風邪をひき、今にも死にそうな声で助けを求めてきた(当時はまだ一緒に住んではいなかった)。病院に行ったようで、ボクが病院に駆けつけると、叔母や姉もいた。あの声でいろいろなところに電話をして、みんな心配したようで。そういう子だったのだ。

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 両親が来たときに一緒にバンコクを周ったときの後ろ姿だ。2005年くらいか。こう見ると、ザッツ・タイ人的な女性の姿に見える。

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 それがなにをどう間違えたらこうなるんだろう。今は声がでかいし、すぐ怒る。何年か前に妻の出身地の村の祭りに参加したら、ひと際うるさいテーブルがあって、よく見ると、それが妻と妻の友人らの席だった。村一番のうるささって、元からなのか? あの蚊の鳴くような声はウソだったのか?

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 交通違反で罰金を払いに来たときも余裕で笑っているし、なんか変わったなって思った。たぶん、母親になってなにか自信がついたんだろう。ここのところはホント身体が太くなってきたし。

 義母とか伯母、従妹とかもみんな太ってきているのだが、妻も40歳を過ぎたら急に寝る前に食事をしだしたり(夕食も普通に食べている)、謎の行動を取り始めている。それをちょっと注意すれば、キッと目つきが変わる。

 妻は怒りのスイッチが入ると、目の奥が燃え出す。昔の石油ストーブとガスコンロみたいな「ボッ」って火が出る瞬間の音が聞こえるような。わかりやすいと言えばわかりやすいけど、なんて怒りやすい性格なんだか。

 タイは「自由」という意味があるらしい。だから、人に行動を制限されたり、自分の思うままに生きられないことをタイ人は極端に嫌う。性同一性障害の人が多くいるが、実際は日本の方が多い。タイは隠さずに表に出す人が多いから、日本よりもたくさんいるように見えるだけだ。

 それと同じで、自分の信念がなによりも最優先というか。そういう生き方は日本だとなかなかできない。羨ましいとは思うけど、とにかく、じゃああの蚊の鳴くような声はなんだったんだって、最近よく思う。

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