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アユタヤの名物菓子「ローティー・サーイマイ」

 タイにも伝統菓子がある。バンコクなら各地の食べものが集まってくるので、わざわざ現地に行かなくても郷土料理的な伝統菓子などを体験できる。しかし、今回紹介する「ローティー・サーイマイ」はバンコクではほとんどみかけない。物産店などのイベントで見かけることはたまにあるが、バンコク都内で常時これを売っている店はかなり希有な存在と言える。

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 ローティー・サーイマイはアユタヤで有名なイスラム料理の中の伝統菓子だ。

 アユタヤは現王朝の前の前にあった王朝で、1351年に成立し、1767年に滅んだとされる、何百年も続いた王国でもある。この王朝はそのもうひとつ前のスコータイ王朝と100年くらい重なっているのだが、タイ湾に近かったことから国際貿易国としても栄えた。日本の鎖国前には多くの日本人商人などが来ていて、今も日本人村の跡がある。

 ちなみに、このアユタヤ王朝で活躍した武士、山田長政を描いた遠藤周作の小説「王国への道-山田長政」はタイ好きならぜひ読むべきだと思う。タイ人のしたたかで、嫌な面がしっかりと描かれていて、タイ人を知るためのひとつの参考になる。

 アユタヤは現在、古都として世界的に有名な観光地になっていて、旧市街の中心部は歴史公園として1991年、世界文化遺産にも指定された。バンコクから北におよそ80キロ程度、車で1時間ほどなので、バンコクからの日帰り旅行にも適している。

 そんなアユタヤにタイ人は日帰り旅行をした際、このローティー・サーイマイを買っていく。

 このマップでいうと、チャオプラヤ河沿いにあるウートン通りにローティー・サーイマイの店がずらっと並んでいる。ほかにも売っているところはたくさんあるが、ここに集中していて、メディアにも紹介された店が多数ある。

 ローティー・サーイマイは聞けばイスラム教徒がアユタヤに持ち込んだ伝統菓子だという。タイにはイスラム教徒が多く、最も多いのは南部になるが、この辺りのムスリムはインドを経由してきた北回りの移民らしい

 タイ南部のマレーシアに接する深南部と呼ばれる3県(パッターニー県、ヤラー県、ナラーティワート県が中心で、ソンクラー県も一応深南部に入るとか)は今のタイの政情不安の元凶とも言われるタークシン・チナワット元首相が弾圧したことで100人超の犠牲者が出て、これに反発した深南部のイスラム組織による爆弾テロが2004年から今に到るまで散発していて、危険な地域だとされる。日本外務省から危険情報「レベル3:渡航は止めてください(渡航中止勧告)」を発出している場所でもある。

 深南部の爆弾テロの起爆装置にプリペイドの携帯電話が使用されたことからタイではプリペイドSIMでも身分証明証がないと買えなくなった。それほどタイ全土の生活に影響がある問題だが、バンコクでは爆弾テロはほとんど起こっていない。この深南部問題以降にバンコクでも何回か爆弾テロがあり、ほとんどがイスラム関係の犯行とはなっているが、とりあえず南部の爆弾テロとは理由が違っている。

 これは、マレー系住民が多い南部は中東からダイレクトにイスラム教が伝わってきたという事情があるという。バンコクの場合はインド、ミャンマー、カンボジア、中国方面から大回りでムスリムが来たので、宗派というか気質が違う。バンコクのムスリムの中にはタイ深南部の問題について、一般タイ人と同様にニュースで知り得た情報しか知識がない人もいるくらいだ。ムスリム自身が互いを全然違う存在としてみているくらい、考え方が違うのだ。

 ローティー・サーイマイもまた南部とは違うムスリムが持ち込んだ菓子なので、売っている人たちも見た目にガチッガチのイスラム教徒という感じではない。

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 ローティー・サーイマイの「ローティー」とはイスラム式のクレープのような菓子のことだ。タイのほかの地域や、ラオスなどでも見かけるローティーは、身体に悪そうな油とマーガリンをたっぷり使って生地を焼き、バナナやチョコレートソースを包んで、さらに練乳と砂糖をかけて食べる。

 しかし、ローティー・サーイマイは生地は似たようなものを使うが、もっとドライな感じの菓子だ。たとえば、アユタヤの店で買うと上の画像のように袋にいろいろと入れてくれる。

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 その中にはまずこういった生地が入っている。できたてを買うと画像のように水蒸気がつく。枚数は店によって違うのかどうか。10枚くらいが相場かな。

 中にはゴマが入っていたり、かなりカラフルなものもある。色に関しては後述したい。

 ローティー・サーイマイがアユタヤに到着した当初、つまりインド系ムスリムが持ち込んだ際、ローティーの生地はかなり厚かったという。その後、アユタヤの中華系タイ人がポーピア(タイの春巻き)の皮のように薄く作ることに成功し、それが定着した。とはいえ、現在、ローティー・サーイマイを売っているのはほとんどがイスラム系だけれども。

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 さらに、こういった髪の毛みたいなものが入っている。生地とこの髪の毛みたいなもので1セットだ。

 この髪の毛みたいなものは砂糖菓子だ。綿菓子のようなものではあるが、食感はかなりゴリゴリとしている。サーイマイはこの砂糖菓子を指す。サーイとは糸などのこと、そしてマイはシルクを意味する。つまり、ローティー・サーイマイは「絹糸のローティー」という意味で、なんだかお洒落な雰囲気を醸すのである。

 生地にも砂糖菓子にも色がついている。特に緑色はパンダンリーフを混ぜている。パンダンリーフを混ぜて作ったカスタードクリームをサンカヤーとタイでは呼び、これはいろいろな菓子で使われる。コンビニのパンなどにもサンカヤーが塗られたものもあるし、タイでは日常的に見る。

 ただ、今のローティー・サーイマイは必ずしもそういった天然素材で着色されているわけではない。赤とか黒なんかもあったりする。このあたりはいったいなんなんだか。食紅などの着色料を使っていると考えた方がいい。青もたまに見るが、これもなんなのか。ただ、タイ南部では米に植物を混ぜ、それが青に発色するものがあるので、天然の材料を使っている可能性もあるし、そこは正直わからない。

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 食べ方はシンプルだ。ローティー・サーイマイがどの店も生地と砂糖菓子をバラバラで売っている。あとは自分で巻いて食べる。

 まず、生地に適量の砂糖菓子を載せる。アユタヤで買うローティー・サーイマイのセットだと砂糖菓子が結構多い。だから、載せるのをケチケチして少なめにすると余ってしまうので、そこそこに多めに載せた方がちょうどいい。

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 これをあとはくるくると巻いていく。巻き寿司じゃないけれども、ぴっちり巻いた方が食べやすいとボクは思う。

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 これは皿に載せて巻いているのでやりやすいが、アユタヤで買ったら生地が温かいうちに食べたい。そうなるとバンコクへ帰る車中で食べるのが一番おいしいのだが、慣れていないと巻くのは難しいかも。タイ人は手先が器用なので、案外きれいに巻ける。

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 こうなったら、あとはかぶりつくだけだ。ゴリゴリした感じと、生地のしっとりが絶妙で、食感がいい。砂糖菓子も綿あめのようにふんわりしていなくて、口に刺さるような妙なワイルド感が楽しい。砂糖菓子だけだとただ砂糖を口に含んでいるようなものだが、生地によって甘さもちょうどいい印象になる。

 アユタヤだと、1セットが40バーツ前後、3つ買うと100バーツとかが相場かな。大きな袋とか、小さい袋とかいろいろある。袋とは砂糖菓子の袋だ。この袋ひとつに対して適量の生地がつく。業務用的な大袋だとたぶん生地は別売りになるのだと思う。

 砂糖菓子はともかく、生地は賞味期限が短い。だから土産に持っていくとしてもバンコクが距離的に限界だ。これは日本に持ち帰ることは困難だということでもある。つまり、ローティー・サーイマイはアユタヤに来ないと食べられない伝統菓子であるということなのだ。

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