タイの社会問題のひとつ・若い人の妊娠と胎児の死体遺棄
霊的な話ではなくて、実際に人が死んでいる現場(目の前に死体がある場所)というのはどんよりとした重い空気がある。善人であれ悪人であれ、人にはそれぞれの人生があって、病気や老衰ではなく、特に事件や事故現場はその場で停電したかのように突然、自分の意志ではない要因で人が生涯を終える。その重みを感じるのだ。
特に若ければ若いほど、考えさせられる。子どもならなおさらだが、まだ自我のない胎児が亡くなっている様子は胸が痛む。母親の意思で遺棄されているケースには怒りと共に、周囲の助けはなかったのかとやるせなくなってくる。今回はちょっと重い内容だが、華僑報徳善堂の活動で立ち会った胎児の死体遺棄現場の様子を書く。
※強烈すぎるので遺体の画像は使っていません
現場はラチャダーピセーク通りの住宅街だった。空き地に夕方、近所の住民が10代と見られる若い女の子が行ったり来たりしていたのを目撃している。その後、空き地から出てきて立ち去って行った様子も目撃され、住民たちが夜になって不審に思い、茂みの中を覗いたところ、胎児の死体があった。
嬰児ではなく胎児としているのは、まだ人間的な身体が形成され始めたばかりの、20センチにも満たない大きさだったからだ。通常の出産ができるまでに成長していなかった。
驚いた住民は警察に電話をせず、地元を管轄する報徳堂のボランティアチーム隊長に相談してきた。その時点で隊長はボクらと一緒に別の場所にいたので、近所にいた別の隊員が見に行き、死体を確認して警察に通報している。
胎児の死体遺棄現場というのは決してよくあるケースというわけではない。でも、ボク個人の見解としては発覚していないだけで、タイでは頻繁に起こっていることなのではないかと思っている。
タイでは基本的には堕胎、妊娠人工中絶は認められていない。医師も罰せられるため、本来はどの病院でも中絶処置は正当な事情がない限りは行われない。
一方で、タイは極端にポルノなどの規制が厳しい。性的な事柄はこれでもかと隠そうとする傾向にある。こういった環境なので、学校や家庭内における避妊などの教育も行き渡っていないのが現状だと思う。
全土的に教育格差もあって、それが所得格差にも繋がる。地方などは特に貧しく、言い方が悪いが娯楽がほかになく、男女の交際がすぐさま性行為に行き着く。そして若くして妊娠をする。ボクが知っている未成年で妊娠した女性のうち、出産した年齢が一番低かったのは12歳というケースだ。近年はだいぶ変わってきてはいるが、つい10年20年前はこれくらいの年齢で出産なんて珍しくなかった。
小学生で妊娠をすると体格的に向いていないと思うが、中絶が基本的にはできない上、例外があること(中絶可能な条件)を知らない人が多く、出産を選択する。バンコクならまた違うのだろうが、地方、特に農村だと子どもは世帯における労働力でもあるので、家族親戚からも咎められることもない。
男性も妊娠に関して責任をあまり感じないようで、妊娠したことで性行為ができなくなると、そのまま新たに女性を求めて去っていく。もちろんすべての男性ではないが、こういう人も決して少なくない。そうなると子育てにかかる労力や費用は女性側だけにかかってしまう。こうして若い人の妊娠・出産は貧困の連鎖も生む。
とはいえ、タイ国内に人工中絶を行う病院もある。おそらく、そういった若い人の妊娠問題における負の連鎖を断ち切るための救済かと思う。もちろん公にできるものではないので、若者の間で口コミで伝わっていく。
ただ、当然ながら病院での中絶は潜りであり、中学生・高校生に払えるほど安い費用でもない。ましてやそういったところに駆け込んでくる若者は誰にも相談できないケースもあるわけで。
そんな若者は近年はネットなどで中絶できる薬を購入する。以前からこういった薬剤はあって、町の薬局などで手に入った。今はネットで買うことができる。この薬ももちろん違法だ。タイはまだネットビジネスに関しては闇のものが表に出てきやすいからなのか、容易に手に入る。ネットで検索すればすぐさま販売サイトに辿り着く。
今回の胎児死体遺棄現場では身元が確認できるものは一切残っていなかった。しかし、そこに残されていたバッグがおそらく堕胎した女性のものだと見られる。というのは、バッグの中に血のついたハンカチなどのほか、開封済みの堕胎薬の包装が残っていたからだ。どこかでその薬を入手して服用。その茂みの中で産んだのか、どこかで産んだ胎児をバッグに入れて運んできて、ここで遺棄したのか。
ボク自身も子どもの親として、勝手に妊娠して勝手に命を奪っていったことに怒りを感じる。しかし、一方で女性の気持ちもわからないでもない。女性の場合は妊娠したときから身体が変わっていくわけで、男性よりも考えること、感じることは大きい。目撃証言によればひとりでここに来たということなので、相手の男性にも親にも話せなかったのだろう。
タイは夜のエンターテインメントが充実していながらも、性に関しては保守的で、公に議論されない。もう少しでもオープンな社会であれば誰かに相談できただろう。今回は住宅街だったことで発覚したけれど、郊外や地方ならこんな話は見えないところでもっとあるに違いない。
この事件で死体回収をしたあと、ボクはなんだか現場の重い雰囲気に打ちのめされてしまった。タイは一見明るくて楽しい場面ばかりが見えてくるけれども、こういった闇があったりするのだ。