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充実とは。

温暖化が進むここ最近では珍しく、寒い日々が続いているなとふと思う。狭いアパートの窓を開けると、明らかに空気が冷たくなっているのを感じる。最近は星が綺麗に見えるよと言われたことから、夜空を観察しようとした気持ちはすぐに折れ、窓を閉める。

こんな冬の時期に、割と満たされている状態なのは久し振りのことだ。しかし途端に違和感を感じる。いつかTwitterで見かけた、誰かが言った「俺が簡単に幸せになれると思うなよ。」という言葉がしっくりハマった。
あ、そうだよな。いつも隣り合わせにある気持ちが見つかった気がした。誰かの言葉が自分の言葉になることがある。自分では思いつかないことを、他人は上手いこと言ってくれるものだ。

自分が這い上がれない底にいる時、周りはみんな幸せそうに見えた。でも、逆も然りなのだ。そうやって世の中は回っている。別に被害者意識とかではないし、周りと比べることはしない方が良いとか、そんなことはまるっと分かっている。それでも比べてしまうのが人間らしいのではないか。別に好きなものに囲まれて、たまに自分のために美味しいものを作って食べて、酔っ払える程度の酒を呑めれば十分だ。
それでも寂しい夜はあるし、誰かに何かをぶちまけたい日もある。

そうやって生きてきたよなあ。
こたつに入って、ゴロゴロしながらそんなとりとめのないことを考える時、私は不安を感じているのだ。
これから忘れないだろうか。あの日々のことを。そうしたら誰かをまた傷付けて、人の心も分からなくなってしまわないだろうか。
不幸というものは、意外と人を優しくさせる。周りへの感謝を生む。それが満たされてしまったら、それら全てがまた振り出しに戻るのではないか。それなら充実って何だ。

だから。
区切りだ。
これを書いたのは区切り。
結局クリスマス・イヴの日に、1人でこんなことを考えている。今日は志村の命日だ。

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