見出し画像

【元添乗員の視点で振り返る、あのツアーの裏側】Vol.1 炎天下のポンペイ

人を背負ったという経験がある人は少なくないでしょう。
でも、1時間背負い続けるとなると?
筆者が添乗員時代に、お客様を背負ったのは3回。
いずれも1時間以上背負いました。
最初は中国「泰山」で年配の女性、次に同じく中国は「黄龍」で年配の男性。
そしてイタリアの「ポンペイ」で、新婚旅行で参加された奥様です。
今回の記事はこのイタリア ポンペイの出来事です。


新婚さん参加のツアー

ツアーには老若男女、いろんな方が参加されます。
添乗員はお客様には公平に接することが基本
とは言っても、現実はそうはいかないもので特に「新婚旅行」は神経質になります。
新婚旅行は一生に一回しかないですよね?(原則的には)
その後の人生で、何年経っても周りから聞かれます。
「新婚旅行どこに行ったの?」
「どうだった?」と。
添乗員としては、その思い出が「最悪だった」などと言わせるわけにはいかないのです。

どんなツアーだった?

ツアーは、関西空港発で行程はミラノからローマへ8日間で周るコースでした。
8月のツアーでお客様は35名様。
そのうち、新婚夫婦が1組でした。
このコースは定番コースと言われてるもので添乗員の間では通称「イタ周」と呼ばれてるものです。
最終日は深夜便でローマ空港から関西空港に向けて帰る航空便のため、ローマの南に位置する都市ナポリとポンペイの観光後にローマ空港向かう定番のコースです。


旅行開始時、新婚旅行でご参加の奥様との会話

ツアーが始まってすぐ新婚の奥様からポンペイに行きたいことを聞きました。

筆者ー
この度は新婚旅行で弊社を利用いただいてありがとうございます
新婚夫婦(奥様)以下奥様ー
いえいえ、行きたかったところがコースの中にあったので参加しました
筆者ー
え?どこなんですか?
奥様ー
ポンペイです
筆者ー
え?ポンペイ?
奥様ー
はい。子供の頃からポンペイを観るのが夢だったんです

参加者の皆さんにはそれぞれ楽しみ方や目的がありますが、「ポンペイ」を最も楽しみにしているという方は比較的少ないと思います。
どちらかといえば、真夏のナポリ周辺の観光はカプリ島の「青の洞窟」を訪れるコースの方が人気です。
と、いうのも「青の洞窟」は冬場では入場できる確立が減るからです。

カプリ島 青の洞窟

それだけ「ポンペイ」に思い入れがあったのでしょう。

筆者ー
それでは、ポンペイは私がガイドしますので楽しみにしててください
奥様ー
はい、楽しみにしています

添乗員冥利に尽きます。
「楽しみにしています」と言われると、私も嬉しいです。
実は、私はポンペイの案内が得意でした。

ポンペイ

今回の舞台になるポンペイってどんな所でしょう?
人気のある観光地ではありますが、すごいところですよ。
個人的にはおすすめの観光地です。

世界遺産ポンペイ遺跡

ポンペイ 世界最初の横断歩道(中央部の石)


ポンペイは、イタリア南部に位置する古代ローマの都市で、79年にヴェスヴィオ火山の噴火によって火山灰に埋もれました。
この災害により、街並みや建物、遺物が非常に良好な状態で保存され、古代ローマの生活様式を知る貴重な遺産となっています。
ポンペイ遺跡は1987年にユネスコの世界遺産に登録され、現在でも考古学的な発掘が続けられています。
筆者が最も驚いたのは79年に金属製のネジが存在していたことで、日本で初めて金属製のネジが作られるのは、それから約1500年後のことです。

いよいよポンペイ観光

ツアーはいよいよ観光地のポンペイへ。
ローマのホテルを朝7時30分に出発し、バスで約4時間後にポンペイに到着しました。
午前11時過ぎに到着。
気温は40度近くまで上がっており、日本のように湿度はありませんが、日なたは焼けるように暑いです。
観光はこの状態で約1時間ほど石畳の上を歩きます。

入場 〜 案内そして…

ポンペイ フォロ

全員バスから降りてもらい、いよいよ入場。
隣に新婚旅行の奥様がいたので話しかけました。

筆者ー
いよいよポンペイですね
奥様ー
夢が叶ってとても嬉しいです

といった会話をしながら、入場後最初の「マリーナ門」を入って案内を始めました。

筆者ー
えーここがマリーナ門になります。名前の通りマリーナ、つまり海のことなのですが、当時はこの場所まで海があり、この場所で荷物の積み下ろしを…

と言ってる矢先に後でドサッという大きな音がしました。
振り返ると奥様が倒れていたんです。

筆者ー
どうしました?
奥様ー
足をくじきました
筆者ー
えーーーー?大丈夫ですか?
奥様ー
痛いです…

どうやら写真を撮るのに夢中になっていて、足元をよく確認していなかったようでした。

添乗員taka.を現地ガイドたちに印象付けた結末

ポンペイの路地裏

ポンペイの中にある診療所で診てもらうと、軽い捻挫で骨には異常はないようだと言われました。
通例この場合は診療所で待機してもらい、後から添乗員が迎えに行くことになります。
でもその時、筆者は「ここで待っていてください」とは言えませんでいた。
ツアー中ずっと私のそばで「ポンペイが楽しみ」って言ってましたので。

私は《新婚旅行ならここはご主人の見せ場ではないのか》
と思うようにしました。

筆者ー
さしでがましいようですが、ご主人が背負ってさしあげたらいかがでしょう?ゆっくり歩きながらご案内しますので

ご主人ー
そ、そうですね。ではやってみます

ところが…やはりダメなんですよ。
人を背負って歩くには、常に腕を使い続けるので、長い時間だと腕がもたないです。
しかも石畳に慣れていないせいか、ふらついてしまいます。
そのたびに奥様の足が地面についてしまい、痛むのか表情がゆがみます。
できる限りのことはしましたし、周りの誰もがもう「待機」が当然と思っている状況です。
この時、筆者は「一応言うだけ言ってみよう」と思い、

新婚の奥様の体に触れるのは大変失礼だと思いますし、無礼だとも思うのですが、よろしければ私が背負いましょうか?」と言いました。

この時の筆者は、断ってくれることをを前提で言ってます。
形式的な問いかけですね。

いえいえ、もう十分です。ここまでしてもらっただけで
ありがとうございました
ここで待ってますのでどうぞ先に行ってください

返ってくるのはもうこの言葉しかないと思っていました。
おそらくご主人も嫌がるだろうし、奥様もご主人以外の男性に背負われるなんて絶対嫌だろうと思ってました。

しかし…
返ってきた言葉は、新婚夫婦同時に「お願いします」でした。

ん?ん?聞き間違えた?…いやいやいやいや…ちゃうやん!ちゃうやん!そこ「お願いします」ちゃうやん!しかも2人同時にって…

と、心の中では思っても、もう筆者には「お任せください」の返事しか選択肢がありませんでした。

結局奥様を背負った状態で、気温40度の炎天下での案内となり、途中何度か意識が薄れていく中でZARDの「負けないで」がずっと頭の中で流れていました。

そして無事ポンペイを案内し、そのまま背負って近くの昼食レストランへ。
この日の昼食メニューは筆者が大好きな「ボンゴレスパゲッティ」でしたが、私の腕はけいれんして、もうすでにフォークすら握れなくなってました。

食べたかったボンゴレスパゲッティ

後日談ですが、このことはポンペイの現地ガイドたちに知れわたり、ポンペイに行くたび「ヘイ!taka.こっち来い!一緒に昼ごはん食おうぜ!」とみんなから誘われるようになりました。
イタリアのガイドたちに認めてもらった気がして嬉しかったです。

ローマ空港

帰国へ


夕方に無事ローマの空港到着して、けいれんする自分の腕を押さえながら奥様の足にテーピングテープを巻いてたときに、「今回のツアーで一番よかったところはどこですか?」と聞いたら、奥様は笑顔で「ポンペイです」と答えてくださいました。
空港では奥様の足は引きずってなら歩けるような状態でしたが、念のために帰国したら病院に行くようにおすすめして帰国の途についたのです。

その後、大阪の会社に届いていた奥様からの手紙に《ツアーでは本当にお世話になりました。今回のことをネタにしてもらってもいいですから、参加された皆様に「足元にはくれぐれもご注意ください」とお伝えください》と書いてありました。
奥様の人柄がうかがえます。

さいごに


私にとっても貴重な経験でしたが、一生に一回しかない(原則的には)「新婚旅行」が何度も思い返してもらえる旅であったことを嬉しく思います。
この出来事を通して、私は単なる添乗員ではなく、思い出を作る手助けをする重要な役割を担っていることを再認識できたと思います。
観光地を案内するだけではなく、ツアーに参加される方々にとって、その瞬間が一生の思い出となるように心を込めてサポートすることが、私の使命だと感じました。
あの日、炎天下の中で奥様を背負って歩いた1時間は、私にとっても忘れられない時間となりました。
そして何よりも、新婚夫婦のお二人が、その後も幸せに過ごしていることを願ってやみません。
あの瞬間の絆が、これからの人生でも続いていくことを心から祈っています。

次回は「スイス インターラーケンでのガス漏れ事故」を執筆予定


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?