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BIDという中心市街地の活性化手法

2015年2月に大阪市で日本初のBID条例が成立し、中心市街地活性化の手段としてBIDという仕組みがにわかに注目を集めましたが、その後2018年5月には日本版BID制度が成立し、エリアマネジメントによる中心市街地活性化の課題解決につながる法制度として期待されています。


BIDとは? 負担者受益の原則

BIDとは“Business Improvement District”の単語の頭文字をとった略称で、法律で定められた特別区制度の一種で、地域内の地権者に課される共同負担金(行政が税金のように徴収するもの)を原資として、当該地域内の不動産価値を高めるために必要なサービス事業を行う組織のことです。アメリカでは1000以上のBIDが存在し、イギリスやドイツでも制度が導入され、地区経営を支える制度として世界的に広がってきました。

BIDは不動産価値の上昇に効果的な事業を分析した上で、それぞれの事業計画を策定・実施する。事業計画は共同負担金を支払う地権者たちの合意が基本となっています。一般的には行政の公共サービスとは別に、より高度なサービスとして路上警備や路面清掃を行うほか、地域活性化のためのイベントやプロモーション活動なども行います。

BIDの原型は、1960年代にトロントで形作られ、その後1980年代にレーガン政権下のアメリカで発展しました。なぜなら、当時のアメリカの経済は急速に冷え込んだため、連邦政府は地方都市への交付金を削減しましたが、これを背景に都市の地権者たちは危機感を共有し、資金を出し合って、経営的アプローチで地域内の活性化事業に取り組んだのです。

つまりBIDは「公益」にプライオリティを置くものではなく地域の人たちの「共益」を基礎に展開されるもので、基本原則は『負担者受益』です。つまり、リスクを負担してはじめて利益を受けとれるという考え方がベースにあり、アメリカの場合は活性化で得をする地権者が主役ということになり、誰が街づくり事業の一義的な受益者であるのかを明確にしているのです。

成功例として知られるのがニューヨーク市のBID、タイムズスクエア・アライアンスです。設立は1993年で、当時、タイムズスクエアは荒廃し危険なエリアでした。そこでBIDは、ビル内外の統合的な治安警備を強化して夜間も出歩ける安全な街をつくり、商業ビルの賃料を高め、さらに独自イベントを増やしてホテルの宿泊件数を高める世界的な商業地としてブロードウェイを再生したのです。

BIDは街をひとつの会社に見立てて、投資・回収のサイクルを回す経営的手法で、会社でいうところの株主である地権者たちですから、当然ながらBIDの経営を見る目はシビアです。数年に1度、BID存続を諮るための投票が行われ、四半期や半年ごとに経営レポートを公表し、収支や街の再生度がチェックされるのです。


日本では?

その後、日本でもタウンマネジメントの手法はどこでも見られるようになり、大手不動産会社では、都市再開発を契機に擬似BID組織をつくり、場合によってはマネジメント会社を設立し地権者や地域のプレイヤーたちの出資でタウンマネジメントを行うという例も増えていますが、日本版BIDとして法制化されるに至るまでの間、地権者や地域の人たちに対してメリットを与えることができるほど事業成果があげられていないことや、強制力がないためにフリーライダーも出現してしまうことなどが課題として浮き彫りになってきました。

過去の構造改革特区では、BID法を求める声は多くありましたが、日本政府の回答は『現行法の枠内で可能』としてきました。アメリカでは地権者らは危機感を共有し、地域の活性化のために努力を重ね事業としての実績を積み上げ、その結果として法制化を勝ち取った経緯がありますが、上述の通り日本国内では事業成果が上げられないのに国に法制化を求めてきたのではないかと思われます。

日本初のBID条例として注目された2015年2月成立の大阪市のBID条例(大阪エリアマネジメント活動促進条例)も、ご存じの通り現行法下で作られたもので、都市再生整備推進法人の枠組みを利用して、行政権限で地権者から分担金を徴収し、法人がエリアマネジメントを行うという仕組みでした。

大阪版BIDは、アメリカのBIDのように負担者受益の原則にのっとり、街づくり財源を受益者から徴収するという制度に正面から立ち向かっている点は評価できるのですが、やはり現行法下で条例を制定するためには、現行法や各種制度を複数組み合わせなければ実現できないというハードルがあり、負担金を収める人たちの受益よりも行政としての公平性が先行されてしまうため、経営的手法を用いた受益者負担によるまちづくりの意味合いが薄れてしまっています。具体的には、分担金の使途としては公共空間での管理業務など非収益事業のみとされ、エリアのプロモーションや集客のためのイベント開催にあたっては、収益活動と捉えられ法人の自主財源や寄付金で行わなければならない。うえに、資金用途については、行政も参加する協議会での決定に縛られていまい、受益者分担金のいわゆるストックオプション的なインセンティブが消えてしまい、経営的な手法が機能しない可能性があったのです。


日本版BID制度の成立

日本版BID(ビーアイディー)制度と呼ばれる制度がついに2018年6月1日に公布・施行され、日本各地で広がりつつあるエリアマネジメントを財政面でバックアップすることが期待されています。
日本版BIDは正式名称が「地域再生エリアマネジメント負担金制度」であることから分かるように、特定のエリアを対象とした「負担金徴収(資金調達)のための制度」と考えることができるものですが、海外では、カナダ、アメリカ、イギリス、ドイツなどで既に実施されています。日本では上述の通り、大阪市独自で実施している「大阪版BID制度」が2015年から運用されています。しかしこれは市の条例にとどまり、全国に広がっていきませんでした。
その後、制度化された日本版BID制度ですが、正式には「地域再生法の一部を改正する法律案」として提出されたもののひとつで、2018年2月に閣議決定され、同年5月に成立しました。いくつかある法改正のうち、「地域再生エリアマネジメント負担金制度」と呼ばれているものが、日本版BID制度にあたるものです。

日本版BID制度の導入でできるようになること

エリアマネジメントを推進、エリアを運営していく上で大切なポイントは、企業経営同様に、いわゆる経営資源といわれるヒト・モノ・カネを循環させなければならないことです。これら経営資源のうちエリアマネジメントを運営するにあたって大きな問題になるのがやはりカネ(財源)です。エリアマネジメントの事業は、エリア全体の価値向上の取り組みですので、原則として対象エリアの全員で費用を負担しあって取り組んでいくことが望ましいのですが、全員の同意を得ることは非常に難しく、費用を負担していないにもかかわらずエリアマネジメント導入による恩恵を受ける人、いわゆるフリーライダーが生まれてしまっていました。これでは地区内の安定財源を確保することや地域内の合意形成に課題が残ることになります。
また日本各地のエリアマネジメント組織には多様な組織形態があり、公的な取り組みも多く行われていますが、ひとつの民間組織にすぎません。民間からは強制的に費用を徴収することはできなかったのです。
そのような課題を解決するため、対象エリア内の事業者に対して負担金の支払いを義務付け、行政が負担金を代理で徴収し、エリアマネジメント組織に渡すということが日本版BID制度の法改正で明確に位置づけられました。

日本版BID制度の導入条件

もちろん、日本版BID制度適用のためには様々な条件があります。
対象エリアについては、地域再生エリアマネジメント負担金制度関係条文の法第五条4項六号では以下のように書かれています。
“自然的経済的社会的条件からみて一体である地域であって当該地域の来訪者又は滞在者(以下「来訪者等」という。)の増加により事業機会の増大又は収益性の向上が図られる事業を行う事業者が集積している地域において、~(以下略)”

つまり、商業エリアや業務エリアを対象とした制度であり、住宅エリアは対象とされておらず、また、対象エリア内の事業者の同意があった上で導入できる制度となっており、制度適用にあたっては下記のいずれかに該当することが条件となります。
・対象エリア内の総受益者(事業者)数の3分の2以上の同意を得ること
・負担する負担金の合計金額が負担金総額の3分の2以上の同意を得ること
分かりやすく言えば、大金をもった事業者がたった1人で旗を振ったとしても、周囲のコンセンサスが得られない場合は導入できませんし、逆に大多数の事業者が同意していたとしても負担金総額の3分の1以上を占めるような大金をもった事業者がこれに賛同しなければ、導入できないということになります。
ちなみに、エリア内における事業者とは誰のことなのか?という疑問についてですが、国土交通省の指針には「小売業者、サービス業者、不動産賃貸業者 等」と書かれており、必ずしも対象エリア内に土地を所有している、いわゆる地権者に限定したものではないようです。
このように、対象エリア内の事業者の同意を得たうえで、「地域来訪者等利便増進活動計画」と呼ばれる計画(対象エリアを明示、目標や計画期間、資金計画などを含めた計画)を策定し、その上で行政の議会承認を経ることで、導入することができる制度となっています。


徴収した負担金の使い道について

事業者より徴収した負担金はどのような用途に用いることができるのか?ということですが、法第五条4項六号には、
イ来訪者等の利便の増進に資する施設又は設備の整備又は管理に関する活動
ロ来訪者等の増加を図るための広報又は行事の実施その他の活動

とあり、施設整備・管理などハード面だけでなく、広報・行事などソフト面の活動にも充当することができます。
大阪版BID制度と呼ばれている大阪市の条例では、ソフト面の活動には費用を充てられなかった制度だったため、この点は大きなポイントです。今後都心部を中心に日本版BID制度を導入するエリアマネジメント組織は増えていくと考えられます。


日本版BID導入に向けた実際の手続きの流れ

① 市町村が国(内閣総理大臣)へ「地域再生計画」を申請

② 国(内閣総理大臣)が「地域再生計画」を認定

③ 2/3以上の事業者・地権者の同意を得た上で、エリアマネジメント団体が市町村に「地域来訪者等利便増進活動計画」の申請(区域、活動内容、効果、受益者等を記載)

④ 市町村が議会承認を得た上で、「地域来訪者等利便増進活動計画」(5年以内)を認定

⑤ 市町村は新たに負担金条例を議会承認を経て制定(負担金の額の算定方法や、実際の徴収手続等を定める必要があり)

⑥ 事業者から「受益者負担金」を市町村が徴収

⑦ 市町村は交付金をエリアマネジメント団体へ交付する。

⑧ エリアマネジメント団体が交付金を元にエリアマネジメント活動を実施する。


ところでBIDという手法は、受益者負担の原則に基づき、街を1つの会社のように見立てて経営=エリアの事業運営をするという基本原則であるので、その考え方さえ実現できれば、BIDにこだわる必要はなく、逆にBIDの仕組みすら超越してしまうほどの成果を上げることは十分可能だと思われます。
さらに言えば負担金を徴収しなくても、まちづくり事業にインセンティブを設定することができれば、投資する人たちはいるはずですし、実際に日本でも成功事例は少数ながら出てきています。
結局は、まちづくりの担い手の人たちの経営的なセンスをいかに養い、まちを使って稼ぐ方法を構想し、投資に対するリターンを求めて事業を組み立て、自らその事業をやりきって利益をもたらすことができるかであると思います。

また日本では、アメリカでBIDの仕組みが確立していった時期に感じた地権者たちの危機感に相当するものが存在しない現状があり、事業成果への執着がない、言い換えれば、成功しなくても地権者たちはそれほど困らないことが問題です。
市民の血税から捻出される成果を求めない補助金・交付金の存在が誰も必死にならない一因であるとすれば、行政はそれら補助金や交付金の支給基準を絞って、地権者や住民たちが自分のこととしてまちづくり事業に取り組む必要性を認識してもらうことが、経営的手法を用いた稼げるまちづくりの第一歩であり、これを実現させる近道だということではないでしょうか?

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