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【旅するデザイン思考】記憶が紡ぐまだ見ぬ未来

旅するように生きる我々家族ですが久々の日本での旅を楽しんでいます。約3週間の間にできるだけ多くの場所を巡り、できるだけ多くの人に会う旅。都市では新しい商業施設や建築を見たり、地方では豊かな自然に触れる。最先端で無機質な人工物と同時に、懐かしく匂い潤うような豊かな自然が常に共存しているのが日本の良さのように感じられます。今日はそんな我々の旅の道のりを少しお裾分けします。

■世界は変わってしまっただろうか?:東京世田谷

東京ではかつて15年ほど住んだ世田谷の街を懐かしく歩く。住んでいた家の周囲を歩いていると思いがけず旧知の且つての隣人たちから声を掛けられ近況のアップデート!この3年ほどの間に世界は様変わりしたはずなのに、勝手知ったる街の風情と人情は殆ど何一つ変わっていなかった。また東京では今仕事でお付き合いのあるパートナーの皆さんと久しぶりにリアルで対面することができた。ここ数年間、常にZoom越しにしか対面して来れなかった皆さんのお顔を肉眼で拝見すると、何か逆に現実感が掴みにくいような不思議な感覚さえ覚えた。この3年でオンラインやリモートが一気に市民権を得たことがリアルの位置付けに与えた想像以上の影響を痛感する。変わらない事、変わってしまった事、それぞれを確認するような旅。

■東北のイエローストーン:玉川温泉

一路東北へ。盛岡を経て秋田県に入る。川のせせらぎの音で目覚める。カッコウや鶯の鳴く声が方々から聞こえる朝。河原から寄せる風には微かな硫黄の香りが混じる。ここは秋田県の人里離れた山奥にある知る人ぞ知る温泉郷の玉川温泉。日本最大の湧出量と強酸性のPHを誇る日本屈指の名泉。木造の旧建築の風情に、日本とは思えない程のダイナミックに黄変した地形や吹き出す噴煙を見ているだけで地球の只ならぬパワーを感じる。米国にはワイオミング、モンタナ、アイダホの3州に跨り壮大な自然を誇る米国最初の国立公園イエローストーンがあるけれど、ここの地形はまさしく“東北版イエローストーン”とでも言うべき風情を醸し出す。

玉川温泉からクルマを30分も走らせれば日本一深い淡水湖である田沢湖に至る。石を投げ入れても泡一つ起きない淀みなくどこまでも透明な湖水に息を飲む。御座石神社の断崖から臨めば水底は遥か遠くひたすらエメラルド色に輝く水面からもその深さが見て取れる。水面に映り込む緑の山を背景に周囲20kmの外周はランナーフレンドリーなランニングコースで走り易い。冬には寒さ厳しい雪国も夏にはこれほど優しく旅人を迎えてくれる。

■地球と宇宙に想いを馳せる宿:大和田 大湯

大和田は大湯Yuzaka Sustainable Innに宿泊。旧建築の旅館をリノベーションしたこの宿は随所にご主人のモダンな美学と然り気無いスピリチュアルな感覚が活かされている。食事はすべて地元で採れる野菜を中心としたヴィーガン。離れに設置された半露天の風呂、畳敷きの1Fリビング、2階には12畳ほどの和室のライブラリー兼シアター!ここに蔵書されている図書にも一貫したセンスと美学が宿る。アナログレコードをプレーヤーに掛け針を落とす。懐かしいビニールノイズと共に聴くニーナ・シモン。ワイン片手にインドタラブックス「The Night Life Of TREES」を眺め、ドランヴァロ・メルキゼデクの「Flower of Life」を読み耽る夜のなんと贅沢で豊穣な時間であることか。

朝食はとんぶりやジュンサイ、桧山納豆など美しく美味な菜食で心さえも目覚める。秋田県大和田は縄文の叡智が根差す土地。ここで地球や宇宙の過去から未来に想いを馳せるのは原理に適っているかもしれない。

■日本の夏の原風景:亀岡

相変わらず行き当たりバッタリ、思い付きで移動する我々は仙台空港経由で関空入りし、京都でゆっくり過ごすことに。ホテルに荷物を置いて目指すはサスティナブルな取り組みを亀岡で行っている持田さん主催の鹿谷ワンダービレッジ。広大な水田や農地をベースに田植え体験や農地の貸し出し、シェアハウスの運営などに取り組んでいる。持田さん自身は元々音楽業界に居ただけに大自然100%のビレッジの彼方此方に現代的な価値観やセンスが垣間見える。
それにしても、一歩踏み入れば無数のバッタやカエルが一斉に飛び上がる草むらに草の匂い、周囲を舞うシオカラトンボやアゲハチョウ、無数の竹が犇めき聳える竹藪、何処までも青く高い夏空に浮かぶ入道雲、眩い陽光に湿気た熱気、額から顎そして首へと伝う汗。幼少の頃に眺めた景色や嗅いだ匂いの記憶が一気に呼び覚まされる。遠い記憶を思い出す瞬間、過去の一点から現在に至る幾千もの風景が重畳し、どこか懐かしくもまだ一度も見たことのない情景を結ぶ。過去に想いを馳せることがまだ見ぬ未来に輪郭を与えることに繋がることが解る。

■旧い記憶と新しい視座のミスマッチ:九条湯

京都滞在後半の宿は古い銭湯をリノベーションした九条湯に宿泊。これがまた恐ろしいほど快適。東京の谷中にもSCAI THE BATHHOUSEという、銭湯をリノベーションしたギャラリーがありますが、この九条湯は銭湯の部分をほぼそのまま使ったコワーキングスペース兼カフェ&バーに、隣りの木造の旧建築をシェアハウスとして利用、営業している。シェアハウスでは一階のダイニングと和室の居間、中庭にもちろん風呂やトイレを共同で利用しながら全部で4つほどある和室を個室として利用できる。共用スペースで食事や仕事をしていると知らない者同士が何度となく顔を合わせ、自然と顔見知りになっていく感じが良い。

隣の銭湯ワークスペースはインスピレーションの宝庫!古い扇風機や体重計、木札のカギがぶら下がるロッカー、タイル貼りの浴槽に囲まれて思索に耽れば、通常はリーチしないアイデアや発想が浮かぶ。これも旧い記憶と新しい視座やマインドのミスマッチが生み出す未来志向の魔法。

今回の旅を通じ、懐かしい記憶に今この瞬間の価値観が重畳すると全く新しい風景に翻訳されるから面白い。これも母国を訪れる旅の楽しさです。


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