短編小説「赤蜘蛛」1
「お母さん、統合失調症なんやって」
運転席からルームミラー越しにそう告げた姉は、サイドブレーキを下ろして静かに前方を見据えていました。
どんよりと白く曇った昼下がりのことでした。
中学に上がるか上がらないかの年齢だった私は、言葉の意味を理解できないまま、後部座席のシートから「ふーん」とだけ返したような憶えがあります。
記憶というものは大概、写真のネガのようにありのままを残すことはできないでしょう。
無意識的にしろ恣意的にしろ改ざんは付きものですが、
それにしても、鏡に映ったはずの姉の表情がどうにも思い出せないのです。
あれは夢か幻だったのでしょうか。
私たちの家の近くには、深緑に透ける、水のきれいな川が流れていました。
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