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仮商の研究 |基礎計算研究所

仮商を[たてる]流派が4つもある。

 仮商の見つけ方にはいくつも流派がある。

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(この例では、わざわざ仮商がそれぞれ異なるように例を選び出しているが、いつもそうであるとは限らない)

これを読んでいるあなたは、どの流派で仮商をたてているか?

 4つの流派がある、というところから話を始めたのは、まずこれを読む(そして筆算が自由にできる)あなたが、どの流派に属しているか、を自覚した方がよいからである。どの方法で仮商をたて、どの方法を学習者に示そうとしているか、自覚した上で、指導に当たった方がよいのである。

 もちろん、自動的に真商が計算できてしまう暗算のプロもいるかも知れないが、なぜ流派が分かれるかというと、どの流派にも決定的で圧倒的な優位がなく、どの流派にもメリットがあり、デメリットもあるからである。そして、こうした事情からか、教科書によっても教科書上に掲載している方法が異なる。試しに2020年度版の算数教科書6社を比較してみたのが下の表である。

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 もちろん同じ教科書会社でも、時代によっても仮商の立て方の説明が異なる。教科書とは別の方法で教員が教えており、それを身につけている場合もある。

流派を自覚せよ! そして選択せよ!

 こうした4つの流派の存在を意識せずに、学習支援をしようとすると何が起こるか。
 たとえば、学習者が既習だがうろ覚え、という場合、学校で習得しているはずの方法と、教授者の説明する方法が噛み合わず、モヤモヤしてしまう可能性があるのだ。また教授者自身が、その教えている方法だけが唯一の立商の方法だと思い込んでいると、余計にボタンが掛け違っていく可能性がある。

 特に、学校での復習や学び直しにとして学習支援をする場合、学習者はさまざまな背景をもっている。特にその学習者は「いろんな方法がある」と柔軟に受け入れるとは限らない。そうした場合、学習者が学んできた方法・身につけている方法とは異なる説明をしてしまうと、混乱を与え、解けなくしてしまう可能性すらがあるのだ。そして、学習者は「自分どのやり方で習ってきているのか」は、他のやり方を学んでいるわけではないので、自分で「この流派で学んできています」と説明できるわけではない。

 したがって、学習を支援する側が、「たてる」にはさまざまな流派があることを知って学習支援に当たらなければならない。そしてできるだけそれをアセスメントしながら、判断して、示したり、今もっているものをさらに積み上げたり、余力が出てきたら他の方法も示す、ということを肝に銘じるべきなのである。

 そこで、この「たてる」の4つの流派についてまず説明して、なぜこうした流派が生まれているのか、分析をしていくことにする。

一の位を0とみる(切り捨て)方法は初学者向き

 教科書での[たてる]の方法について、学校図書と啓林館は教科書に掲載しているのは「一の位を0とみる」方式、切り捨て方式のみである。

 [切り捨て方式]が初学者向きであることは、他の教科書会社も共通して指摘する。

●隠すなどの方法により、見えている数字だけによって操作を進められる(概数の概念が必要ない、見えていない数で暗算をする必要がない)
●仮商はかならず過大に出るので、仮商修正は減少の一方向だけでよい
●仮商はかならず過大に出るので、「ひけない」場合は真商ではなく修正が必要と明確に判断できる([ひく]のプロセスは真商のときの1回のみ)

 学習者にとっても、この方法1つ覚えれば着実に正解できる。そういう意味で教育的な方策といってもよい。加えて、四捨五入の方法にはこの裏返しのデメリットとして

●過大商・過小商2つのアプローチの方法を習得する必要があり、場合によって切り替える必要がある
●一の位が5~9のときは、わる数を見立てるときに書いてある数から1をたした数をワーキングメモリーに入れなければいけない(切り捨ての場合はえんぴつや指で隠す方法も提案されている)
●一の位が5~9のときは過小商となり、修正ごとにひき算をして、毎回わる数と差との大小比較によって商の修正の要・不要を判断しなければいけない。
●わる数の一の位が5~9で,わり切れるわり算は,必ず修正1回が生じる
●÷95~99の扱いは教科書に書いていない(100に切り上げたときの処理)※別項で触れる

といった点をあげることができる。

四捨五入方式は修正回数が少ない

 これだけのメリットが切り捨ての方法にはある一方、四捨五入方式には修正回数の少なさという、本質的なメリットがある。

★四捨五入の方法は切り捨て方式に比べて仮商と真商のズレが少なくなり、修正回数が少なく抑えられる可能性が高い → 結果として計算量・計算にかかる時間や労力が少なくて済む、その分計算ミスも抑えられる

 具体的に、2桁÷2桁=1以上の整商・3桁÷2桁=整商となるもの、そのうち除数(わる数)の一の位が5~9で15から89となるものについて、その効率性を「仮商=真商」かどうか、他の方法に比べて修正が最小で済むかの2つの指標でまとめてみると、次のようになる。(「わる数のみの切り捨て」と「両数の切り捨て」、上の表の番号で言うと1番と2番は結果同じなので、1つにまとめてあり、集計としては3つの方式である。)

乗除(因帰)変換

 このように、正直なところ四捨五入で切り上げが発生する場合には、仮商が真商に近く、できるだけ試行回数を減らせる。これは圧倒的なメリットと言ってよい。

 また「切り捨て方式」しか身についていないときのデメリットも上げるとするならば、

◎切り捨て方式のときに計算ミスで過小商をたててしまったときに、差をチェックするプロセスがないので、リカバリーできない

 したがって「切り捨て方式」のみで押し切る場合は、あまりがわる数よりも小さいというチェックのプロセスを、定着させておく必要がある。もちろん÷1桁のときもこのチェックは怠らない方がよいので、取り立ててここで新たに出てくるチェック項目でもないが、わざわざ感もあり、見落としてしまう可能性はある。
 そして、もうひとつ切り捨て方式のデメリットとしてあげられるのは、

◎切り捨て方式は、九立商になりやすい

 九立商とは別項で詳しく説明するが(算数教育用語しては用語がなく、珠算用語を活用している),たとえば223÷28のようなときに220÷20→22÷2=11と商を見たてるが、たてる商は1桁でないといけないので、1桁の最大数9を仮商としてたてる、というものである。
 切り捨て方式では、この「特別な」アルゴリズムが発動する場面がやや高くなる、ということも言える。

 ただし、四捨五入方式もアルゴリズムとして盲点がある。

1) ÷95~÷99を四捨五入すると÷100となり、桁が変わる
2) 除数だけ四捨五入する方式では、78÷75のような問題に機械的に適用すると、78÷80となり、商がたたなくなる

 1の÷95~÷99の問題については、残念ながらどの教科書も(啓林・学図であっても)例題・練習問題共に扱っていないのである。上手に避けて、なかったことにしていると言ってよい。
 2については、四捨五入方式をとるのであれば、今後商が2桁以上の計算になる展開を考え、例外としてやっておいた方がよい。

 これまで仮商の立て方について執拗に思われるくらいに網羅的に分析を行った。この上で、教授者・支援者は、学習者との関係の中で、どの方策を学習者が身につけるべきか判断をしなければならない。
●概数概念、四捨五入につまづきがあるかないか
●小学校等でいったん学習をしたがうろ覚えになって邪魔していないかどうか(だとしても、「前の学校と別の方法を教える」と上書きをしてよいのか)
などなど。

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