忘れ去られることを願った者        暇刊!老年ナカノ日報⑥ 2018.8.20

戦うトレンディドラマ

うちの子供がまだ小さかったころ、「鳥人戦隊ジェットマン」というドラマが夕方にありました。いわゆる5人組の戦隊物なんですが、通常なら男4人女1人で構成されている戦隊が、男3人女2人で構成されているのが変わっていました。そこに恋だの疑惑だのが絡み合って進行するため、「戦うトレンディドラマ」と呼ぶ人もあったようです。でもこのドラマには、当時のトレンディドラマにはおそらくどこをどれだけ探しても見当たらない、救われようのない別れが描かれていました。ぼくは実はこのドラマを終了直前の何回かしか見てないのですが、おぼえていることを書かせてもらいます。
 
ジェットマンの主人公は「竜」と言います。赤のコスチュームを着ていて、源氏名(じゃないけど)はレッドホーク。うちの子供は赤ジェットマンと呼んでおりました。物語は竜とホワイトスワンと呼ばれる白ジェットマン「香」との恋愛を織り込みながら進行していくのですが、実は物語のはじめ、竜には「リエ」という恋人がいました。地球制服を企む悪の組織バイラムの襲撃を受けて死んだと思われていたリエは、実はバイラムにとらえられて改造され、魔獣マリアとして竜たちジェットマンの前に現れるのです。最初は互いのことに気づかない竜とマリアが、互いを竜とリエだと認識するところから、物語は最後の悲劇に向かっていきます。

死によっても触れ合うことのできない恋人たち

マリア≒リエはバイラムの首領・ラディゲによって改造され記憶を奪われているのですが、ジェットマンたちとの戦いのさなか(ちなみにめちゃくちゃ強く、ジェットマンの巨大ロボも歯が立たない)ついに記憶を取り戻します。もはや竜のところに帰ることもできないことに気付いたマリア≒リエは、ラディゲへの復讐を決意します。しかしその一撃は浅く、逆にラディゲに斬り倒されてしまいます。
致命傷を負ったかつての恋人のもとに竜は駆け寄るのですが、マリア≒リエは「来ないで!」と拒み、立ちすくむ竜に「一つだけお願いがあるの」と呼びかけます。そして言うのです。「忘れて、私を」。マリア≒リエはマリアを愛するバイラムの誇り高き戦士グレイの腕に抱かれて海岸に横たえられ、グレイの涙を受けて光の中へ消えていきます。竜はただ遠くから見送ることしかできません。
サイボーグ009に「プラス」「マイナス」と呼ばれる双子のサイボーグが登場します。プラスの電磁波とマイナスの電磁波を放つ身体に改造され、強烈な放電で009たちを追い詰めるのですが、最後は互いに接触してしまい、ショートして死んでいきます。009は「死ぬことでしか触れ合うことができない兄弟だった」と思い、悪の組織への憎しみを新たにするのですが、それになぞらえて言えば竜とマリア≒リエは、死によってさえ触れ合うことができなかった恋人たちだったわけです。
 
しかし、と考えるのですが、竜とマリア≒リエはバイラムを素直に憎むこともできなかったんじゃないだろうか。リエが自分はマリア≒リエだと知ったとき、マリア≒リエが自分はリエだったと知ったとき、竜がマリアはリエだと知ったとき、バイラムが何をしたにせよ、もう元には戻れない自分たちがいると、二人は知るしかなかった。おそらくその時から、もう決して触れ合えないことを二人が了解したのだと思います。

私は歩み去ろう 今こそ消え去って行きたいのだ(原民喜)

物語の最後、ついに竜たちはバイラムを倒し、地球に平和が訪れます。そしてエピローグとなります。竜は香と結婚することになり、黒ジェットマンであるブラックコンドルの「凱」は祝福の花束を買うため花屋に立ち寄ります。そこでけちな泥棒に出くわした凱は、たちどころに片付けて式場に向かうのですが、逆恨みした泥棒に背後から刺されて致命傷を負います。ダンディな凱はそんな気配は見せず微笑んで式を見送り、明るい日の当たるベンチで座ったまま息絶えるのですが、それがまるで眠っているようで、竜は親友の死に気付かないまま青空に眼を向けます。するとそこには、透きとおったリエが空に浮かんでいて、微笑みながら手を振って、消えていきます。
 
最後にいたのがリエだったのか、マリア≒リエだったのか、ぼくにはわかりません。昔の恋人を祝福するためにリエが現れたのか、黙って取り交わした了解を納得するためにマリア≒リエが現れたのか、それとも竜が呼び寄せたのか、いずれにしても死の際の別れは想いを残してのものだったこと、想いはたぶん今でも残っているのだけど今度こそ本当に消えていくしかないということ、今度こそ眼を交わしたまま別れて行けること、ひたすらな青空がどうしようもなく悲しく残りました。
 
このような悲しい恋人たちは、現実にはきっといたるところに存在しているんだと思います。でもこの子供向けドラマ以外で、ぼくはこのような恋人たちに会ったことがありません。ドラマは、文学は、漫画は、映画は、演劇は、音楽は……すべて物語は、二度と触れ合うことができないところまで遠ざかり、しかしお互いを忘れてしまうこともできない恋人たちのことを知っているのでしょうか。忘れ去られることだけを自らの救いとしようとした者たちの物語を、その人たちが沈黙して消えていった後に語ることは、できているのでしょうか。