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ニコメド短編小説「復活」中編

過去の時代考証とか、いろいろな部分をにしたけ(@nishitakevast)さんに手伝っていただきました。
この場を借りて御礼申し上げます。

作中には2024年1月現在の人権意識からすると不適切な表現がみられますが、2023年12月の執筆時にはまさかこんなことになると思っておらず、他に適切な表現も思いつかなかったためとりあえずそのまま掲載いたします。


2010/08/02 12:25

「なあ松本ォ、やっぱ俺と漫才コンビ組もうぜ!ヒトシとハマちゃんで、西高のダウンタウンになろうや」
「だからイヤやって言うてるやろが。そもそもお前はハマちゃんでも浜田じゃなくて浜屋やし、オレの苗字は高橋や」
「なぁんでよ、お前がいつも高橋じゃなくてヒトシって呼べって言ってんのに」
「だからって松本になるやつがおるか」
そんな与太話を聞きながらイヤホンをつける。
自称進学校を気取るわが校は、夏休みの最初の頃に強制参加の補講がある。
なんとかそれが午前中で終わり、俺たち4人は近くのファミレスで昼飯を食べていた。
普段の学校の昼休みでもそうだが、4人が集まってずっとしゃべっているのかと言われるとそうでもなく、大体ヒトシと浜屋がまさに漫才のようなやり取りをして、武田はライトノベルに目を落とし、俺はこうして前日のうちに携帯にダウンロードしておいたニコニコメドレーを聴くというのがルーティンだった。
「マイオは今日何聴いてんだ?」
今井治(イマイオサム)だからマイオ、いやなんでだよ。
ヒトシを松本と呼ぶのといい、浜屋のあだ名の付け方は独特だ。
心の中で嘆息しながら答える。
「昨日投稿されたKeyメドレー。試聴版なんだけど19分もあってさ。家のPCじゃ聞ききれないから持ってきた」
「そりゃあ長いな。たたでさえお前の家族共有でほとんど使える時間がないってのに」
「全くな」
「でも今井くん、Keyの作品そんなに詳しかったっけ?」
「正直メドレーによく入っているやつ以外はそんなに。でもすごいのはさ、この作者音楽も動画制作もほとんど初めてなのにクオリティがやばいんだ」
「へぇ」
「Keyの作品そんなに知らなくても原作見たくなるような気がしてさ、こういうのが将来アニメPVの監督とかになるんだろうなって思うわけよ」
「なんやそのやけに具体的なイメージ」
「いや、なんとなく…」
店を出て自転車に乗り、家路につく。
武田と浜屋とは途中で別れ、割と家が近いヒトシと二人になる。
「しかしお前もここまでニコニコメドレーとやらに夢中になるとはな」
「なんだいきなり人を無趣味みたいに」
「いや実際そうやったろ。中学とか無気力ってのもちゃうけど、部活にも入らんで勉強しかやることないですって顔してたやんか。それが受験前くらいに急に目覚めたって顔になって色々オレに教えてきおって…逆に大丈夫なんかって心配やったで」
「それはまあなんというか心配かけたっていうか…」
元々ニコニコとか組曲とかは中学時代に浜屋に布教されて、物語流星群も含めて派生動画も何個か見たこともあったが、ある日、YASUさんという人のLegend of niconicoを始め、組曲の作者以外の人もこういうのを作っていることを知り、そこからなにかに惹かれてニコニコメドレーシリーズを片っ端から見るようになったのだ。
ただタイミングが悪くそれが受験期で、危うく高校受験に失敗しかけて各方面から大目玉を食らいPCの使用時間が制限されるようになってしまった。
まあこれは流石に大ぴらにできる話でもないので彼らには家族が使ってるからあまり長く使えないと言っているのだが。
「まあそんなんでもこうして生きがいみたいなんが出来て、ハリのある顔つきになってオレは嬉しいわけよ、ようわからん世界やけど」
「色々何から目線なんだよヒトシは…」
「そんで、お前も何かそれを作ってみようとは思わんのか?」
「え?」
思わず自転車のブレーキをかけてしまいつんのめる。
「そのニコニコ動画っつうんは誰でも投稿できるんやろ?ならお前もやってみればええんやないの。いやそんな簡単なものかは知らんけど」
「簡単かって言われたらあれだけど…いや、でもそれは考えたことなかったな…」
「これから夏休みやし、ええ機会なんちゃうか」
そう言ってヒトシは自転車を漕いで先に進んでいく。
相変わらず何から目線なんだよと突っ込みたくなるヒトシだが、ああいうメドレーを聴いた後だからか、これがもしゲームの世界だったらここがターニングポイントなんだろうなと、そんなことを思わせる妙に絵になる後ろ姿だった。

2010/08/02 21:23

その夜、俺は日課のニコニコメドレータグをチェックしながら、ヒトシに言われたことを考えていた。
こうして見ると今年は新しい人が多い印象だ。
Keyメドレーの人のように1作目からとてもクオリティの高いものを投げる人もいれば、1か月に1作品というとにかくハイペースで作ってくる人、あとは学校の先生という肩書をつけて投稿し始めている人もいる。
もしもそこに自分が割り込むとしたら…
まあ最初からクオリティが高いものでぶん殴ることが出来ればそれに越したことはないが、音楽や動画作りをやったことがあるわけでもないしそれは難しいだろう。
と、なると何か別の部分でインパクトを与えなければならない。
なにかあるだろうか…

PCのあるリビングを見回すと、ふと片隅に立てかけてあるアコギが目に入った。
父親が昔趣味で弾いていたらしいが、仕事が忙しくなったりで、いつの間にかリビングの片隅でホコリを被るようになっている代物だ。
これは…もしかしてアリなんじゃないか?
ニコニコメドレーシリーズに投稿されているものは打ち込みのものが多い。
昔というか黎明期(と言ってもほんの3年前だが…)は、ピアノ然りそれこそアコギで演奏されているものもあったりしたが、基本的には打ち込みのものが多かったと思う。
そんな中であえて今生演奏のメドレーが出てくれば、逆に目を引くのではないか。
あと、打ち込みは当然PCで作っていくわけだが、日にPCが使える時間が限られている俺としては、こうして楽器が手元にあるほうが作りやすいかもしれないというのもある。
ギターとか弾いたことがないので、そこの練習の時間はもしかしたら打ち込みよりトータルではかかるかもしれないけれど…
そう胸に期待を秘めながら、遅れて夕食をとっている父親に声をかける。
「なあ父さん、このアコギ借りてもいいか?」
挨拶以外で2,3日ぶりに息子に声をかけられた父親は胡乱げにこちらを見る。
「いや高2の夏休みだしさ、息抜きに何か始めてみようかなって」
なんとも言えない緊張感に思わず聞かれてもいないのにそれっぽい理由を並べ立てる。
ニコニコ動画のことを話したところで理解はされないだろう。
しばらくこちらとアコギを交互に見遣っていたが、
「まあ、いいんじゃないか、程々にな」
と言って食事に目を向け直した。
「ありがとう、父さん」
「部屋に教本とか何曲か楽譜があったはずだ。必要ならあとで持っていく」
「助かる」
そう言って早速アコギを手に取りリビングを出た。

「…ふぅ」
思わず息が漏れる。
反抗期、というのも違うと思うが、受験のことで波乱があってから、親と子で互いに距離感を掴みかねている。
子供の頃のパパという呼び方からいつからか父さんと、呼び方一つままならない関係性だ。
今もこんな感じで求めればちゃんと応えてはくれているけれど(やること(勉強とか)をやっていればという前提はある)
ともかく、これで最初にして地味にハードルの高いところは超えた。
とりあえず早速練習をしてみよう。

…と思っていたが、流石に長年ホコリを被っていただけ合って、教本を見ながらまずはチューニングというやつをやろうと弦を絞ったら一瞬で弦が切れたため、俺のギターデビューはもう少し持ち越されることとなったのだった。

2010/08/18 15:02

「なんやこれ…」
夏休み中盤のある日、俺たちはいつものごとく集まってカラオケボックス(各部屋がプレハブ一棟ずつで名前の通りボックスな田舎のアレ)に来ていた。
塾の夏期講習とかで遅れてきたヒトシは俺たちの惨状を見て目をむいた。
部屋のあちこちに散らばっている楽譜、なにかブツブツ言いながら携帯でリクエストする楽曲を調べている武田、コードが変わるたびにうめき声を上げながら抑える指を広げていく俺、そのリズムに一つも合わせようとせずに適当に歌う浜屋という地獄絵図が繰り広げられていた。
「いやホンマになんやねんこれ!?」
「おう松本ォ、お前も歌えよDon't say "lazy"」
「来てそうそういきなりわからん曲を投げてくんなや!」
「お前は早くけいおん!を見ろや!!ごはんはおかずだぞ!!!」
「何の話!?」
「昨日のU&I本当によかったよね…」
「そっちはそっちでしみじみ泣くなよ…」

ヒトシが来てくれたことで、煮詰まりすぎたカオス空間が落ち着きを取り戻す。
適当にポテトに手を付けて一息つく。
「しっかしお前もとことんガチになっとんな、どんな調子やギター?」
「なんとなく三和音くらいは抑えれるようになったけど、四和音とかはまだ無理だなあ。ましてやコード抑えながらリズムが違うメロディは無理ゲーって感じ」
「ほーん、ギターでメロディまで弾かなくても自分で歌う弾き語りとかあるんやないの」
「あれもあれでやっぱりリズムが違うから難しい気がするぜ、それにネットとはいえ人前で歌うって何か別の意味でハードルがあるしな…」
「ほな誰かに歌を頼むとかか?」
「誰かってこんなこと一体誰に…」
ここで普通のカラオケが流れ出す。
曲がなぜかここにきてデビルマンという点で、普通ではないが。
そして浜屋が歌い始めた。
「うまいな…」
「ああ…」
「………」
「………」
「「いやいるじゃん!?」」
「なんだお前ら急n」
「浜屋!」
「ど、どうしたマイオ珍しく大声なんか出して」
「俺とコンビ組まないか?」
コンビと言っても、漫才コンビではないけれど。

2010/9/12 12:53

「よし、これで登録できたはず」
「おーこれが噂のタイッツーか」
「ツイッターな」
この日、俺と浜屋は共同で使うツイッターアカウントを開設していた。
まあ共同とは言っても、浜屋はこの時世で未だに携帯を持っていない希少種なので、ほとんど俺がやることになるのだろうが。
メドレー作者にはツイッターをやる人が多いので、何か制作に役立ちそうな諸々があれば参考にしたい5割と、シンプルにメドレー作者同士のつながりを得たい下心5割のノリだった。
「で、作ったはいいけれど名前はどうする?」
「ん?お前メインなんだからマイオでいいんじゃないか?」
「お前だけじゃなくインターネットでも俺が認めていないそのあだ名で呼ばれることになるのはちょっと…」
ぜひとも広めていきたくない名前だ。
「めんどっちいやつだな…じゃあポチで行くか」
「なんで?」
「俺ん家の犬の名前」
「それはまただいぶインベタのインを更に一周してきていっそ新鮮な名前だな…」
「まあうちに勝手に住み着いてるやつだから俺ん家の犬なのかは知らんけど」
「………………」
いや、野良犬をなんで飼い犬判定してるんだとか、冷静に俺のあだ名の次点がお前の家の犬の名前になるのか?とか疑問はとめどなく溢れてくるが、そんな浜屋と違ってメドクラの人たちは温かかったのでその日はよしとすることにした。

2010/11/11 07:01

それからおよそ2か月後、俺たちは誰もいない早朝の教室で試作したメドレーの練習を重ねていた。
というのも、まだ試作段階のメドレーで途中までしか出来ていないのにも関わらず、二日後の文化祭のクラスの出し物で人前に披露すると浜屋が言い出してしまったのだ。
なので急ピッチでそれっぽい感じに構成を一旦完結させて、こうして時間の合間に練習をしているというわけだ。
「それにしたって朝7時はないだろ…」
「しょうがねえだろ放課後だと結構うるせぇし、スタジオとか借りる金もねーし」
「おかげでこっちは徹夜なんだが」
「なんで徹夜したんだよ?」
「いや、ようやく構成とか形になってきたから溜まってたメドレーを消化してたりとかしてな…松岡修造の合作にしもさんとか麻痺さんとかが参加してんだぜ、すごくね?」
「ほーう」

一度通しで弾いてみる。
やはり浜屋の歌はうまいものだと思う。
声質としては熱血というか、一昔前のアニソンを彷彿とさせるもので、リズムは走りがちだがそれもまたいい意味で個性的だ。
そして何よりも実感しているのは…

「ふう、とりあえず今日はこんなもんかな」
「ふいー、なかなかいい感じに仕上がってんじゃねーの?」
「そうだな」
「一番いいのを頼むって言い続けた甲斐があったな」
「大丈夫だ、問題ない…てそれお前が言いたかっただけだろ」
流行りのネタで軽口を叩く。
でも自分で作って言うのもなんだが、なかなかいい出来なのではと思う。
が、実際にこれを人に聴かせることを思うといささか緊張した面持ちになるものだ。
「いよいよ明後日か…どうなんだろうな」
「お、ビビってんのか?」
「いや、練習は結構したし、ヒトシや武田にも見てもらったから人前で演奏するのは大丈夫だと思う。まあでも、そもそもこういうのを普通のニコ動見てない人の前でやっていいのかって気はするよな。選曲とかだいぶニコ厨寄りになってるし」
「そんなの俺のデビルマンもあるしまあなんとかなるだろ」
「いつお前のになったんだ…」
ニコメドではあるものの、ニコ動的には全然流行ってるわけではないデビルマンの歌が差し込まれている。
カラオケの十八番でどうしても入れてほしいということでねじ込んだ。
曲調的にも周りと比べて明らかに浮いているのでねじ込むの大変だったけどな。
「まあ実際さ、お前には感謝している」
「お、おう?急にどうした?」
「何と言うかさ、お前の歌が入るとなんでも行けそうな気がするんだよな。俺のギターまだ下手だし」
「それは遠回しに俺の歌はもっと下手ってことか!?」
「ちげーよ、逆だよ逆、ギターが下手でも歌がうまけりゃ何かいい感じに見えるだろ多分」
「そういうもんか…?別にギターも結構いけてると思うけどな」
微妙な間が生まれる。
いやそういうフラグ立ったみたいな雰囲気やめろ。
でけえ図体でちょっともじもじした感じでこっちを見るな。
「あんまそう直球で褒められたことないからアレだけどよ…まあこっちこそありがとな」
そうはにかんだ表情を見せる浜屋に、こいつもこんな顔するんだなと新たな扉が開くような…て違うわ!

2010/11/13 13:54

文化祭当日、結局本番前には色々といっぱいいっぱいになってしまい、本番でのことはあまり記憶に残っていないが、演奏後教室が拍手に包まれたのを聞いて、どうやらうまく行ったらしいと悟った。
「浜屋お前歌上手いんだな!」
「今井くんもギターよく頑張ったね!すごいすごい!」
クラスのみんなが口々に褒めてくれる。
そうか、そう思ってくれるんならよかった。
一昨日俺に褒められて照れていた浜屋は、今日は「だろー!?」というような得意満面のドヤ顔で称賛を受けていた。
いわゆるやっつけの試聴版でこれだけウケるなら、完成版はもっと気合を入れて作れれば間違いなくどこまでも行けると、そう思わせる文化祭だった。

このときまでは、たしかにそう思っていたんだ。


2010/11/13 20:54

家に帰っていつものようにニコ動を開き、早く続きの構成を考えていきたい気持ちを抑えて、とりあえずまだ最新まで追いついていないメドレータグを消化することとした。

あ、YASUさんの新作メドレーだ。
そういえば上がるってツイッターで予告されていたっけ。
元々この人のメドレーがきっかけでメドレーを追うようになったんだよな。早速見るとしよう。

20分後、俺はいつもは打っているコメントをするのも忘れて、ただぼーっと終わった画面を眺めていた。
なんだこれは…
全体的につなぎがきれいなのは言うには及ばず、だから知らない曲がある部分も聴きやすくて、あとメルトと君知らのつなぎは間違いなくCMYからだよなあ…
そして何よりあの終わり方。
まあそうじゃないメドレーもそれなりにあるが、やはりどこか終わりは陰陽師で締めるという暗黙の了解みたいなものはあるし(自分のもそうしようかと思っていた)、そうでなくても明るいというか、EDという感じの終わり方をするものだと思っていたが、このメドレーはそれを根底から覆してきた。

こういうことをやるのもアリなんだな…
今までにも、そういう斬新さがあったメドレーはいくつもあった。
でもこのメドレーにここまで胸を掴まれているのは一体なんだ?
きっかけの人だからってのもあるのか、それともなにか別の要因が…

そう感想を頭でまとめているところに去来したのは"恐れ"だった。
俺はこういうのが出るところに、これから物を投稿しようとしているのか?
こんな化け物みたいな作品たちに肩を並べようというのか?

今までただ作品を見ていただけの頃は憧れこそすれ抱いたことのなかった感情。
気がつけば今までとは明確に違う理由で、鳥肌が立っていた。

こんな自分のクラスで褒められたくらいで調子に乗っていちゃ駄目だ。
もっとギターがうまくなんないといけないし、何なら歌もあいつならもっとうまくできるかもしれない。
構成もこれじゃ駄目だ、一旦作り直そう。
デビルマンみたいな尖った選曲もアクセントだと思っていたが、その前にきれいなつなぎがあってこそだ、一旦外そう。

とにかく文化祭のことはなかったことにして、始めからやり直しだ、何もかも。
そうしてギターをひっつかんで自室に駆け込んだ。

これが、メドレーが楽しいと思っていた日々の終わりだった。

つづく


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