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【時事抄】 岸田首相の柔らかさ、大胆さ、

岸田首相が9月の自民党総裁選への不出馬を表明し、次の自民党総裁、つまり次期首相を巡る報道が盛り上がっています。党選挙管理委員会が明らかにした日程によれば、告示日は9月12日、岸田首相の任期満了を迎える9月末の直前の金曜日となる同月27日を投開票日となりました。

昨年末まで自身が会長を務めた名門派閥「宏池会」の解散を決めたことで、自民党の他派閥が雪崩を打つように解消に向かいました。戦後の自民党政治を象徴した派閥が霧散したためか、総裁選の候補者乱立という、かつて見たことのなかった中央政治のビッグイベントを目の当たりしています。

閉鎖された岸田派(宏池会)事務所。計5名の総理大臣を輩出。
(日本経済新聞 2024年6月14日の記事より)

岸田首相の功績は以前にもnoteに取り上げましたが、イギリス老舗経済紙The Financial Timesの東京支局長による長文コラムが、我が意を得た思いだったので、これを要約し、改めて岸田首相を振り返ってみます。

<要約>
2021年の就任時、岸田文雄首相の掲げたビジョンは、漠然としつつも高揚感に満ちた「新たな資本主義」という理念だった。賃金を引き上げ、中流層に恩恵を与え、富を再分配して日本をより豊かな時代に導こうとした。

これは派手な経済・市場活性化政策だった「アベノミクス」に対する代替案を提示しているかに見えた。強烈なイデオローグだった安倍晋三元首相が打ち出した「アベノミクス」は、当時すでに行き詰まっていた。

岸田氏は、安倍氏の表立ったナショナリズム、憲法改正への意欲、その他の主義主張から一線を画していた。岸田氏が、安倍氏のようなイデオローグでないことは、首相就任当初から明らかだったが、日本を重要な方向に導くという点において、それは決定的な強みとなった。

それは岸田氏の政策や意思決定を、事態に即した冷静で現実的なものにした。安倍氏の政治スタイルに本能的な反発を感じる人々にとって、岸田氏のやり方は受け入れやすいものだったし、異例な海外情勢と相まって、岸田氏は前任者よりも日本をさらに前進させることができた。世論調査での支持率は低かったものの。

岸田氏の仕事ぶりを知る人々は、同氏が主義主張に縛られず、驚くほど大胆不敵だったと評す。ある政府高官は、多くの首相ができずに終わった財務省幹部を説得しての減税を岸田氏は実現させたと指摘する。

★★★
就任初年度からスローガンとした「新しい資本主義」は失速した。だが岸田氏は自身の主義主張に固執することはなかった。そして岸田氏在任中、日本の位置付けには大きな変化が起きていた。

変化の一部は状況の変転であり、一部は実施済みの政策(政治改革)や人口動態の傾向(労働事情の縮小)の結果であり、岸田氏が積極的に導入した政策の成果もあった。

日本は、経済分野に限ってもデフレ脱却、ゼロ金利の終焉、労働市場の流動化の始まりなど、数十年以上の異常事態からようやく正常化しつつある。89年につけた史上最高値を更新した日経平均株価は、必ずしも岸田氏の功績ではないかもしれないが、歴代首相が成し遂げられなかった偉業でもある。

そして日本企業は今、かつてないほどの合併や買収の対象になっているといえる。日本のこれまでの基準から見ると、日本の株主資本主義は、かつてないほど活気にあふれ、解き放たれているかに見える。

任期の短さと不人気ぶりから、岸田首相は早々に人々の記憶から消え去るかもしれない。だが、同氏は80年代のバブル期以来、間違いなく日本にとって最も大きな変化をもたらした3年間を導いた。

★★★
岸田氏の大胆さが如実に表れたのが、外交と防衛の分野だった。GDPに占める防衛予算を大きな国民の反発もなく倍増させたことは政治的偉業だった。世界における日本の立場を引き上げ、EUやNATOとの関係強化を積極的に進め、日韓関係の改善も進んだ。

オーストラリアとの円滑化協定を署名し、英国やフィリピンも続け様に同様の協定をも申し入れた。こういった一連の動きは、エマニュエル駐日米国大使が14日に「同盟のプロテクション(保護)から同盟のプロジェクション(投射)」への転換と総括した日米関係の変化を背景に展開された。

批判された岸田氏を、人々は偶然そこに居ただけの、単純で控えめな参加者と表現したいのかもしれない。しかし、それは岸田氏の功績を過小評価している。後継者が日本の現在の勢いを維持できなければ、その代償は大きなものとなるだろう。

(原文2225文字→1452 文字)


首相の座を去る岸田首相は、就任当初「新しい資本主義」というキャッチフレーズを掲げて人々を困惑させました。新自由主義経済からの転換、成長と分配の好循環、というそれらしい言葉を並べるものの具体策が見えない。各方面から「意味不明」「不気味」と批判され経済オンチの印象を強く与えてしまいました。

コラムにある通り、安倍元首相の「アベノミクス」との対抗軸を強く意識したのでしょう。安倍元首相は独自の哲学・信念の持ち主であり、固い自我の持ち主でした。一方、岸田首相にはそこまで強固な思想的とも言える信念は感じられず、「新しい資本主義」なるフレーズも付け焼き刃の印象を人々に与えた所以でしょう。良くいえば流れる水の如し、融通無下、現実的といった面が強く、有能だった安倍元首相とは対照的な有能さでした。

周囲の話をさまざま聞き、自身の「勘」を頼りに「断」を下す。偏狭で狂信的でさえあった戦前の多くの軍人たち、地元や派閥へのしがらみ或いは自己保身のために何も決めない・決められない政治家たち。これが組織のトップとして最悪の人物像です。多くの人の意見に耳を傾け、柔軟な思想で物事を眺められ、そこから大胆に決断できるという点に岸田氏の本領と力量とを観ていました。その点が逆に分かりにくさとキャラの弱さにつながったのかもしれません。

自分ひとりなら、長い道程、時に立ちすくむこともよかろうが、たくさんの人があとにつづいて、たくさんの人がその道に行き悩んでいるとしたら、わかれた道を前にして、容易でないとグチばかりこぼしてもいられまい。

進むもよし、とどまるもよし。
要はまず断を下すことである。みずから断を下すことである。

それが最善の道であるかどうかは、神ならぬ身、はかり知れないものがあるにしても、断を下さないことが、自他共に好ましくないことだけは明らかである。

松下 幸之助(Panasonic創業者) 著『道をひらく』より 「断を下す」


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