見出し画像

ごちそうさま・おそまつさま・趕快去

職場の隣におでん屋さんがある。日本風のおでん屋さんだ。お店の名前は、富惠關東煮という。

お値段は決して安くはないが(でも台湾で食べられるおいしい日本料理に見合った価格だと思う)、素材にちゃんとこだわっていて、老闆娘がお客さんにきちんとした料理を提供しているのを知っている。

絶対変なものを出されたりしないのが分かっているから、私は安心してこのお店にご飯を食べに行くことができる。なんなら週に2、3回通っている。食事をしない時もお店が開いている限りは厨房を覗きこんで必ず挨拶する。

画像1

老闆娘はこんな客単価の低い変わり者の日本人にも優しい。私が卵かけご飯が好きなのを知ると、おでんの卵用に仕入れた昨日産まれたばかりの生卵を卵かけご飯用にわざわざ残しておいてくれる。生まれたての卵が届いてから4日間の間だけ、私は卵かけご飯を食べることを許される。5日以降はお腹を壊したら大変だからという理由で食べさせて貰えない(日本にいた時、賞味期限が一週間くらい過ぎてても平気で卵かけご飯にしていたザッパな私からしたら、びっくりするほどの慎重さだ)。とにかく、面倒見が良いのである。

生卵の期限の他にも、大雨が降ったとき、小さい折りたたみの傘を指している私を見たら、そんな小さいのじゃだめでしょ、私の傘貸したげる、とか、ビール一杯で酔っ払った私を見、危なっかしいから原チャで駅まで送ってあげる、とか。お客さんから貰ったというパイナップルを切り分けて食べさせてくれたり、店員さんたちの慰労会で鍋パーティーをするときは呼んでくれたり、新作の料理の味見役をさせてくれたり、いつもお姉さんみたいに、私を構ってくれる。多分私のことだけじゃなくて、色んな人のことをそうして気に掛けているのだと思う。私がぼんやりしてて危なっかしいから、とりわけお世話になっているだけで。

画像2

職場に勤めている同僚のうち、私以外にもう一人、富惠關東煮へよく通っている人がいる。私は仕事の後に毎回その日のまとめノート作っているのと、もう一人は職場の管理業務等を行っているということがあり、私達2人は比較的職場を出るのが遅い。2人ともバス通勤で、仕事が終わるとバスに乗ってうちへ帰るのだが、終バスギリギリの時間帯まで仕事をしていることがある。偶に終バスを逃して桃捷で帰ることもある。私達はどちらも日本人なので、基本的には仕事優先である。結果終バスに乗れなかったとしても、それはそれで仕方がないのだ、と諦める。迂回にはなるが別の交通手段を使えばその日のうちに家には着けるし、別にどうということはないと思っていた。

ところが關東煮の老闆娘にとっては、それはだめなことらしい。私が「こないだ終バスを逃して……」とヘラヘラ笑いながら言うと、全くもう、こいつは! という表情で「真受不了!」と言われてしまった。もう一人の方もこの前同じこと言ってたよ。2人ともちゃんとバスの時間見なよ! と。どうも、終バスがあるのにそれを気にせず仕事をするのは受不了らしい(仕事を終わらせるために頑張ったね、と言われるかと思っていた私は多分(´・ω・`)←こんな顔になっていたと思う)。

以降私がお店を訪れると、必ず最初に「あと何分あるの?」と聞かれるようになってしまった。終バスなどは大体いつも同じぐらいの時間に最寄りのバス停の前を通るので、店内に掛かっている時計を見つつ目算で「まだ大丈夫だよ」と答えると、呆れ顔で彼女自身のスマホを確認されてしまう。流石にそれからは、店に入って席に座ったらまず真っ先に自分で終バスの時間を確認するようにした。

画像3

今日もご飯を食べ終えて、私は老闆娘に、ごちそうさま、という。老闆娘は、おそまつさま、と返してくれる(本当に日本語でこう言う。前に日本語でごちそうさまと言われたらなんと返せばいいのかと聞かれたから、おそまつさまと言えば良いのだと私が教えたのだ)。そしてすぐさま、趕快去(早く行け)! と言われる。時には私がごちそうさまと言う前に「おそまつさま! 先に言っとくからね! ほら急いで急いで!」と急かされることもある。それを聞いた私は「お客さんに早く帰れって、そりゃないよ」と苦笑いしながら、仕事道具の入ったリュックを背負う。そうして「ごちそうさま」と言って店の外へ出る。店を出て道の反対側へ渡ったあたりで一度振り向くと、老闆娘はまだお店の外側に立っていて、こちらに向かってひらひらと手を振ってくれる。私も手を振り返して、それからようやく、バス停の方に向かって歩き出す。歩きながら、明日のおでんは何を食べようかな、と翌日の晩御飯のことについて思いを巡らせる。なんだかんだ言って、私はああして老闆娘に趕快去と急かされるのが好きなのだ。

台湾在住者による台湾についての雑記と、各ウェブサイトに寄稿した台湾に関する記事を扱っています。雑記については台北のカフェが多くなる予定。 そのうち台北のカフェマップでも作りたいと思っています。