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【考察】『塵影に交わる残響』を読み終え、次シナリオへの伏線を整理する。(アークナイツ)

【注意】この考察は非公式であり、ネタバレや個人の見解、推測を含んでいます。一部、大陸版資料に言及している箇所があること、予めご了承ください。

昔、プロのピアニストであり教壇に立っていた大学教授の講義を受け、印象に残った言葉がある。

「言葉は考える道具であり、芸術は感じる道具である」

芸術の一つである音楽もまた、”感じるための道具”であり、どれだけ言葉を尽くそうと優れた演奏が与える情感の一端すら、表現することは叶わない。

音楽に対して並々ならぬ情熱を傾けるHypergryphは、この”感じるための道具”をテラにおける国家の一つ、リターニアを形成するための重要なファクターとした。

広範に「芸術の国」とするならば、絵画・彫刻・詩・舞踏…と、他にも取り入れられる要素はあるだろう。しかし、敢えて音楽に絞ったところに制作陣のこだわりを感じる。モデルと推察される国の一つが現在のオーストリア地域に根差す故か、或いは先に音楽というコンセプトからリターニアという国の構想が生まれたのかは定かでないが、少なからずPVに流れる音楽やステージBGMから発せられる存在感は並々ならぬものがある。

今回の復刻を機に、今一度『塵影に交わる残響』のプレイし直した。鉱石病、アーツといったアークナイツの世界観に直結する要素を交えつつ、その根底には終始一貫して音楽…演奏会というコンセプトが横たわる。

ショパン、ツェルニー、ベートーヴェン、ハイドン、ドヴォルザーク…と巨匠たちが作曲した名作の数々がステージ名として採用されており、クラシック好きであれば思わず反応してしまうだろう。

シナリオについても、演奏会を準備するまでの過程がまた鬼気迫るものがあり、例えばツェルニーがエーベンホルツに対して叱責する様などは厳しい音楽教育を受けてきたユーザーにとってはトラウマを抉るような生々しさだ。

こうしてイベントに散りばめられた音楽にまつわる要素を拾いあげていくのも面白くはあるのだが、ここではリターニアという国を為す巫王や双子の女帝といったアークナイツ世界に関わる要素に重点を置きたい。

『塵影に交わる残響』の発するテラの音粒を、より鮮明に聞き分けられる一助をこの記事が担えるならば幸いだ。


リターニアの政治情勢

一般市民を除き、『塵影に交わる残響』に登場したリターニアの勢力は大きく二つに分けられる。先代の統治者である巫王を信奉する残党勢力と、現政権を担う双子の女帝を支持する勢力だ。

しかし、この二項対立のみではリターニアの複雑な情勢を十全に説明することは叶わない。前提として、リターニアには選帝侯と呼ばれる貴族たちの存在を踏まえることで、その複雑さを理解するための糸口を掴むことができる。

百年前、選帝侯らは彼を玉座に就かせ、彼はこの国の歴史上もっとも偉大な術師としてその高塔に入った。

アークナイツ特別PV「リターニア:余燼」

リターニア建国の歴史を紐解くと、王が広大な領土を統治し強大な軍事力で統制を図る”帝国”でありながら、9つの地域とその地の統治者が互いに同盟を結んだことによって、国が成立するといった経緯を経ている。その9人の統治者こそが、選帝侯と呼ばれる人物たちだ。

リターニアは「選挙君主制」と呼ばれる独自の政治体制を採用しており、選帝侯たちがリターニア帝国の王を選ぶ権利を持つ。そうして選ばれたのが巫王であり、双子の女帝というわけだ。

巫王の名前はHerkuftshorn(ヘルクンフツホルン)。彼の統治は100年という長い年月に渡っている。今はなきガリアがリターニアに対して宣戦布告を行った際には、巫王は高塔からアーツを放ち、進軍するガリアの兵士たちを壊滅させた。

巫王は恐怖政治を敷いたとされているが、少なからず四国戦争時点ではカリスマ性の高い王として一定数の支持を集めていたことがPV「リターニア:余燼」からも窺える。

やがて巫王は高塔にて源石の研究を進めているうちに、狂気に陥る。

RETRACED TERRA

狂気の巫王を打倒するため、選帝侯たちによって祭り上げられたのが双子の女帝だ。

黒髪の女性がHildegard(ヒルデガルド)、金髪の女性がLieselotte(リーゼロッテ)。彼女たちは選帝侯たちによってアーツ技術と帝王学を仕込まれ、やがて国を担うための器として育成される。

RETRACED TERRA

彼女たちの成長は目覚ましいものがあり、傀儡として育成したはずの双子が簡単に退けることができないほど絶大な力を有することに気付いた頃には、二人の存在は大貴族たちの悩みの種となっていた。次のリターニアイベント「崔林特尔梅之金」では、そのあたりの事情が詳細に語られる。

ゲルトルーデについて

不安定な政治情勢の中、古き支配者である「巫王派の残党」と、双子に忠誠を誓う「女帝の声」の狭間で精神を擦り減らしていったのが、『塵影に交わる残響』において暗躍したゲルトルーデである。

ゲルトルーデ(Gertrude)は、シェイクスピアの悲劇『ハムレット』に登場する王妃の名前と一致している。ハムレットにおけるゲルトルーデは先王の后でありながら、王が崩御した途端に別の王と結婚する立ち回りを見せたが、『塵影に交わる残響』におけるゲルトルーデもまた、巫王と双子の女帝の間で発生した政変を見極めながらその立ち位置を変える行動を取った。

リターニアにおける主要な貴族はキャプリニーとして描かれているが、ゲルトルーデの種族はループスだ。ループスが種族として多く住まう地域と言えばシラクーザであるが、その地は元々、巫王政権下でリターニアからの独立を果たしている。今でもリターニアの南東に位置するループカーン(鲁珀坎)という地域にはシラクーザの文化を色濃くループスが多く住んでおり、先に独立したシラクーザの例もあってか、過去には残忍な弾圧を受けていた。

ループスの多く住まうループカーンも、ゲルトルーデも、今でこそ表向きは双子の女帝に忠誠を誓っているが、その実、リターニアにおけるループスという種族はその時々の情勢によって立場が大きく揺るぐリスクを孕みながら、今の立場を維持していると言えるだろうか。

ゲルトルーデの述懐によると、巫王の崩御からストロッロ家は凋落の運命を辿った。自らの身を守るため、才能に恵まれなかった兄をその手にかけ、今日まで生き永らえた彼女の一番の動機は、次の一言に凝縮されている。

LE-8 運命 - 戦闘前

権謀術数が巡らされる貴族間の応酬に耐え抜いた野心家ではなく、いつ命を落とすことになるかも分からない不安定な状況に疲弊した、一人の孤独なリターニア人の言葉が、彼女の口から発せられた。

クライデもゲルトルーデも、『塵影に交わる残響』にて命を落としているが、そのあり方は対極として描かれている。

クライデは、幼少期から巫王派の残党によって実験材料にされるという悲惨な生い立ちである。しかし、チェロを通じて感情を表現する手段を教えてくれた師匠(アルトリア)や、常に自らを監視する立場にありながらも寄り添ってくれた存在、そして親友と呼べる人物との邂逅は、彼にとって大きな心の支えとなっていただろう。彼は最期まで、友のために行動することのできる、強い信念を持ち続けた。

反面、ゲルトルーデは幼少期こそ名家に生まれながらも、度重なる政変によって疲弊。一族を立て直すために奔走するも、誰に頼ることなく自らの意思のみで生き抜いてきた。友情、犠牲、献身といった言葉を嫌い、最期まで呪詛とも呼べる言葉を口にしながら執念を露わにした様子は、彼女が抱える底無き暗闇を凝縮しているようであり、人間の持ち得る弱さを表現した存在のようでもある。

唯一、そんな彼女が救われる可能性があったとするならば、ツェルニーの存在だろう。

アークナイツ 復刻「塵影に交わる残響」アニメPV

ゲルトルーデは自らの一族の発展のためなら、一人の音楽家の尊厳など、どうってことないと口にしながら、続けて次のように語っている。

リターニアの貴族として、音楽は幼年時代の必修科目でしたのよ。

LE-8 運命 - 戦闘前

「几帳面かつロマンティック、それがリターニアである。」とTERRA EXPLORATIONにてケルシーは語っているが、ゲルトルーデもまたリターニアとしての教養を備えていた。純粋な音楽家として彼の実力を認め、ツェルニーからどれだけ反駁されようと陰ながら彼の音楽を聴き続けた彼女は、ツェルニーに対して思慕の念を抱えていたといっても過言ではない。

いつしかゲルトルーデのそれは執念へと変わり、やがて天才音楽家であるツェルニーの計画を突き崩すことになった点を、アルトリアが指摘している。

でも結局彼は、巫王でも自分でもなく、旧知の方の執念の前に敗北したのね。

LE-8 運命 - 戦闘前

定められた物語にIFは存在しないが、ゲルトルーデとツェルニーの関わり方が少しでも異なったものになっていれば、結末は変わっただろうか。

塵界の音

「巫王派の残党」による「塵界の音」の器として実験のために集められた、巫王の血を引く子供。それがエーベンホルツとクライデが持つ共通項だ。

時系列を整理すると、1077年に双子の女帝が巫王を征伐する「九月蜂起」が発生する。『塵影に交わる残響』は1099年の出来事であるため、イベントシナリオの22年前にあたる。

双子の女帝は、先代統治者の信望者たちを次々と手にかける。やがて先王の末裔たちを集めた巫王派の残党たちは、女帝に対抗しうるための力を手に入れるべく、巫王の血を引く末裔たちに対して「塵界の音」と呼ばれる実験を施した。

この「塵界の音」というのは巫王が気まぐれに書いた断片的な旋律であり、本来は巫王から捨てられたものである。

ノートの曖昧な記載によれば、「塵界の音」の元は巫王が即興で奏でた旋律であり、それが宮廷楽師に記録されて「塵界の音」となったのだという。

エーベンホルツ、プロファイル第三資料

「塵界の音」の器となった人物は、脳内に巫王が残した旋律が響き、演奏によってその旋律を奏でることでアーツのような能力を発揮することができる。

その生きた実例はエーベンホルツとクライデの二人しかおらず、シナリオの描写から類推する他無いが、『塵影に交わる残響』のラストシーンではゲルトルーデのハープが加わった結果、「塵界の音」の器となったクライデが、自我を失い巫王をその身に宿す有様へと変貌した。

総じて、先王を未だ信望する勢力は、巫王の魂を復活させることでその悲願を成就しようと画策している。

例えば、ライン生命のパルヴィスも巫王に対して尊敬を念を抱いていた。

その時私は思ったんだ。巫王こそが運命に選ばれた唯一の奇跡であるのなら、私たちの命にどんな意味があるのだろうと。

『孤星』CW-5 開く活路 - 戦闘前

パルヴィスは「彼らの行いには反対だ」と口にしており、巫王派の残党による所業を否定しているが、別のアプローチを取った。ライン生命における炎魔事件は古のサルカズを現在を呼び覚ます実験であり、亡き実力者を復活させるという意味では、アプローチこそ違えど巫王を復活させる目的をパルヴィスも持っていたとも考えることができる。

「塵界の音」によってクライデ、そしてエーベンホルツもまた巫王復活の依り代となる可能性が示唆されているわけではあるが、実のところ、この「塵界の音」とエーベンホルツの脳内に響く声との関連性については、不可解な点が存在する。

例えば、「塵界の音」の副作用としてエーベンホルツには、巫王と思しき人物の声が聞こえているが、クライデにその兆候は無かった。確かに、ゲルトルーデはクライデの「塵界の音」が損なわれていると表現したが、あくまでそれはクライデの「音」が常時パッシブ状態であることを指摘した言葉であり、声そのものに対する言及では無かった。

また、旋律をクライデが引き受けたことでエーベンホルツから「塵界の音」が取り払われるはずであったが、未だエーベンホルツの脳内には声が鳴り響いている。

エーベンホルツの内面に響く声が物語終盤でも持ち出されるのは、彼の物語は『塵影に交わる残響』で完結するわけではないという暗示でもあり、未だ彼が立ち向かわねばならない未来が眼前に広がっていると解釈することができるだろう。

無伴奏チェロ組曲 第1番 前奏曲

このイベントは『青空の歌』という歌から始まり、同じ引用で終わる。

澄み渡る空は青を湛え
そよ風はたおやかに歌う
川の水面は絶えず姿を変えて
我が心は希望に
希望に……
満ちる。

LE-ST-3 新世界より - 幕間

希望に満ちる。

一見すると、シナリオとは真逆のことを表現しているようにも思えるが、エーベンホルツの幾重にも折り重なった複雑な感情に対して、区切りをつけるためのフレーズと上記を捉えてみるのも存外悪くはないのかもしれない。

アークナイツはよく、そのシナリオの暗さを強調される傾向にあるが、むしろ陰惨な現実を前に、各人がどのような心持ちで苦難に立ち向かうかこそが、根底に据えられているのではないかと筆者は考えている。

今回のシナリオも、結果だけ見ればクライデという薄幸の少年が命を落とした陰鬱な物語だろう。しかし、彼はこう言い放っているのだ。

僕は幸せです……僕たちよりも幸せな人なんているでしょうか? どこにもいませんよ、いるわけありません!

LE-8 運命 - 戦闘前

経済的な水準や社会的な地位の高さは「幸せ」に対して副次的に作用することはあるだろうが、それ自体で決定されるものではない。元々、鉱石病に身体を蝕まれ余命幾ばくも無い彼にとって、かけがえのない友人と共に演奏会を終えたときの感情が紛れもなく喜びであったからこそ、クライデは自らを幸であると断言できたのではないだろうか。

最後に使われているBGMは「無伴奏チェロ組曲 第1番ト長調 BWV1007」だ。有名な、かのフレーズは前奏曲(プレリュード)である。

後に実装されるイベントから察するに、『塵影に交わる残響』におけるヴィセハイムでの一件は今後リターニアが直面する苦難の前奏に過ぎないのかもしれない。

しかし、クライデの生きた痕跡は友人へと紡がれた。エーベンホルツはチェロを奏でる度にクライデの遺した残光を感じ取るだろう。ウルティカ伯爵からエーベンホルツへと名前を変えた彼は、クライデの追憶と共に道なき道を歩むことになる。

『LE-ST-3 新世界より』スチル


出典

リターニアの政治情勢
大陸版4.5周年記念生放送にて投影された世界観設定資料集「TERRA:A JOURNEY 大地巡旅」(1:09:02〜)

追溯泰拉 RETRACED TERRA

ゲルトルーデについて
シラクーザ及びループカーンの独立は、深律(Bassline)プロファイル第三資料に記載がある。

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