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2019/06/15 「彼の話」

彼はいつもそこにいた。雨の日だってそうだったんだ。信じられるかい?そうしたら彼は僕も一緒じゃないかなんて言うんだ。まったく、呆れ返ってしまったよ。……わかってるよ。とにかく彼はそこにいたんだ。
 ああ、お昼になると本を読むのが習慣になんだ、僕は。いつものように本を読みに外に出たんだけど、気が向いて、近くの市立公園に行ったんだ。そこの図書館がとてもきれいなんだ。その周りの池はなんだかコケっぽいが、その書院造風の公園はなかなかのものだった。
 それで、ランチを取った後に前から読むつもりだった、彼の本を開いたんだ。―あれだよ、サンのやつ。なに、そんなの関係あるもんか。それで読んでたのはいいんだけど、少し眠りたくなったんだな。―分かったよ、やっぱりそうだったんだな。帰ってから読めばよかったよ。それでうとうとしていたら、いつの間にか少年が僕の右ななめに座っていたんだ。うん、確かそのくらいだったよ。彼も本を読んでいたぜ。今どきの少年なのに。いやまあ、聞けって。しかも彼、僕は敬意をこめて彼のことを彼と言うことにしてるんだ。そう、彼が何を読んでたと思う?「詩を書く少年」だったんだぜ。
 昼が終わって、それでも彼はまだ熱心に読んでいたけれど、戻っても僕は彼が気になって仕方なかった。だから、帰りは書店によって、全集を買っていったんだ。初めて読んだのが学部の二年の頃だったかな。
 次の日も彼はそこにいて、三島の本を読んでいたんだ。だから聞いてみたんだ。三島が気に入りましたかってね。うん、そうなんだよ。そうしたら彼はまあ結構好きですね。と言ってたよ。彼の小説のリズムがいいそうだ。それから、三島の話を少しした。もちろんその話もしたさ。
初めに読んだとき三島の言う醜さと村上春樹の言う「ドストエフスキーの小説に登場する人物の欠点」は同じようなもののように思えた。僕は自分が彼のような人間だと思っていたのかもしれない。
それにその少年はこんなことも言ってたぜ、経験しないとわからないこともあるに決まっている。その時に己の醜さに気づくのだろうってね。
僕は少し恥ずかしくなってしまって、そうかもしれないと言っておくことにした。
うん、わかった、じゃあな。……わかってる。ちゃんと行くから。ありがとう。じゃあ。

そして携帯をテーブルの上に置く。
僕は深く息をつく。
言い聞かせる。
大丈夫。
一週間前から煙草も吸っていない。もう近くにいても気づかれることはないはずだ。
今日着ていく服はクリーニングに出した。
マスターベーションもここのところ忙しかったからしていない。
それに酒も飲んでいない。
いや酒くらいは良かったかもしれない。欧米人は礼拝の前の食事のときにワインを飲むそうじゃないか。
スラックスのベルトを締め、歯を磨いた。そして彼とのことが頭に浮かんだ。歯磨きのとき考えるのは習慣なんだ。

それからあの公園にときに行くようになった。そしてからはいつもそこにいた。
「学校は」
「お休みです」
「そうなのか、今日は何の本を読んでいるの」
「ライトノベルです」
「○○くんがライトノベルを読むなんて意外だな。」
「流行りも押さえてるんです」
 彼はくすくすと笑った。
 明日の彼はどんな本を読んでいるんだろう。次は私が好きだったライトノベルでも薦めてみようか。
 
 口をゆすぎ、アイロンをきっちりとかけたシャツにそでを通す。そして、ずいぶんとだしていなかったネクタイをまく。巻き方はさすがに忘れない。ローファーを磨くのはよく忘れるけれど。
 
 僕は彼を好きになった。それは同性愛的なものではなかったし、家族的なものでもなかった。当然理性的な愛でもなかった。いわば私は彼に安定を感じたのだと思う。毎日のようにそこにいるというその土台石のような習慣がとても好ましかった。

 顔を洗い、ワックスをつける。そして、コンタクトも。

 ある日彼から付き合っている人がいるのかを聞かれた。いないと言った。それなら好きな人は。と聞かれたから、いるよ。と言った。どんな人なのか聞いてもいいですか。うん、とても素敵な人だよ。それは答えになっていないと言われた。。とても女性らしい人かな。女性らしいですか。とても勇ましく見えてそして彼女はとても女性らしい。勇ましさと女性らしさは同時に存在できないものではない。
 多くの男性と同じように僕は内省的に彼女に好意を持った。私からではなく彼女がポジティブな印象を引き起こしてくれたから。
彼女と時間を過ごすほど、とても素敵な人に思った。それから彼女を大切にしたいと思った。彼女が悲しんでいるときはその悲しみを僕と共有してほしいと思い、彼女が大変そうにしていたら、負担が軽くなるようなことをしたい。それが何もしないことならそれもいい。話を聞くことならそれもいい。ただ居るだけならそれもいい。一人にしてほしいならそれもいい

「○○さん」
「どうしたの」
「さすがにきれいすぎるのでは、少し小説の話に聞こえましたよ」
と彼が言うものだから。
「そうかな」
「「現実に恋をしてゐる人間の姿の凡庸さはちょっとやりきれなかった
とこの前読んだものにそう書かれていました。ですが、個人的な意見ですけどやはり僕は、醜くても現実には価値があるのだと思います」
僕はこの生意気な少年がとても愛おしく思えた。
「確かに、そうかもしれない」

 持っていく道具をカバンに入れ、玄関に運ぶ。以前よりずいぶん重く感じた。

 ある日彼は僕に兄弟はいるのかと聞いた。
「うん、いるよ」
「弟?」
「いや、姉が一人」
「ふーん、俺も姉ちゃんがいるよ。5つ上なんだけど」
「そうか、一緒だな」
「おう。この前見せただろ?あのカード。あれも姉ちゃんのなんだ」
この前会ったとき、彼はあるアニメのアクセサリのカードを持っていた。それらは明らかに彼の世代ではなかったから、少し不思議だったから。
「あの、最終回が大相撲で遅れたから、―事件だって言われてるやつ」
そうだったのか、知らなかった。
「なんか最終回覚えてないと思ったんだよな」
「きっとそれでだと思います

そう言って彼は笑った。僕はそれがとてもうれしかった。

「早く!」「待ってよ。」

僕は彼女を追いかける。
「どうしたの?」「一緒に遊ぼ。」

僕は彼女の袖を引く。 
「……。」「ごめん。」

僕は彼女の傍にいる。
「ご飯できたよ。」「ありがとう。」

僕は彼女の前に座る。
「おかえり。」「ただいま、元気だった?」

僕は彼女とあいさつを交わす。

「○○さんのお姉さんはどんな人なんですか」
「とてもしっかりした素敵な女性だよ。自分で決めた予定は必ずと言っていいほど昔から守るんだ」
姉は高校生のとき、卒業したら毎日筋トレするんだと言っていた。腹筋10回に腕立て伏せ10回でしょ。そして背筋を20回して寝るの。僕はそんなの続くわけないと言った。
それから彼はお姉さんの話をしてくれた。彼女は僕と同じ学年で、今は手に職をつけ、頑張っているらしい。今実家にお姉さんのパソコンがあってそれが自分のものよりもいいから、羨ましいんだって。
 彼らがいつまでも仲良くありますように。(治療は病んでいる人にこそ必要なものだろう)もう僕には必要のない願いだ。彼女がそう望んだわけではない。時として客観的な事実や行動の相違は、主観的なものよりも冷たく我々の間に横たわる。

 僕は姿見に映る自分の姿を見、スーツの皺を伸ばした。僕はもう一度彼女とやり直せるだろうか。もう一度彼女と会うことができるだろうか。
 友人はなぜ来ないのか、といつも僕に言った。穏やかに暮らしたいんだ。そう言うと、穏やかさは究極的な理由にはならないだろう。と彼は言った。「はい」
と僕は答えた。

 ある時、付き合った年下の女の子から
 「そんなに心配なら会えばいいじゃない」
と言われた。
「そんな単純なことじゃないんだ。ウェルテルと同じさ」
「ウェルテル?」
「そう」
彼女は少し考えて
 「よく知らないけれど、そんなに気にしなくても大丈夫だと思う」
 「僕は僕だけがおかしいわけじゃない。そう言い続けたことが忘れられないんだ」
 僕は彼女のやさしさに甘えていた。
「少しナーバスになりすぎているのよ。体を休めたほうがいいわ。きっと疲れているのよ」
 「確かに、そうかもしれない」
 僕はキッチンからグラス2つ取ってきて彼女の分も合わせて飲み物を入れた。
 「ごめん、取り乱してしまって」
 「いいのよ」
「何かために道をたがえたわけではない。姉のためでもない。単に姉が僕の道にいなかっただけだ」
 「あなたといると傲慢すぎて吐き気がするときがあるんだけど」
 「そんなこと言わないでよ」
 「だってそうじゃない?」
 「分かってる」
 「ほら、また分かってるなんて言って。あなたはほかの人に関して無頓着なんだから、少しは気を付けないと」
 「小うるさいよ」
 僕は彼女の手からグラスを奪いキスをした。

 きれいに磨いたローファーをに足を入れる。かかとの確かさを感じた。この重さが好きだった。

そのときから僕は自分の生活をマゾヒズム的に破壊していった。丁寧に作り上げた己の破壊こそが自身の核だった。
仲良くなった友人から急に距離をとり、嫌われるようなことを行い。彼らが去っていけば、ほうらやっぱりそうだったと慣れ親しんだ孤独な、不幸せな状態に戻り、安心感を得ていた。
彼への敬意のため、あまり彼のことを言いたくはないが、彼は僕のそれによく似ていた。彼は時に僕を試すようなことをした。僕が優しい言葉をかけると、どうしてそんなに心が狭いのか、なんて言う。それがとても哀れで愛おしく思えた。そして大丈夫だから、僕は離れていかないから、と言った。
 僕は彼の幸せを思った。それは祈るようなことではなかった。それに僕が祈ったところで、聞き届けてくれるものもいないだろう。

 その子のもとから離れてからすぐのころ、同期に誘われて小さな劇団のミュージカルを見に行った。
 そのミュージカルを見た後、頭がいっぱいになって、こんなことをしている場合ではない。もっとほしい、と思った。
「私は私ではない」
視界がクリアになっていく。
どこかに行きたい。旅に出たい。そう思った。
それから僕は自分を開こうと必死だった。その日の日記を見返してみた。
「もっと私は開かなくてはならない。もっと私は開かなくてはならない。もっとわたしはひらかなくてはならないのかも知れない。

 本当は今日も同じ劇団が行うコンサートを見に行く予定だった。そこで行われる詩の朗読や即興のミュージカルがまた見たかった。
 玄関に置いてあるビラを手に取った。
 
 開くことについていえば僕は小説を書くことにした。それにあたって小説など大したものでないという考えに固執してしていた。そう思うことで、小説を書くことは特別なことなんかじゃないと感じられた。自尊感情の低い僕にはそうでなければ書けなかった。
 それから古典ばかり読んだ。しかし、良い作品を書こうとしていたわけではないし、僕にポジティブな印象を抱かせるものについて書いたわけでもない。僕が書いたのは、フィクションだと言いつつーむろんフィクションだがー実際的に自分のことだった。自分から見た自分のありのままの姿を写そうと試みた。
 その書いたものを、読書が趣味で自身も小説を書いている女の子に渡してみた。「思春期だなって感じだった。お兄さんの心情に共感できる部分あったし、最後の兄妹の仲直りは読んでほっとした」と言われた。
 それで僕は彼女をデートに誘った。彼女の家の近くまで送るとき、彼女に好きだと言った。彼女は少し照れて「えっと、私付き合ったこととかないからよくわからない」と言われた。だからまた誘ったら来てくれるかと聞いた。彼女はいいよ。と言ってくれた。
 これを書くために彼女に渡した小説を読み返してみた。とても強がっていて、とても開いている小説だった。
 もっと書こうと思い、三島の「詩を書く少年」の書写を行った。それがよいと思ったから。そして僕に圧倒的に不足しているもの。知識。経験。そして人文学。だからある海外の作家の本に書かれていた人文学入門として挙げられている数冊を読んだ。それらは確かにその作家の言っているように思考をとても刺激した。僕はそれを必要としていた。考えを変えることを許せた。相変わらず他人には狭量だったけれど。
 そして本を読むのをやめた。
 そして自分の好きな本を読んだ。
 僕は明らかに彼らに影響されていた。
 「幸福論」を読めば働きたくなったし、サルトルの「実存主義とは何か」を読めば「僕は変えることを望み、働きたくなったとは確かにその通りだ。」と思った。
 天才とは人自身でなく例えばその書いたものによって天才となるのだ。という考えを持ったりした。そしてそれを自分で選んだ。という考えを選んだ。
 そして僕はそれをやはり必要としていた。
 かつての自分の考えを棄却することが大切だったのだ。もっと言えば、かつての自分の考え、受け入れてはいないものの自分の考えのために論理的についてくるそれらを捨てたいと願った。だから、新しい考えを取り入れることが必要だったのだ。そうしなければ生きていけない気さえした。
 そして彼らの考えを同じところに並べた。そしてブルーハーツの曲を聞いた。言えば僕はなにものでもなかった。
 そして彼女を二回目のデートに誘った時、かつて彼女に渡した小説を読み返してみた。それはとても恥ずかしかった。
 だけどそれでもいい気がした。頭痛はやまない。

 それから僕はまた電話をかけた。
 ああ。わかってるよ。だけど、もう僕は―。……うん。わかった。
そうだよな。うん。すぐに行く。
 それからメールを一本打った。

 小説を書くときある立場に立たなければならなかった。それは僕にとってなかなか厳しいことだった。僕は誰かの決定的な言葉を主観的なものだと思うことに抵抗があった。だから、何かを書くことで僕の言葉がそうであると思われるのが嫌だった。だから、こう思います。と書かずにはいられなかった。
誰かの意見を棄却するのは、僕がされたくなかったことであり、僕の意見が棄却され得ることを認めることでもあった。こうだと書くことは僕がほかの人の意見を主観的なものだと認めることになった。それは、あまり好きではなかった。それが、主観的なものであると信じたくなかった。今まで僕が信じてきた他の人の意見、付き従っていた意見が棄却されるというのは、難しい思いだった。それと同じに、誰かの意見を僕の言葉によって棄却してほしくなかった。僕は誰にも影響を与えたくなかった。だって僕は棄却すらさせてもらえなかったから。そもそも影響なんて与えたくなかった。これを言うとフィツジェラルドからは偉そうだといわれそうだけど。
 僕は何々と思います。と書くことで、棄却されても単に個人的な意見だから問題ではないと思うことができた。何々であると書くときは単に事実と言えるものだけに努めた。そうすることで、基本的に僕は傷つかず、棄却されるのは事実やほかの人が述べた意見にできた。ようするに僕は臆病で、とてもずるかった。そして、自分を見つめることはなかった。それゆえに自分を受け入れることもなかった。だから、自分が何を思って、どんな考えを持っているのかを知るのは難しかった。それでは、当然自分で走ることなどできなかった。

 メールの返信は来ないだろう。きっともう出発しているはずだった。

 彼にこの前会った時、彼は何やら装丁がきらびやかな本を読んでいた。
 「今すごく分厚い本を読んでいるんです。一冊で四百ページくらいのシリーズで、今五冊目です」
 「めっちゃすごいじゃん。どんな本なの?」
 「ファンタジーなんですけど、ドラゴンと、それに乗って戦う魔法使いの話なんです」
 「なんかすごくかっこよさそう」
 「そうなんですよ」
 独裁的な支配者がいる国で、魔法とは無縁の青年がドラゴンの卵と出会い、魔法の存在を知り、独裁者と闘う物語のようだ。そのドラゴンの卵と青年が出会ったのは偶然ではなく、種を絶滅させようとしたその男から守るため、その本当の父親(彼は養子だった)に送られたものだったらしい。しかし、送った者の力が残っておらず、手違いで血のつながりの強い息子に送られたものだったようだ。
 読んでみたが結構面白かった。
 「自分の真の名って何だと思います?」
 「真の名?」
 「その今俺が読んでる本の中に真の名が出てくるんですよ。それは付けられた名前ではなくて、今の本当の自分が表されているんです。だから、おじいちゃんの方が長い名前を持っています。敵に真の名を知られたら、その人の奴隷にすることも可能なんです。だけど、自分でも真の名を知るのは難しくて、主人公はそれを知るために、師匠と何度目かの旅に出るんですけど」
 「そうだなぁ、知ってるとして、○○に教えたら悪用されるもんなぁ」
 「しませんよ」
 「僕も真の名を知るのは難しいよ。むしろ真の名は今の僕にはないのかもしれない」
 「それじゃ「決まってない」が○○さんの真の名じゃないですか?」
 「そうかも」
 その主人公はその時恋をしていた女性の名前が入っていたようだ。それをその女性に知られ、単に恋ではなく、それ以上のつながりが生まれ、仲間でなく、恋人でなく、少し違う関係になったようだ。

 ドアを出ると下の階からぶるるると車のエンジンの音がした。彼は今日夜勤なのかもしれない。

 だから、僕は誰かと話すことで、自分の反応を知った。
 そして彼女とかかわることで、自分の行動を規定した。そのようにして彼女の名前は僕の真の名に含まれている。これは何か特別なことではなく、単にプレゼントを買うためにバイトを始めたとかその程度のものだ。
 バイト先の本屋の先輩は、知的な人というのはこのようなことであるというのを思わせるような人だった。
 彼は自分というものがあるのかと話した。
「私たちは流れの中に生きている。常に動いているんだ。それは行動やそのようなものだけど」
 「実存は行動に先立つ。だから行動を見ることで、自分を知れるのだとこの前読んだ本にありました」
 「一時期実存というものが流行ったんだ。しかし、実際には実存にはあまり意味がない。だから私たちは区別する必要などない。もともと区別されているんだから」
  僕は先輩のこの言葉に納得してしまった。それはこの考え方を全面的に受け入れたというわけではなく、単にそのバイト先での勤務態度について言われたのだと思ったからだ。
 「未来というものもやはりない」
 「まだ決まっていないものですし、そう言われるとそんな気がします
 「実は歴史などというものもないんだ。今駐車場にいるが、ここは縄文人が焚火をした場所かも知れない。そしてそれは今に流れている」
 よくわからなかったが、聞くことにした。
 「だから、あるのは腐ったものが積みあがった今だけだ。そして私たちは腐り次へつながる」

 僕は自分の軽に乗り込みエンジンをかけ、運転席に深く腰掛けた。
 そしてふーと息を吐いた。

 僕には自信がなかった。劣等感があった。自分だけが持っている価値がほしかった。
 罪の意識が僕にはあった。
 いつもそうだ。
 僕はこのようなものを強く望んだ。確かなものがほしかった。だから勉強もしたし音楽もした。しかし同じようにそれをすべて無意味なものだと知ってもいた。だから僕は自己を破壊した。
 だから、そんなものすべていらない。
 何もいらない。
 ○○さんがいないのであれば何もいらない。必要ない。
 こんなものはすべてぐしゃと丸めて窓から放り投げるのにふさわしいものだ。

 言えることなど僕には一つもない。
 そのような思考を同じものを持っている人が言うから。
 だから僕に言えることなど一つもない。
 アランは悲しみに重きをおきすぎていると言った。
 確かに、そうかもしれない。
 サルトルは選ぶのだと言った。
 それもそうかもしれない。
 ブルーハーツは個性があったらあったで抑えつけると言った。
 確かにそうかもしれない。
 だから僕は何も言えない。
 大好きな○○さんが今日よく眠れますように。
 論法的な神へ。八百万の神へ。無神論者へ。僕に。行動も何もない。なんとでも言えば良い。
 僕は大好きな君のことしか考えていない。
 ニュートンはしなかったが深く考えればもっと何かが見つかるかもしれない。
 しかし僕にはいらない。
 大好きな○○さん。よく眠れますように。
 
そしてラインを一通送った。
 この前美味しそうな抹茶の店を見つけたんだけど
 排気の音を聞き。アクセルを踏んで車を発進させた。

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