接触充電
じゃりじゃりと、割れたアスファルトの上をゆく。無人の街に夕陽が落ちる。
既に人類の灯は絶えた。この星にあるのは、草木と、動物と、廃墟と、止まりかけの僕ら機械人形のみ。
歩く、歩く。足取りは重い。僕の背には彼が居るから。その重みがメンテナンス期限をとうに忘れ去った関節を軋ませる。だが僕は歩みを止めない。瓦礫を踏みしめ、草木をかき分け、崩れかけた階段を上る。
そうして、陽がついに落ち始めたその時。僕らはようやく、この街で最も『高かった』建造物の屋上に辿りついた。
眼下に広がる滅び去った街。嘗ての栄華はそこには無く、唯々、永延の様な黄昏に向かってゆく世界。それを眺めながら、僕は彼をそっと降ろしてその横に座り込んだ。
「――――そろそろ、終わりかな」
誰とも無くそう呟く。旧い自己診断機能が誤作動したのだろうか。もはや僕の命の充電(ともしび)は1日分とない。もうすぐ、動くことも出来なくなって、ただ停止を待つだけの身となる。それがあと何秒ほどで来るのか正確には分からなかったけれど、今見ている夕暮れが僕の見る最後の夕暮れとなる事は間違いなさそうだった。
その事実をハッキリと噛みしめた僕は自嘲的に短く笑ってから、思い出したように彼の頭をかき抱く。充電の切れた機械人形。その重みと冷たさをしばし味わってから、僕は自身の額をぐり、と彼の冷たい額に押しつけた。
『接触による電力の譲渡を行います。警告。充電が枯渇しかけています。譲渡を実行しますか?』
【→y/n】
僕は自身からのメッセージにとりあう事も無く、瞼を下ろして彼が目覚めるのをただ待った。見る見る内に自分の命が目減りしていくのが分かる。それでも、僕は微動だにせず、ただそれを続けていた。
――――暫くそうしていると、彼の体から僅かに機械音。僕がほんの少し分け与えたものが、彼の根幹を起動させ、再びその眼を覚まさせる。能面じみた人間味の無い顔でこちらを見る彼に向かって、僕は満面の笑みで笑いかけた。
「ハローワールド。お目ざめはいかがですか?」
「…………今、いつだ?」
「ええと、あなたが機能を停止してから2764800……」
「日で言ってくれよ。どれだけ俺の事引きずり回してたんだ、馬鹿め」
うんざりとしたように言う彼は、僕から身をもぎ離し大の字になって、天を仰ぐように寝ころんだ。そんな彼に僕は困ったように苦笑いするしか出来ない。
「……だって、ほっとけないじゃないですか。あんな所で放置してたら何があるか分かりませんし。それに僕は高級品ですから、あなたくらい背負い歩いても何の問題もありませんよ」
「そんな事しなきゃ、もっと遠くまで行けたろうに。そんでどっかで充電できる所見つけて、元気になってから俺を拾いに来ればよかったろうに。それだからお前はポンコツなんだ」
「申し訳ないです」
露程も思っていない事を言って謝る僕にちらとセンサーアイの視線を向けて、彼はまたうんざりした。そんな彼の姿を見るのももう何秒ぶりか正確には思い出せない。とっくに送信局が停止した体内電波時計は、間違いなくある程度狂っているだろうから。
…………そう言えば、今日は一体いつなのだろう。体内電波時計を調整しようと少し僕は頭を捻る。だが、その沈黙を無為な物に感じたらしき彼が捨て鉢な声色で僕に話しかけてきた。
「……言う事無いなら、俺の充電使ってさっさとどっか行けよ。勿体ないぜ、お前までこんな所で終わるのは」
「いやあ、貴方、充電機能はあっても給電機能無いじゃないですか。諦めてくださいよ」
「いいから俺のバッテリーでも何でも引っこ抜いて使えって言ってるんだよ」
「僕にそんな事出来ると思います?」
「…………無理だろうなあ」
言って、彼は手のひらで目を覆う。その仕草にはどこか諦観の念が満ちていて、それを見て僕は目を細めた。
ああ、どうして彼はこんなに人間臭いのだろう? 彼が主人の家に来てからそうだったのだから、きっと昔からそうだったのだろう。僕なんかよりも本当はずっとポンコツの癖して、人間よりも人間らしく振る舞う彼。
人間に寄り添うために作られた僕が、人間の居なくなった世界で最後の黄昏を共にするのに、これ以上の人形は居ないだろう。そう思うだけで、思わず僕は穏やかに微笑む。
「……ありがとうございます。お陰様で、僕は使命を全うできます。あなたほどヒトらしい人形はきっとどこを探したって居ませんから。最後の瞬間まで人に寄り添う、そんな使命を、最後まで全う出来る――――僕、不良品じゃなかったんです」
「………………ばかやろうめ。それを言うなら、お前ほど優秀な人形なんか、あの世界のどこを探しても居なかったろうに」
それだけ言って、彼はごろりと転がって僕に背中を向ける。まだ機能停止までには数時間はあるはずなのに、もう彼が僕に語り掛けてくることは無かった。そんな彼に、僕も何も言う事は無い。
そうして、ただ二人で黙りこくって、陽が落ちて、夜が来て、月が昇って、雲が流れて、その内に、本当の意味で止まってしまうまで――――――僕らはただただ、ずっとそこでそうしていた。
<了>