廃墟

1ふぁぼ毎にうちの子の実在しない小説の一部分を書き出す:05


 生きることは、食うことだ。

 ハットは幼少の頃から、食い意地の張った男だった。幼少の頃宣伝プログラムで目にしたステーキの姿は今でも彼の憧れだったし、成人して今の職に就いてからも、食は彼にとって最大の娯楽であり、拠り所だった。

 コンクリートで出来た<ジャングル>を歩き回り、異常生物を仕留め、その肉を売りさばく。『猟師』と蔑まれる今の職に就いた理由すら、自身の獲物によって腹と舌を満たし、余った分を売った金で更に充実した食を得る。そんなある意味一貫した理由からだ。

 日の沈みかけた黄昏時、朽ち果てかけたビルの一室の床で眠っていたハットをまどろみから目覚めさせたのも、彼の持つ食への探究心―――ではなく、さらに原始的な食への欲求だった。

 この狩り場に辿りついてから既に3日、彼は一度たりとも満足いく食事を取れていない。自身の持ち込んだ情けない酸味と塩味のする無駄に歯ごたえの良い栄養スティックは、既に底を突きかけている。ハットは我慢していた。耐え忍ばなければ、この仕事はうまくいかない。それに、忍耐の先にはメシが待っている。そう身を以って知っているからだ。

「クソッたれめ」

 それでも、不満が口を突いて出る程度には、ハットは耐えかねていた。夜は冷え、昼は気温の上がる、汚染地帯特有の気象。事前の情報では1日も待てば獲物は現れるだろうと踏んでいた。それがこのザマだ。焦げ臭い脂ランプのぬくもりに寄り添い夜を越し、昼は蒸し暑さと蟲の齎す妨害に耐え、日に日に減る水と不味い食料とにらみ合いながら獲物を待つ。今までで最悪の仕事だ。ハットは本気でそう思っていた。

「もう今回はやめねぇか?」

 ドアを奥ゆかしく後ろ手に閉じ、うんざりしたザイルが戻ってきた。ハイドロン社の電磁石弓を部屋の隅に立てかけたザイルは目の回り以外虫刺されだらけで、巌のような顔がさらに岩めいている。ムービープログラムのアクション・ヒーローと見違える肉体の持ち主である彼も、狂った日差しや執拗な虫の襲撃には手も足も出なかったらしい。

 ザイルは眼元を虫の襲撃から守った暗視鏡を置き、脱ぎ捨てた耐荒天候ブルゾンを尻に敷きへたり込む。ダメかよ? と言うハットの問いに彼は力なくああ、と返した。

「あのよぉ、お前がそんなんでどうすんだ? 『でっぷり肥え太った獣が出る』なんて俺を誘ったのはお前だろうが。意地見せろよ」
「勘弁してくれ」

 ザイルは諦めたように首を振った。

「てか、帰るっつってもこれから夜だぜ? 夜の<ジャングル>を出歩くのがどういう事か、お前だってわかってんだろ?」
「だったら朝まで寝ちまおう。奴さんも、別のナワバリに移動しちまったんだろ」
「肉はどうすんだよ。手ぶらで帰れってのか?」
「次の仕事にお前も呼ぶ。取り分は7:3、それじゃダメか」
「……6でいい。代わりに帰ったら肉を食わせろ」
「マジか」
「それも成型着色の奴じゃねぇ、真っ当な奴。あと酒もだ。どうせ大切にしまい込んでるんだろ?」
「……わかった、わかったよ。俺の負けだ」
「ならいい。っても、俺は朝まで粘るぜ。どうせ夜は俺の担当だ。奴さんが出張ってきたら叩き起こすから、寝るにしたって程々にしとけよ」
「アイアイ」

 そう返すとザイルは早々に寝袋を荷から引っ張りだし床に着く。

 ――――あの虫刺されだ、痒くて寝れたもんじゃないだろうな。ハットは寝袋の中で唸るザイルを尻目に外れかけの元自動ドアを苦労して開いて、狩場を見渡せる持ち場へと向かった。


【肉のジャングル】<了>

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