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2024年上半期新作映画まとめ&ベスト10

2024年上半期はちょうど50本の新作を観ることができた。昨年と比べるとパルムドール受賞作『落下の解剖学』を皮切りに、『オッペンハイマー』など大作が2~4月に目白押しだった印象だ。そして『悪は存在しない』が公開されるまで『夜明けのすべて』の一強状態でパッとしなかった邦画のラインナップも、6月に『あんのこと』が加わってくれて、河合優実主演作品『ナミビアの砂漠』の公開が控える下半期を万全の状態で迎えることができる。

さて、以下は感想ラインナップです。filmarksの感想をほぼ転記した作品もあるけど、本稿のために大体書き下ろしなのも偉いな。普段からどこにも出せる感想をまとめておけという話でもある。

最後は暫定のベスト10も考えました。


アイアンクロー

マチズモや家父長制からの脱却を模索する映画。実話を知っているプロレスファンからするとドラマチックに描きすぎているように見えるのだろうが、まさかプロレス一家の伝記映画が "存在を無条件に肯定される喜び" で結ばれるとは思わなかった。マチズモのみならず、血縁や職業といった社会的な鎖に縛られて息苦しさを感じている人にはぜひ見てほしい。必ずあなたを救ってくれます。

悪は存在しない

あまりの衝撃に終演後は魂が抜けたようにただ座り尽くして、呆然としていた。感性に訴えかける部分としては、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない満未知の感情を刺激されて、ただ恐ろしく、同時に美しく、本当に言葉を失った。一方で、感覚で作られた前衛的な芸術作というわけでもなく、濱口監督の積み上げてきた知識や映画史へのリスペクトを感じられる。その緻密に計算されたプロットに対して石橋英子の音楽が合わさり、高尚な芸術に仕立て上げているのだ。本当に完璧な映画だと思った。

雨降ってジ・エンド

今年ワーストの1本かも~~~。特に語ることがないというか、内輪で製作した小規模の作品なので、気になる箇所が満載なのもスルーする。この作品のことはいずれ記憶からなくなっていくだろう。

アメリカン・フィクション

劇場非公開の配信作品。事前の情報だと、粗野な言動に結びつきがちな『黒人あるある』をインテリ層の黒人主人公が演じるハメになってしまった、という社会派コメディを想像させる。蓋を開けてみると、たしかに社会的な側面もコメディカルな要素も良かったのだけど、それ以上に主人公の家族関係をめぐるヒューマンドラマ要素が多く、そのシーンに移るたびにリズムやテンポが途切れる気がして、ちょっともったりした印象。面白かったけどね!

ありふれた教室

各所で大傑作との呼び声が高く、まったく異存なしだ。教師・保護者・生徒それぞれの目線の交わらない焦燥感や不快感がスリリングなのだが、サスペンスとして走り出したはずの物語が、いつの間にか学校教育の本質にメスを入れていく唯一無二の作品に。特にエンディングの”語らない"力強さは随一の出来栄えだ。シームレスな脚本の抑揚と、無作為だからこそ恐ろしく感じる登場人物の言動。実際の社会に根付いていつつも、野暮ったい高説があるわけでもない。すばらしいバランス感覚で成り立っている映画だ。

詳細なレビューはこちら:

哀れなるものたち

いや~~、すごい。性の意義を圧倒的な美術センスとともにコミカルに問いただした。このテーマとこの作風が共存できるなんていまだに信じられない。上映後、あまりの多幸感にしばらく席を立てなかった。なんというか、『バービー』とは違い、社会的なムーブメントとしてのフェミニズムが一切感じられなかったのが好きな理由。もっと本質的で本能的で、なまぐさくもあるし美しくもあるし、性別の存在は動物的だと捉える一方で、人間を人間たらしめる知性の萌芽ともつなげている。ヨルゴス・ランティモス監督を敬愛します。彼にしか描けない、野生と知性の間を行き来する人間のすがたがある。

あんのこと

今年のベスト10に入るかも。河合優実・佐藤二朗・稲垣吾郎の3人の演技が素晴らしかった。本当に。コロナという最新の演出も特に突っかかりなく時系列に組み込まれていて、わざとらしさを感じさせない映画だった。だが惜しむらくは最後。早見あかり演じる母親の存在そのものが疑問だったのだけど、杏の人間性を照らすための演出のはずが、なぜか早見あかりとその子供に陽射しが当たり、残念に感じてしまった。それを差し引いても傑作だと思います。商業映画にならなくて本当に良かった。

インフィニティ・プール

鮮烈なビジュアルと奇怪な設定にはかなり圧倒されるものの、最も不快に感じる部分へ抵触してくる描写はさほどなく、ホラーやスプラッタものとしては生殺しに近い感覚で、どうもスッキリしないというか、悶々とする。そしてミア・ゴスの演技に対して世間の評価ほどハマれない自分がいる。色々と惜しいが、鮮烈なオープニング、そして何より物語そのものの設定は好きだ。

WALK UP

ホン・サンス監督作品をはじめて劇場で鑑賞した。『小説家の映画』『逃げた女』は鑑賞済だったが、劇的な展開や緻密な伏線が張られるような作品でないのは同じで、予想通りの退屈さ。しかし、主人公が映画監督であり、その放蕩ぶりをモノクロ&固定カメラの長回しというスタイルで描き、ラストのタイムループという仰天な結末もその脚本全体を思い返し、遊び心に感心する。

忘れそうなので大まかな流れをメモ:
階上へ上がる度に異なる女性との関係に耽るビョンス。
①2Fで大家・ヘオクに言い寄られるも、ベランダで喫煙していた際に弾き語りを熱望され、彼女には冷める。
②3Fでカフェ店主・ソニとの同棲をスタートするが、管理されているような生活にうんざりする。ベジタリアンにも飽きていたのだろう。脳内での妄想会話を繰り広げ、理想のソニを創り上げるも現実の関係は冷え切っていた。ひとりの女性と長続きするような関係は築けないと悟り、破局。
③4Fで突如としてジヨンという不動産関係の女性と同棲する。どうやら序盤の会話でその存在が言及されていたようだ。彼女との関係はもっとも熱く思えるも、ドライブに出かける間際でジヨンに仕事の急用が挟まってしまい、それが原因でビョンスの好意は冷めた。
④そして、①から②のブロックに切り替わる際の、娘・ジョンスがコンビニからお酒を買ってアパートに戻るシーンにつながる。これがタイムループだ。

ヘオクとジョンスが気まずい会話を繰り広げた最中、ビョンスは家の外と中ではまるで別人だ、というジョンスの発言があった。ビョンスが参加していない劇中でほぼ唯一の会話の中に彼の行動原理が端的に説明されている。
そうか、ビョンスは女好きで、思い通りにならない女性はすぐに鬱陶しくなるんだ。彼の生活はその繰り返しだ。外では映画監督として、時に作家主義論を語り、時に神からの啓示を受けて映画製作をはじめた話を自慢する。そんな調子の外の顔が徐々にプライベートの顔に変わっていく。その様相が退屈な会話の中のこまかな機微から匂うし、かすかな目線や表情の変化から感じ取れる。
また同じことを繰り返すと示唆されたエンディング。なによりこのテーマの映画を製作したのは、ホン・サンスという作家主義の巨匠だ。なんて皮肉的で、ストイックなんだ。

オッペンハイマー

正直の正直、ノーランのギミックやSFを期待していたこともあって、あまりハマれなかった‥。ただこの作品と対峙する態度としてそれはふさわしくないのでちゃんと考える。するとオッペンハイマーという人物の伝記映画としては満点だろうという結論に至る。180分間まったくストレスを感じなかったし、それはノーランの技術力のたまものだろう。個人的に伝記映画ってあまり得意ではないんだな、という発見があった。ちなみに戦争ものとして戦勝国の驕りは感じられない。かなりフラットな作品だと思うが、裏を返せば反核のスタンスというわけでもない。

彼方のうた

『春原さんのうた』がめっちゃくちゃ良かった、というお勧めに触発されて鑑賞。うーん、あまり刺さらなかったかな。ただ4:3の画角の使い方が巧みで、人物に余白なくクローズアップしたり、物陰から第三者的に出来事を覗いたり。その逃げ道のない映画体験は23年のベスト級映画『ほつれる』にも共通する狭隘さだ。映画としては好みでは無かったが、好きな要素はいくつか発見できた。

カラーパープル

ミュージカルって肌に合わないのかなあ、と悲しくなってしまった作品。そもそもの作風としても万人に向けた間口の広さを感じて、自分にだけ届けられるようなメッセージを受信できなかった。一方、一緒に観ていたひとは服飾(スカートではなくパンツを選んだこと)に着目していたりして、本作に込められたメッセージがしかるべきひとに届いたのだろう、と中身の詰まった内容に安心した。

関心領域

今年の目玉作品だったが、予告や宣伝周りのクリエイティブが巧みすぎてびっくり。あれは観に行きたくなる。一方でセンセーショナルな触れ込みの割にはかなりコアな映画ファン向けというか、広大な空間にポツンとたたずむインスタレーションとセットで楽しむ音響設備、みたいな展示作品のようだった。観客に向けて視線を向ける演出などメッセージ性に富むシーンもいくつかあったが、それらも映画芸術の一環に収まっていたのはかっこいいと思う。

ゴースト・トロピック

突如として本作と『Here ヒア』が公開された謎多き新鋭監督、バス・ドゥヴォス。ファンになりました。ゆったりしているんだけど、リズムの抑揚はたしかに存在する。ひとりひとりのキャラクターが映る時間は少ないけど、しっかりと各人の性格や表情を読み取れる。アーティスティックな視覚表現に見える演出もすべて実在するんだよな。奇を衒ってなくて、それがいい。

ゴーストバスターズ / フローズン・サマー

前作『アフターライフ』が本シリーズのリブート1発目としてかなり高評価だった。それと比べてしまうとフランチャイズ感がぬぐえず、風呂敷が広がったまま放散気味という印象だった。たしかにベテラン勢もクローズアップした物語は好印象だが、家族三代それぞれに重要な役割があり、さらに新キャラなども加わってくると、どうしても一人ひとりの比重が軽くなってしまう。新星マッケンナ・グレイスを中心に展開してほしくもあり、ベテラン勢のことも見たいし、難儀だ。

コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話

中絶という選択肢を自由に選べない女性たちにフォーカスした物語をいくつか観てきたけれど、爽やかで、力強くて、かっこいい。絶妙なテンポ・ユーモアのどちらにも緩急があって、映画の見応えもばつぐん。女性の自立に対するリスペクトは終始一貫していて、監督が「キャロル」の脚本家だと知って納得。最終的に理解を示した世間のなかにはもちろん男性の存在もいるのだが、女性たちがその存在に言及していて良かった。

ゴールド・ボーイ

好みではなかったなあ…。全体的にチープな演出が多かった印象。岡田将生の演技は思いのほか良かった。さすがに高層マンションの一室でワイン片手に勝利宣言を叫ぶのはやりすぎだったが。なんというか、全編に渡って漫画的だった。そして、エンディングの倖田來未がこの映画に点在していた『ビジネス要素』をすべて繋げてしまい、そのミスマッチに耐え切れずエンドロール中に退席した。

52ヘルツのクジラたち

本年ワースト候補。事前に公開されていた鼎談記事が気になっており、それは斜め読みしておいた。とてもいい視点からの意見交換だなと感心した。このクオリティの意識を持てているスタッフと主演女優がいるのに、なぜあんな作品になってしまったのか。本当にスタッフが気の毒でならない気持ちに。一方で、もし鼎談に参加した人たちも含めてあの仕上がりで満足しているとすると、それはそれでヤバイです。メインターゲットのファンシーな10代に向けて「マイノリティについて考えてみましょうね」「有害な男性性について学んでみましょうね」と問いかける作品としては、くどいまでの誇張と説明の多さは理にかなっているのかも。

ちなみに、宮川氷魚が演じた御曹司、彼は性悪だっただけで、「妻や家族を養いたい」と思う男性の気持ちと専業主婦になりたい女性の存在は否定されてはいけない。家父長制は滅ぶべきだが。

コット、はじまりの夏

今年の映画でもっともハートウォーミングな話かもしれない。そして、奇をてらわないストレートな心情表現に琴線をやさしく撫でられ、ボロボロと涙がこぼれた。説明しすぎないことで人物の心情表現を観客に想像させる。そのトリガーはいたるところに散りばめられている。静かで美しく、それでいて芯の通った非常に潔い作品です。

ゴッドランド / GODLAND

本年のベスト10に入るくらい好き。物語そのものは意外とサスペンスで、人間関係からにじみ出る苦味が満載だ。一方で演技やセリフ、演出といった点ではエンターテインメント性を極力排除しており、そのギャップが冷ややかでかっこよかった。決して見応えが欠如していたわけではなく、神の土地で巻き起こる愛憎劇、その舞台を整えるため限界まで実地撮影を求めた本気のスケール感がビリビリと伝わってくる。ビジュアルが頭抜けてエッジーであると同時にストーリーも分かりやすく、アート系作品として100点。

碁盤斬り

可もなく不可もなくな時代劇。白石監督はもっと血みどろな殺陣を撮りたかったのだろうな、というのは伝わった。清原果耶の演技は瑞々しくもスムーズでいい発見だった。そしてポリコレ要素を感じさせない(そもそも入れる必要もない)クラシックな時代劇に仕上がっていて、それが一番良かった。別にうなるほど面白くはなかったけど‥。音尾琢真は相変わらずみみっちくて良かった。

コンクリート・ユートピア

そもそもの災害の規模が地球滅亡レベルで笑った。前半はややコミカルで、後半は韓国映画十八番の胸糞展開が続く。130分のわりにテンポがよく、サクサク見られて良かった。配信でながら見するのにちょうど良い作品でもありつつ、室内劇かと思いきや意外と外側のディストピア描写も手が混んでいるので、大きいスクリーンで観るとかなり満足感があると思う。

システム・クラッシャー

納得できる解釈を導き出せず、モヤモヤする。大人がすべてを諦めたという結末なのか、モンスターが解放されたという結末なのか。男児を半殺しにするという衝撃的な展開を、主人公がその罪を自覚するまで描くべきだと思ったし、子供の傷害行為に対して大人が匙を投げるような幕引きにはあまりすっきりとしない。結末に至るまでの描写は本当に丁寧で素晴らしかったと思うだけに、残念だ。

本作にも言及し、互いにシナジーのある作品『ありふれた教室』のレビューです。

12日の殺人

前作『悪なき殺人』と比較するとミステリー要素はかなり希薄に。代わりに「性別」がフォーカスされていたのだけど、それもなんだかピンボケで困惑する。生前の主人公の行動が全く見えないのに、犯人候補の男たちの証言だけで「女性は女性というだけで犯罪に遭う」と言われてもな‥。乱暴だと思います。『落下の解剖学』が脳裏をかすめる。

すべての夜を思いだす

公開前の(主に別作品に関する)とある性加害に関する騒動については言及しないでおくが、清原監督のことはひとまず応援したい。
それはさておき、かなり無機質で、インスタレーションのような絶妙な距離感が心地よい。なかなか邦画には見られないような静的ショットが多く、団地・ニュータウンといった巨大な構造の中を往来する人間の動きが視覚的に美しかった。ただストーリーに深みはなかったので、無味無臭のまま終わってしまった。美術館を出たときのような気持ち。フルシチョフカ、東雲キャナルコート、そして昨年公開の『イノセンツ』など、団地へのフェティシズムを刺激されてしまう作品がまた増えた。

辰巳

特段面白いわけではなかったのだけど、森田想の体当たりを真っ向から受け止められた点、そして舞台挨拶の和気あいあいが好印象だった。繰り返しますが、面白くはないけど、ちょっとだけ好きな作品。

ダム・マネー ウォール街を狙え!

株のお話。小難しいかなと敬遠しているようなら、今すぐに見た方がいい。めちゃくちゃ面白いし、とにかくアツい。たしかに専門用語がひゅんひゅん飛び交うが、ストーリーの構成上、とある株の動きが素人にまで波及したことが大事なので、「専門的なことは分からないけどなんかスゲーことになってる!?」という感覚がめっちゃ大事なのだ。そして、その感覚を煽る演出がべらぼうに上手い。どんどん前のめりになります。めっちゃおもろかった。

チャレンジャーズ

『君の名前で僕を呼んで』『ボーンズ アンド オール』で続けて淡いティーンズの異端な関係性を美しく描いたルカ・グァダニーノ。本作もそのテイストを期待していたのだけど、センセーショナルかつ官能的、何より疾走感あふれる嵐のようなアトラクション映画で、度肝を抜かれてしまった。ラストの1点を争うあのシーンとゼンデイヤの絶叫、あの数分のために本編すべてが注がれたと言っても過言ではない。とにかく音楽がかっこいい。そして脚本も秀逸で、入り組んだ愛憎劇に飽きさせない視覚的な演出も切れ味が鋭かった。ルカ・グァダニーノ監督の新たな一面を知って、彼のフィルモグラフィーを追うのが楽しみだ。

DUNE 砂の惑星 PART2

押しつぶされそうになる情報量と物語の厚さ。"本気"の映画です。今年のベスト5には入りそう。しかも中盤にはモノクロの陰影で描くセリフの無い戦闘シーンもあったりして、この巨編フルコースを胃もたれしないように進み続けられる工夫が凝らされていた。本当にすごいわ。

DOGMAN ドッグマン

リュック・ベッソン監督作という割にはそこまで話題にならなかったな‥。個人的には結構好み。その理由の8割くらいを占めるケイレブ・ランドリー・ジョーンズの怪演が印象的だ。本当にかっこいい、カメレオン役者。そして「犬」要素もバランスが良く、当然現実ではありえないのだけど、犬たちの活躍はギリギリ興ざめしないレベルで絶妙だった。ともかく、ケイレブの名演技は歴代ジョーカーに引けを取らない。主人公のキャラクター造形もマーベルよりDCのヴィラン寄りで、人間味を感じられて好きだった。

HOW TO BLOW UP

心がバチバチする良作。めっちゃくちゃ面白いのだけど、なんだかいまいちな評判のイメージ。クライムものとしては地味で、さらに環境問題とかZ世代最前線の活動家とか、王道クライムムービーファンに媚びないテーマだからだろうか。明らかに午後ロータイプのアクション・クライム映画ではないからこそ、犯行グループの現代的な信念やバックボーンを描くという点が新鮮なのだと思うのだけど。あの終わり方はかっこよすぎるだろう。上半期のベスト10に入りそう。

パスト ライブス / 再会

ヘソンとアーサーのふたりが邂逅する自宅のシーンの暖かさというか、ノラの愛する(愛した)人間も愛そうとする優しさ、本当に素敵だった。最後、ヘソンと別れて自宅まで涙を流してトボトボ歩くシーンで、この映画の良さが不動のものになった気がした。故郷から離れること以上にヘソンとの決別は大事だったんだ、と彼女が自覚する。自分が介入できる余地のないヘソンの幸せを祈る。介入できた人生もあっただろうに、それを想像してもしょうがないと2人で悟った。その寂しさがあふれて涙が出ても、玄関先でアーサーが待っていてくれて、全部抱擁してくれた。一方的な矢印にならない、愛に満ちたみつどもえの物語。前半はかったるいが、最後には丸ごと愛したくなる。

バティモン5 / 望まれざる者

ラ・ジリ監督の前作と比べると勢いが落ちてしまった印象。だけど、彼らの怒りが沸点に向けてその震えを増していく様相、その緊張感はやはりすさまじいものだ。ふつうに傑作。

Here ヒア

『ゴースト・トロピック』に続くバス・ドゥヴォス監督の最新作。ああ、好き。感動するような内容ではないのだけど、涙がじんわりと滲んだ。蘚苔学者の生活や仕事に憧れを覚えたり、登場人物の会話のさりげなさが心地よかったり、とにかく自分の中の毒素が浄化されて涙になったのかなあ。そんな感じです。好き。

瞳をとじて

人生ベストに食い込みそうな作品。映画というものの存在意義を、寡作なビクトル・エリセが証明した。彼のフィルモグラフィを追っていくと、本作の壮大な大成に心を奪われて、涙する。『ミツバチのささやき』『エル・スール』の公開を併せてくれて本当に良かった。どうして映画が好きでこんなにのめりこむのだろう、と自問自答をしてみる。この映画は、その答えそのものだった。(めっちゃ長かったからディテールを忘れつつある‥。もっかい見ないと‥。)

ビヨンド・ユートピア / 脱北

今年はドキュメンタリーを意識して観てみようと思った、そのきっかけとなった作品。言葉を選ばずに評すると、映画として非常に面白かった。その面白さは自分が安全圏に住んでいるからだろうなあ、というバツの悪さも感じる。事実は小説より奇なり。

フィリップ

オープニングの疾走感や絶望感、また同僚の絞首シーンは好みだった。ただ、全体的にありきたりな演出が多くみられ、主人公の燃え盛る葛藤をダンスで表現していたのは陳腐に感じてしまった。原作本が発禁になった!という触れ込みの割に映画はかなりマイルドで、もっと踏み込んでスリリングかつエロティックに仕上げてほしかったなと、その角度の鈍さのためパッとしない印象だった。

プリシラ

全然ウケなかったな‥。伝記としての客観性が損なわれていなかったのが良かった。一方でプリシラのちんちくりんな10代が大人として成長するまでをしっかり見届けることができて、それはソフィア・コッポラの手腕だとも思う。女性的すぎず、作家的すぎず。でもソフィアのエッセンスがカメラや音楽からにじみ出ている。結構好み。

蛇の道

オリジナル版の方が好みでした。役者の演技は言わずもがな。柴咲コウのフランス語は流暢だし冷徹さも感じられるし、哀川翔と張り合えている。でも香川照之たちの低劣な演技と比べると、財団側のチープさがフランス語によって際立っているような気がした。オリジナル版のカメラワークは踏襲されていると感じたけど、なんか滑らかかつスムーズで、釘付けになるような緊張感をあまり感じなかった‥。

ボーはおそれている

試写ふくめ2回鑑賞。ストーリーが奇々怪々すぎる一方で、狂気やホラー要素は相変わらず計算されているような気がして、アリ・アスター監督の底知れない頭脳と才能に畏怖を覚える。180分が一瞬に過ぎ去った感覚で、さらにその最後は映画史上でも稀に見る「置き去り」なエンディングだ。意味不明なのはもちろんなのだけど、恐怖以外の感覚も全方位から刺激される「論理によって作られた、論理を超越した最高傑作」だと思う。今年のベスト10に入りそうだ。

ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ

はあ、人生ベストですわ。これは個人的な救いとなった作品で、改めて映画を観続ける理由を再確認できた大変だいじな映画になった。めっちゃ笑ったし、ウィットに富んだ会話劇は、勉学や教養が決して孤独な人間を裏切らないと教えてくれる。そして、誰かに跳ね除けられた者は、同じくはぐれてしまった人のその理由を抱きしめることができる。

以下、昨年ベスト・かつ人生ベストの『ザ・ホエール』との関連性を記す。

本作は、過去は自分の道程の先にその轍を作らない、代わりに未来の自分の足跡を模っていたものがその轍となる、ということを教えてくれて、それがそれぞれの未来への救いになった。

同じく救いの映画である『ザ・ホエール』では、かつてのぬかるんだ轍を成形して固めていくように過去の罪と向き合った。自ら退路を断ち、もうそっちの道には踏み外すことはないぞと。いまとその先を生きる娘の存在を肯定すること・我が身に迫るすぐそこの死期を抱擁すること という、過去と現在のすべてを祝福する映画だ。

なにが言いたいかというと、このふたつの映画ですべての時制が救われてしまった。

僕らの世界が交わるまで

キャストや制作陣の豪華さを考えると、とってもこじんまりしてローカルな話だなあと落ち着く。親子関係のカタルシスに至るその直前までを描くというのが新鮮だったし、結構好きな終わり方だったかも。さわやかでさっぱりしているのが良いなあ。

マリウポリの20日間

自分にできることの少なさにゲンナリするし、安全圏で生活している安心感もあるし、対岸の火事だからこそこういう作品をエンタメとして消費してしまう。だが、惨状に心を痛めることや悪政に怒りややるせなさを覚えることなど、無関心な状態では感じることのない衝動は大事なのだろう。

〇月〇日、区長になる女。

まさかの杉並区長選ドキュメンタリーを見ることになるとは。これを観に行った日はちょうど杉並区民になった引っ越し当日の日で、それは一生忘れないと思う。岸本さんを応援したい一方で、この映画の中の岸本さんしか知らない。政治ってイメージ戦略が全てだなあと、有権者としてはすべてに懐疑的である必要を実感する。それを前提に、「見えているところだけ」で判断した結果、岸本さんを応援することにした。

ミツバチと私

主演の子の演技はすばらしかった。なのだが、スペイン語は全く分からないので、その名演技を100%堪能することは叶わない。それが惜しかった。あとスペインの映画って編集が雑というか、急にブツっと日が飛んだりする。タイムラインが丁寧ではないなあ、と思うことがよくある。この作品でなければならない唯一性が感じられず、やや残念な印象。

みなに幸あれ

規模の小さい邦画ホラーはだいたいこうなるよな、というがっかり感。小劇団の演劇を見ているようだった。一方で古川琴音のホラー適正を確認できてよかった。彼女、トニ・コレットやフローレンス・ピューに並ぶ「アリ・アスターの狂気」を表情で表現できる役者だと思います。

胸騒ぎ

近年の純ホラー作品の中でもかなり好きかも。「いや、逃げろよ」というツッコミに対しても、父親のエゴや自尊心がそれに蓋をしているという理屈もあり、筋が通っていたと思う。何より最後の夜のショッキングなシーンの連続は、それまでの得体の知れない苦味の正体が一気に明らかになった感覚で、『ファニーゲーム』で妻がヒッチハイクを試みた直後のシーンに匹敵する絶望そのもの。見応えたっぷりで上質なホラー作品だ。

こちらは公開に合わせて書いたミニ評。

夜明けのすべて

思いのほか良かったな~。人生ベストや年間ベストに食い込むほど個人的な思い入れはないが、みんなに観てほしいというか、最大公約数的な映画の理想って、こうあるべきだよなと。ついでに三宅監督の過去作特集で初期作品を何本か観たが、やはり役者の演技という点で頭抜けている気がする。『ケイコ』『ワイルドツアー』ではその自然さに見惚れたが、『夜明けのすべて』はさらに自然だった。松村北斗っていい役者なのね‥。ジャニーズ出身ということを知らずに見て、鑑賞後に調べてびっくり。

落下の解剖学

24年新作の注目株。パルムドールの評価に違わぬ重厚感と緊張感に体力をごっそり消費させられた。オスカーの脚本賞も納得だ。前年のカンヌで脚本賞を獲得した『怪物』と比較してみると、本作はたっぷりの余白が観る者に想像する余地を与えるという引き算の構成である一方で、『怪物』では最後は同様に観客に想像させる幕引きだったにも関わらず、徐々につまびらかになる情報とサスペンスフルな展開が『落下の解剖学』とは対照的な足し算の構成だったのがおもしろい。ジュスティーヌ・トリエ監督の過去作が横浜の劇場で地味に公開される。日程的に行けないので、もっと話題になってほしい。

リンダはチキンが食べたい!

フランスのアニメ。かなりめちゃくちゃなストーリーだったのであまり真面目に見過ぎない方がいいかも。子供目線の「肉親の死」がポップに描かれつつも、やっぱり切なかった。その切なさを料理に昇華させてみんなにふるまう、というのも爽やかで素敵だった。それにしてもフランスという国の団地の重要性に気づかされる。重要っていうか、物語の舞台にするには絶好のロケーションなんだろうな。

上半期ベスト10

瞳をとじて
悪は存在しない
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
(⇧ここまでは順不同な気がする)
DUNE 砂の惑星 PART2
ボーはおそれている
哀れなるものたち
ゴッドランド / GODLAND
HOW TO BLOW UP
Here ヒア
あんのこと もしくは ありふれた教室

う~~~~~~ん。『あんのこと』は最後がなあ。ずっとあの終わり方にモヤモヤするんですよ。きれいすぎる、しかも何で早見あかりなんだろう、って。実話ベースなんだし、救いのない残酷な話にわざわざ希望を添える必要はあるのだろうか。そういう作品にしたかったのなら、最後もあんちゃんに光を当ててほしかった。いや、そういう意図は感じられたが、早見あかりがセンターポジションを占めたまま幕引きとなったのが引っ掛かる。でもそれ以外が本当に良かったからなあ・・。

逆に『ありふれた教室』は非の打ちどころがないんだよな。すべてが90点って感じだ。『あんのこと』はその重厚さやシリアスさは邦画には珍しく、邪魔な演出を排除した点が100点だった。

うーん。(実際、1週間くらい悩んだ)


7/1(月)に上半期の見納め『WALK UP』を鑑賞して、トップ10決めました。以下でおねがいします。

瞳をとじて
悪は存在しない
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
(⇧ここまでは順不同な気がする)
DUNE 砂の惑星 PART2
ボーはおそれている
哀れなるものたち
ゴッドランド / GODLAND
HOW TO BLOW UP
Here ヒア
あんのこと

以上です。
ちなみに旧作上映にも今年は足を運び、そちらは備忘録的にまとめたので下記リンクからご一読ください。配信での過去作視聴も含めると上半期は大体140本くらい観ているようです。下半期もたのしみ!


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