団地の遊び どうという事のない話 三


どうという事のない話 三

 冬の日だった。大変、寒かった。
 自治会長の息子高橋が、毎度ボール投げをしていた。二十五メートル程の長方形したグラウンドには、南北に壁がある。そこの北側の壁めがけボールを投げている。
 横は公園である。寒いのに、幼稚園児ぐらいの子たちが、砂場などで元気よく遊んでいる。
 その公園とグラウンドの間に、狭い芝生があって、一本の大きな楠の木が生えている。その根元に、自分と女学級委員山岡と、MM2(仮名)がいた。
 MM2はまたしても、分解した無線機をいじり、芝生の上に部品を広げ、今度こそ放送を成功させると、頑張っていた。近くに三村夏子がいて、手伝っていた。片目の白犬シロが横にいた。
 みんな焼鳥を手に持っていた。いつも行く団地中央の商店街のパン屋、その前にテキ屋の焼鳥屋がちょくちょく現れる。オッサンにもおばさんにも見える人が焼いた鳥で、タレがおいしく、確かシロ(鳥皮)が十円か十五円だった。
 自分の焼鳥を買ったら金は全くなくなった。山岡は一円も待っていない。すると串に三つある一つを、最後の一個を、山岡にあげるのが、この頃のケジメであった。
 悲しい気分になった。二人で一本十円の焼鳥を分ける人生に、寂しさ、虚しさを小六の子は感じた。
 食べ終わった山岡は、タレの残った串をまだ手に持っている。自分は串を取った。タレを舐めた。
 三村夏子が、白犬シロに、一本二十円するレバーをあげていた。串から取って前に置いた。犬のほうがいいモノを食べている、自分と山岡は、食べてる犬を見ていた。これが人生なのだろう、子供心にも思ったーーーそこまで深く考えてはいなかったと思うが。
 芝生は色が薄茶色で要するに枯芝で、寝転がったりすると、芝が服にくっつく。乾燥した芝のにおいが、強く感じた。空は一応青かったが、大きな雲たちが動き、太陽を上手に遮っていた。そしてすごく寒い。
 三村夏子は冬なのに、いつものミニスカートにGジャンという薄着、山岡しおりはモコモコしたセーターを二枚着てる状態だった。
 焼鳥の串を芝に刺す。すると山岡が、やめなさい尖ってるから子供がケガする、そう言って、みんなの串を集め、ゴミ箱に捨てにいく。鉄網でできた円筒形のやつだ。
 そのゴミ箱を見ていたら、少年ジャンプが入ってるのに気づいた。すぐ取りに行き戻ると、汚いなあ、と山岡が非難する。
 学級委員Rが、左足を引きずりやって来た。先日、駅の階段でコケて骨折した。駅でケガなんてしたらどこも行けないじゃん、とみんなに呆れられていた。普段、使われてない骨だそうで、おかげでそれほど痛みもなく、こうやって松葉杖を使わなくても歩くことができた。芝生に座ると、ため息をつく。
 寒いのだが、なんとか平気だった。これはやはり、子供だから、寒くても、いられたのではないか?と今になって思う。子供は風の子とも言うわけだし。
 毎週チャンピオンを買ってるが、本当はジャンプも読みたかった。しかし金がない。トイレット博士は楽しい。包丁人味平は、子供には少し難しかった。
「できた」MM2が、無線機を完成させる。過去二回失敗だが。
 とはいえ、いくら子供でも、寒さには限界があり、当然、体が冷えてきた。それほど風は強くないのだが、底冷えする体感だった。
「走るゾ」MM2が無線機を芝生に置いたまま、本当に走り出した。なぜか釣られて、自分たちも走り出した。当然、白犬シロもついてくる。
 骨折してる学級委員Rだけが、走らなかったーーー当たり前である。どこか寂しげな顔をしている。
 団地の川まで来た。西に向かって、夕陽目指して走り出す。右側は、学校である。そこから草土手を下り、川真横の土手の土道を走る。橋の下に来た。
 止まる。息が荒い。遠くに次の橋が見えている。さすがにそこはテリトリーではなかった。
「体が温まったよ」山岡が、なぜか自分の拾ったジャンプを捨てずに持っていた。
 高橋がなぜか野球ボールを対岸に投げた。草むらの中で見えなくなった。ーーーよし!取りに行こう!三村夏子が全力疾走で土手を駆け上がり橋を渡る。自分たちも続く。
 橋向こう、川向こうにいる時は、かなり全力で走った。なぜなら、結界の外だからだ。無事、川を渡り結界の中の団地に戻った。みんな息が荒かった。はっきり言って疲れた。だが、体は暖かい。
 シロがボールをくわえていた。ありがとうと言って高橋が受け取る。
 さっきまでいたボール投げの横の芝生である。
 一人寒さに震えながら、ベンチに座り学級委員R(理系)がMM2の無線機を、いじっていた。
 その夜、ついにMM2の無線機ラジオは三度目の正直、成功した。とはいえ、受信できたのは、MM2の号棟の近くの、山岡だけだった。距離三十メートル程であった。「ありがとうR君」第一声だった。山岡はその言葉を聞いた時、嘘だと思うが、泣きそうになったという。

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