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【トリばァnote】作品を介して対話する鑑賞者と作家──商業施設でアートをともに育む

こんにちは! アート・コミュニケータ「トリばァ」です。
私たちトリばァは、取手駅(茨城県取手市)直結の駅ビル「アトレ取手」4階にあるたいけん美じゅつ場VIVA(以下、VIVA)を拠点に、アートと人、人と人を結ぶ活動をしています。

今回お届けするのは、VIVAにある東京藝大オープンアーカイブ(以下、オープンアーカイブ)の展示作品《湖の化石》が、作家である角野理彩(すみのりさ)さんに返却されることをきっかけにスタートしたトリばァの活動レポートです。


さようなら《湖の化石》...のその前に

作家の角野さんと《湖の化石》(作品搬入時)

約9ヶ月にわたりオープンアーカイブで展示されていた《湖の化石》の返却まで、あと1ヶ月。そして返却日には、作家である角野さんがVIVAを訪れる予定...。

今年の2月末、学芸員スタッフからのそんなお知らせを受けて、トリばァの有志メンバーで始めたのが、《湖の化石》研究ラボです。

それぞれの想いを重ねながら話し合った結果、返却当日まで《湖の化石》をできる限りたくさん鑑賞してみよう、そして当日は角野さんと一緒に《湖の化石》を鑑賞して作品について改めて考えてみようという2段階の活動プランに着地しました。

もちろん、選んだ鑑賞スタイルは「VIVA研」です。

VIVA研(正式名称:たいけん美じゅつ研究所)とは、たいけん美じゅつ研究所所長・日比野克彦氏からの調査依頼書の質問を手がかりに、みんなで話しながら作品を鑑賞するというVIVAならではのプログラム。通常専門家によって行われることの多いアート作品の価値づけや発見を、市民による鑑賞を通して行おうという試みでもあり、参加者が記入した調査書はVIVAで保管されます。

ふだんはそんなVIVA研の進行役として、来場者のみなさんとさまざまな作品を鑑賞することが多い私たちにとって、純粋に鑑賞者としてVIVA研を重ねること、しかも集中的にひとつの作品をさまざまな調査質問でVIVA研をするのは、とても新鮮なたいけんでした。

「3人集まれば、《湖の化石》でVIVA研!」「できれば今ある10種類すべての調査質問をコンプリート!」を合い言葉に、そのときどきで集まれるトリばァたちでVIVA研を重ねること、全12回。そして、調査書は計58枚に。

作品にぐっと近づいたり、逆にもやもやしたり、作品の第一印象がより深まったり、逆にガラッと変わったり...。それぞれの鑑賞たいけんとともに、返却日3月25日を迎えました。

作家角野さんと一緒にVIVA研をたいけん。角野さんが選んだ調査項目は...

作家 角野理彩さん(写真中央)とラボメンバー

《湖の化石》の返却当日、お昼過ぎにVIVAにいらした角野さんと、“はじめまして”のご挨拶と簡単な自己紹介の後、早速オープンアーカイブへ。約10ヶ月にわたり展示されてきた《湖の化石》を前に、作家である角野さんといっしょにVIVA研を行います。

せっかくの機会なので、今回の調査質問は、角野さんに選んでいただくことに。10個の質問の中から選ばれたのは、

「〜時間後の作品の中は、どうなっていると思いますか?」

さらに「〜時間後」の設定もお願いすると、角野さんが指定したのは、5000年後

この1ヶ月何度もみてきた《湖の化石》をまた新たな気持ちでしばし鑑賞した後、それぞれが想像した “5000年後の《湖の化石》の中がどうなっていると思うか”を伝え合います。

その一つひとつに興味深そうに耳を傾けてくれた角野さんにもお聞きしてみると、「5000年後も変わっていない…で欲しい」との回答。

「私、実は保守的で…」と続ける角野さん。

そこから、なぜ今回5000年後を設定したのか、そして、《湖の化石》にどんな想いを込めたのかへとつながる創作インタビューへ...

《湖の化石》に込められた想いをインタビュー 

ーーー5000年後も変わっていないで欲しい。その想いとは?

風景画としては、みたものを記憶して新しくアウトプットするというのがメジャーかと思うんですが、この作品には、蒸気とか水分そのものを画面に閉じ込めるというテーマがあります。私、かなり保守的なところがあるんですね。それで、現状が続いて欲しいとか、世の中からちょっと離れて遠くを想像するような、そんな気持ちを込めてこの作品をつくったんです。だから、5000年後もその証として変わらないで残っていたらうれしいな、って。

角野さんはこの作品を、モチーフである赤谷湖(群馬県)を撮って加工した写真を元に、絵の具の代わりに漆をつかったシルクスクリーン(版画手法のひとつである孔版印刷)で制作。漆が固まるのに必要な水分には、赤谷湖の水が山にしみ込み約60年の歳月ののちに温泉となって出てきたお湯を使用。湖の絵の中に、湖の水を閉じ込めた作品となっています。

そんな《湖の化石》の制作プロセスについて聞いてみると...

“悠久の時をつくる”ことをイメージして、1つの写真を連続させてずっと同じように続いていくパターンにしています。加えて、この作品は、シルクスクリーンという版画手法を用いて、同じ版を何度も重ねてつくっています。版画では版を重ねていく際に、通常は前製版の跡やずれがないようにします。けれど、この作品では、そうした前製版の跡を残したままにしたり、漆をつかうことで結果的にずれが生じることで、版のタイミングでもイメージが重なるようにしました。

ーーー同じ風景の連続でありながら、それぞれに模様や濃さなんかが少しずつ違う。このことは事前のVIVA研でも話題になりました。

漆をたっぷり塗って一気に乾かすことでこういう模様をつくるというのもテーマでした。こうなるだろうという予測はある程度は立てているんですけど、実際にどうなるかは予測しきれないところがあるので、そこは自分の手から離して自然環境につくってもらうというか。
それまでは、自分の作品はちゃんと最後までコントロールしたいっていう気持ちでつくっていたんですが、このときは、もう少し委ねるおおらかさを持ちたいというのもテーマでした。自分の中でコンセプトを持ちつつ、自然に任せたい部分は自然にお任せするというか、自然との役割分担というか。

ーーーそういうテーマや作品のコンセプトは、どうやって思いついたんですか?

私、結構いろんな素材を触ってきているんですが、塗装の絵の具がすごく好きだったんです、ペンキとか。たとえば、エッフェル塔とか東京タワーって7年に1回とか外装を塗り直しているんですけど、そうやって劣化していく部分を新しく更新してあげることで、中のものを永遠にしようとしているというロマンがすごい素敵だなって。漆ももともとは塗装の絵の具ですし。

あと、作業工程も、たとえば版画の種類とかもいろいろ試したりして、これとこれを掛け合わせたら新しいものがつくれるかもしれない、こういう読み解きに変わっていくかもしれない、と。そういう一期一会な感じで。

そうした中でも、1つの共通点として“層状に重ねていける”というのがあります。以前、遺跡を掘るアルバイトをしたこともあるんですが、まっすぐに掘っていくと、土の色で時代やそこでの人の営みが分かるのが面白くて、そういう作品をつくりたいなって思ったり。共通して、レイヤーの作業みたいなことに興味がありますね。

ーーーそんな中、この作品のコンセプトを思いついたのは、いつごろですか?

漆自体を使い始めたのは学部2年生のときで、この作品は大学院の修了制作なんですけど、その前に大学の卒業制作でも漆の技術を使いました。素材とか、素材の歴史をテーマにしようと意識し出したのは、大学4年生のときですね。

そのときに、手のひらサイズの塗り板(漆を塗った板のこと)を見ていて、ふとスマホと似てるなって思ったんです。真っ黒で、ツヤっとしていて...すごく現代的なものと伝統を象徴するもの、その2つの見た目が似てるなって。

あと、永遠性みたいなものも似てるな、と。9000年前の漆塗りのお椀が出土していますが、これって現代でいったら永遠とも呼べる。一方、デジタルタトゥーなんて言われたりしますけど、ネットに一回載ってしまったらもう消せない。物体と情報という違いはありますけど。この頃、素材自体も物語性を意識しはじめました。

ーーーその3年後に取り組んだ東京藝術大学大学院の修了制作。そこにはどんな想いがあったのでしょう?

修了制作は、一部屋を銭湯に見立てたインスタレーションでした。作品をつくって、部屋自体もつくって。その中に、銭湯の風景画みたいに壁に展示したのがこの《湖の化石》です。

修了制作のインスタレーション全容(角野さん撮影)

さっきも言ったように、私は、今見ているものを保存しておきたいとか、維持したいとか、変わりたくないとか、そういう気持ちがあって。現代って何でも最新、最速になっていく中で、常にいろんな情報が届くスマホとかを持っていて...そういうのがもう嫌だ〜っみたいな(笑)

もし、現代に「精神と時の部屋」のようなものがあるとすれば、それはお風呂場じゃないかなって。水没したら困るものは持ち込まないし、音が鳴ってもシャワーの音でよく聞こえない。鏡の前にただ座ってるだけで、自分の見た目とか、化粧のノリが...とか、そういうのも考えない。ただ一日にあったことなんかをボーッと思い出したり、かなり時間の流れがゆっくりになるなって。

時間が止まって保存されている。自分の今あるものを閉じ込めておく。そういう感覚や意味合いが、お風呂場と作品で似てるなあって思ってつくったんです。
 
あと、お風呂に入るっていうのは、明日も出かけるためとか、そういうちょっとチャージスポットみたいな感じもありますよね。だから、悩んでる時に夕日をみると大きな気持ちになって「まあ人間なんてちっぽけだな」と思うみたいに、鑑賞者に、作品自体でなくても、その空間とか作品から出てくる時間の流れから感じ取って、もっと大きな時間を想像するとか、自分の大事なことを思い出すとか、そんな大きな感覚になってほしいなぁっていう想いがありました。 

角野さんに私たちの「VIVA研たいけん」をプレゼント

作家とのVIVA研とインタビューという貴重なたいけんを私たちにプレゼントしてくれた角野さんに、今度は私たちからもプレゼント!

実はこの日、ラボメンバーは朝からVIVAの工作室に集まり、積み重ねてきた《湖の化石》のVIVA研たいけんをモチーフにしたプレゼントづくりに取り組んでいました。

VIVA研の中で想像したシーンを再現したもの、作家角野さんに宛てた手紙、自分なりの《湖の化石》分析、VIVA研の積み重ねを工作で表現したカード、VIVA研100本ノックファイルなど、それぞれが想い想いのカタチで表現してプレゼントボックスに入れました。

それをひとつひとつを見てもらいながら、プレゼントに込めた想いや、それぞれの《湖の化石》鑑賞たいけんを角野さんに伝えていきます。

最後に、「自分の考えていることを人に説明しながら話が段々まとまって、ああ、こういうものをつくったんだというのがあとあと分かってくることが多いですし、みなさんのご意見とかを聞いてそういう風に見られているんだなと、またちょっと違った読み解きに、自分の作品だったけど違うものに見えてきたり、そういう体験ができました。」と言ってくれた角野さん。

《湖の化石》はVIVAを旅立ち、今後はこの作品が制作された群馬県で展示される予定とのこと。いつかそれをみんなで見に行けたら...と新たな夢が生まれたところで時間となり、最後に記念撮影をしておひらきとなりました。

アートそしてアーティストと、市民がフラットにつながれるVIVA

私たちが約1ヶ月間で取り組んだVIVA研の調査書 計58枚は、VIVAで引き続き保管されるとともに、後日、作家の角野さんにも届けられました。

今回のような私たちトリばァの活動のみならず、ふだん行われているVIVA研の調査書も同様に、VIVAで保管されるとともに、該当作品の作家さんにも節目節目で届けられています。
そんな市民(鑑賞者)からの「メッセージ」を通して、今回、角野さんがしてくれたようなアーティスト自身による作品の新たな読み解きにつながったり、今後の創作の何かきっかけになる...なんてこともあるかもしれません。
また、VIVAでは毎年秋頃に、オープンアーカイブ展示作品の作家をVIVAに招いて、「東京藝大オープンアーカイブ アーティスト・トーク」を一般公開の形で実施しています。そのときには、アーティストの話を直接聞くこともできます。

そうしたイベントや作品鑑賞への参加を通して私たちトリばァが感じているのは、VIVAでは気負わずに、そしてフラットに、アートやアーティストと出会ったり、つながったりできるということ。そんなVIVAに、ぜひ、みなさんも遊びに来てください。

▼東京藝大オープンアーカイブ アーティスト・トーク、今年も開催! 
【9/28】アーティストと出会う「つくること」「伝えること」
https://www.viva-toride.com/news/186
▼たいけん美じゅつ研究所(通称:VIVA研)
たいけん美じゅつ研究所所長・日比野克彦氏からの調査依頼書を手がかりに、東京藝大オープンアーカイブにある収蔵作品を、色々な角度から楽しむプログラム。毎月の開催情報や申し込みは、VIVAのHPにて確認いただけます。
https://www.viva-toride.com/news
アート・コミュニケータ「トリばァ」とは?
たいけん美じゅつ場VIVAを拠点に、アートと人、人と人を結ぶコミュニケーションを育み、地域や社会の中に新しい価値感や文化を生み出す活動に取り組んでいます。取手市内外より参加する、世代やバックグラウンドも異なる多様な人々が、共に学び合い、それぞれの経験やアイデアを重ねながらさまざまな場づくりを実践しています。(毎年3〜4月ごろに募集)
https://www.viva-toride.com/artcommunicator

《湖の化石》研究ラボメンバー:
飯塚、池田、エルサ、大山、田中ま、田中み、西原、日比、森(50音順)noteで発信お試しラボメンバー:
飯塚、池田、植田、エルサ、大山、熊谷、田中ま、田中み、藤井、森(50音順)



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