死にたくなったら、電話して

生きていたいにも、死にたいにも、どっちにもなれなくて。こんなのならいっそ消えてしまいたくなる夜、どんな気持ちにもなれない時間。

なにが悪いのか、心に引っかかることがないわけでもないんだけれど。ぼうっとしたくて、やっぱり何も考えたくない。眠りたいのに、いざ布団に顔を埋めても、掠める不安が眠気を吸い取っていく。

あぁ、ぜんぶ、なくなればいいのにな。

――そんな時、私はこの曲を聴きたくなる。

笹川真生さんの「やわらかな」という曲だ。

笹川真生さんの紹介

笹川真生さんは、最近ではKAMITSUBAKI STUDIOに所属している理芽さんの「食虫植物」という曲の作曲を手掛けていた。TikTokで大いに有名になっている楽曲だ。「満たされない、満たされない」と独特なリズムで歌うこの曲のコーラスも、笹川真生さんが担当している。

この曲にも「やわらかな」にもいえるのだが、笹川真生さんのつくる音楽はどこか捻くれていて、あたたかい。

「君のすべてが　あたしならいいのに」
「あたしのすべてがあの子ならいいのに」

食虫植物は、愛されたい子の気持ちを水あめで溶かしたみたいな曲。ふと気が付いたときには、その不思議な甘さに溶かされている。

私が「やわらかな」と出会ったとき

「やわらかな」の収録されている【あたらしいからだ】というアルバムが発売された頃、ちょうど私は、生きるのがつらい時期にあった。

所属していた部活動が上手くいかなくて、そこで巻き起こる人間関係にも疲れていた。クラスの中でもなんだか息がしにくくて、圧迫感でふいに泣きそうになる。だからどうしても、学校に行きたくなかった。でも、絶対に進級はしたかった。大切な人と約束していたし、勉強自体は好きだったから。ただ、学校の中の集団に居なくちゃいけないことが、苦痛で堪らなかった。
その人間関係の不快と、やりたい事の狭間でずっと苦しかった。

なんだか、全てが嫌になっていた。真っ暗な部屋でぐるぐると、この状況を打開するための気持ちを探して、眠れない日々が続いた。

そんなときふと、笹川真生さんのこのツイートを思い出したのだ。

ときには消えたくなる夜だってあるでしょう
夜更かしさんにささやかな贈り物です

Have you heard ‘やわらかな’ by 笹川真生 on #SoundCloud? #np https://t.co/Oe69K0OLZk

— 笹川真生 (@huyuyasumi_) August 16, 2019

ささやかな贈り物。それこそが、私にとっての命綱になった。

あるとき、本当に学校に行きたくなくて、授業を休もうとした日があった。心がぐちゃぐちゃと悲鳴をあげていて、上手く眠れなかった翌朝のことだ。そんなボロボロの私を、母は「ずる休みだ」と言い捨てた。それがどうにも悲しくて、でも、ズルだと言われたことも許せなくて、私はむりやり学校に出ることにした。何か私のあずかり知らぬ大きなものに、負けてしまったような気がして悔しかった。

歯を食いしばって、頑張って支度をしてみたものの、こんな家にもあんな学校にも居場所はない。私はどこにも行けなくて、ふと学校に行くバスを途中下車して、突然図書館へと向かった。それまでは毎日胸につけていた制服のリボンを、初めて外して。

図書館の職員さんは私を見ても何も言わなかった。そこで自習室を借りて、しんどくて出来ていなかった溜まった提出物をやりはじめた。そして私はイヤホンを取り出して、「やわらかな」をそっと流す。

甘くて切なる生活で
死にたくなったら電話して？
なににもなれないなんて思うの、嫌だな

思わず、涙が零れそうだった。こんなダメダメでも、死にたくなっても、消えてしまいたくても、「やわらかな」はそんな自分に寄り添ってくれている気がした。

そんな私を、そっと肯定してくれた。

何かに挑むときだけが、勝負じゃない、勝ち負けじゃない

周りに消耗されていた私がふと学校をサボったとき、消えたかった私を肯定された気がしたとき、私は「負けるもんか」と思った。母親に、部活動に、学校に、こんな社会に。そして、本当に死んでしまいたいとき電話しよう、と、この曲をどこかしらの心の拠り所にしていた。ずっと、どこかで。

きっと私は世間的には「負け」ている。学校にもいけず、部活動もできていなかった私はダメな生徒だ、と普通なら言われてしまうだろう。

でも、そんな私にしたのは誰だろう？私が「負け」ならば、「勝ち」は誰が持っているんだろう？
……この答えは、今も出ないままだ。

自分を奮い立たせるファンファーレのようか音楽も、確かに勝負曲といえるだろう。だけど、どん底に居た私を無理くり引きずりあげる音楽じゃなくて、そこに居た私を、そのままの自分を認めてくれた音楽。それこそが、私にとっての勝負曲だった。

勝ち負けだけが人生じゃない。勝ちだけが、生きる上での成功ではない。例え社会の中で負けだと言われていても、どん底でも、どんなに死にたくて苦しいと思ったとしても、ただ生きているだけで人生の中ではもう「勝ち」なのだから。

そう思わせてくれるこの曲は、私の中でずっと大切な曲だ。

ではまた。