社会恐怖症とマラソンと、どうしようもあること
少し前に、1年間でフルマラソン3回と、51.5kmのトライアスロン1回に挑戦したら、潰瘍性大腸炎になりました。無理はいけません。
今は寛解しています。
この病気のことは、またあらためて書きますね。
マラソンをやろうと思ったきっかけは、心療内科で「あなたは不安神経症(社会恐怖症)です」と言われたこと。
私にも、ひまがあったらうじうじと悩むクセがありまして、クセはクセなのでどうしようもないと結論し、ひまがあったらスポーツトレーニングをしようと決めたのでした。
オリンピアンのキューちゃんこと高橋尚子が”推し”でしたが、私にとって長距離走は、部活(バレーボール)でミスった時の罰というイメージのほうが強かったかな。
しかーし、この時私が選んだトレーニングはランニングです。一人でできて安上がり。フルマラソンならサブフォー(4時間切り,ちなみに高橋尚子の第27回夏季オリンピック・シドニー大会のタイムは2時間23分14秒)というカッコいい名前の目標もできましたし。
長距離走がミスった時の罰から、42.195kmの達成感へとフルモデルチェンジした瞬間でした。
初マラソンは年明けの京都。夏にトライアスロン。秋に大阪、2週間後に神戸。東京は落選し、すべて完走できましたがカラダが壊れました。
神戸マラソンで両足裏の皮がべろんちょとむけ、ふくらはぎが攣ってひっくり返ったとき「まじキツい、終わりや」と思ったんです。でもこの時点で「キツい」のはどうしようもない事実なんだけど、「終わり」かどうかは自分で決められるんですよね。
人間関係はお相手がいることゆえ、自分の裁量だけではどうしようもできないことが多いもんね。
ここnoteでは、いろんな経験をされたクリエイターさんたちの素敵な記事を死ぬほど読むことができます。もっと早くやっときゃよかったなあ。
ここ3年間、一般参加できるマラソン大会はほぼ無く、走らない理由をうじうじ考えるにはもってこいの時期でしたが、時はやってまいりました。
私、ふたたびマラソンに挑戦することをここに宣言いたします。
こんどはやりすぎないように注意します。仕事ありますし。
「僕の心臓のBPMは、190になったぞー♪、うぇーい」とか歌いながら。