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Netflixで『マッドマックス〜怒りのデスロード』を見た

★ストーリー
暴君の妻5人を救出し、ユートピア〝緑の地〟を目指す。

★名台詞
「最初っからそういう運命じゃなかったってことよ」
この台詞を言った女優はライリーキーオ。暴君の妻のなかでも、とても個性ある雰囲気で印象に残った。それもそのはず、あのプレスリーの孫だそうだ。

僕は「運命じゃなかった」「今日は俺の日じゃない」みたいな台詞は大好きだし、僕自身もとても大切にしている。気楽に生きるために、必須の良い言葉だ。

★女優
シャリーズセロン
好きな女優だ。そして、長澤まさみとの類似点もあり、スケール感としても、長澤まさみの方向性にあるひとりだと思う。
こちらが旧作で、公開中の〝フュリオサ〟がその前日譚となるが、もう丸々、そのまんま繋がっている。完全な前編といえる。
そして、注目はフュリオサの〝目〟だ。ま、シャリーズセロンが、アニャテイラージョイに寄せることは出来ないが、あの病質的に純真な復讐心が表現されているのか…そりゃ、シャリーズセロンの作ったフュリオサなのだから、本来はアニャテイラーの方が合わせなければならないのだが、さすがシャリーズセロンだ。全てを包んでしまう深い瞳を演じてみせた。
病質的に純真な復讐心の行き場は、女たちを助ける正義感へと変化させ、使命を背負った強さが勝った。それでも、失った母、失った初めての恋、失った左腕、そして失った目的(復讐)…あまりにも失ったものが多く、また大きい。その寂寥と空虚が深い哀愁として宿っている。
さすが、シャリーズセロンと唸った。

★長澤まさみ研究
長澤まさみとシャリーズセロン。
シャリーズセロンがアカデミー賞を取ったのは〝モンスター〟だ。社会に馴染めず、連続殺人を犯す娼婦を演じたが、その風貌は、まさしく女優生命さえも賭した気迫の役作りだった。それまではビジュアル先行の感もあったシャリーズセロンのその容姿は、彼女のファンのみならず、世界の映画ファンを震撼させた。
同じことが長澤まさみの〝MOTHER〟にもいえる。役どころも似ているし、やはり、それまでの長澤まさみ自身のイメージを一層した。
ただし、演技という意味では、長澤まさみがシャリーズセロンを大きく上回る。シャリーズセロンの役作りは、想像を絶するが、特殊メイクも施している。演技以外の技術を用いて怪物を演じた。ところが、長澤まさみは表情と演技、メイクだけで鬼母を演じた。目では陰湿さや憎悪、時に甘え(妖艶)や虚勢を見せたし、有名な場面だが、息子の膝の傷口をペロッと舐めて笑う母の姿に、方向性は違えど、強い愛は現れていた。それと自らの育ちへの不満が積もり重なり、口角を下げて品性の薄さが現れていた。
特殊メイクを使わずに、演技や表情を駆使して、そのギャップを作ることで恐怖を演じてみせた。
やはり当代、稀代、いや世界一の女優である。
とまったく、マッドマックスのフュリオサとは関係なくなったが、長澤まさみも、今後、アクション路線もなしなわけではない。キングダムの楊端和で、その片鱗は見せている。


★まとめ
2度3度見ているけど、今回が一番面白かった。最新作〝フュリオサ〟のおかげだろうね。そういう意味では、フュリオサを劇場で観てから、怒りのデスロードを見るのがオススメだな。俳優の交代以外は、完全な続編になっている。キングダムよりも、マトリックスよりも見事なまでに続編に仕上がっている。

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