白い狐の夜

我が家と市道との間はやや広めの前庭になつてゐます。別段趣向を凝らした庭ではなく、無造作に舗装して自家用車を置いてあります。市道を挟んで向ひに立つ電柱には街灯がつき、暗くなると、昔風に言へば水銀灯の色、しらじらとした明りが灯ります。

昨春の全国緊急事態宣言中のことでありました。先行きが心配だし、年老いつつある我が身の感染も恐ろしく、お役目柄学生寮のことは片時も念頭を離れない。不眠気味の晩が続きました。

ある夜半、前庭から微かに響く聞き慣れぬ律動に浅い眠りを破られました。

シュトッ、タッ、シュトッ、タッ

しばらくは夢うつつ、風でも巻いてゐるのかくらゐに思つて再び眠らうとしたのですが、音はなかなか止まない。たうとう起き上がつて窓越しに見下ろすと、まるで思ひがけない光景が目に入つた。白い街灯の下で、狐が、停めてある自家用車に飛びかからうとしては後ずさり、飛びかからうとしては後ずさりを繰り返してゐるのです。

シュトッ、タッ、シュトッ、タッ

やや久しく眺め続けて、結末がどうなつたか、記憶しない。狐が立ち去つたやうな気もするし、眺め飽きて布団に戻つたやうな気もする。

狐が憑くと言ふけれど、あれはまるで狐が何かに憑かれたやうな動作であつた。いつたい何に憑かれて飛びかかつては後ずさりを繰り返したのか。それとも狐には、自家用車に憑いた何者かが見えてそれを狩らうとでもしたのか。だとしたら狐様が我が家を守つてくれたと感謝すべきなのかもしれぬ。

白い街灯の下の、白い前庭と白い自家用車と、白い狐と、単調に執拗に繰り返す律動と、取り囲む夜の闇と。白黒映画を見るやうな不思議な情景の思ひ出でありました。

※公開後に改題しました。

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