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死神食堂-香肉健菜-

店の名前は死神食堂。店主兼料理長を死神が務める。死神は客のネイタルチャートが視えるらしい。店にメニューはなく、「空想の一皿」が提供される。

*****

麻呂(まろ)は眉をひそめて目を泳がせていた。
気がつくと、見知らぬ空間に座っていたからだ。

「いらっしゃいませ」

カウンターの奥から聞こえる声に麻呂は思考を巡らせる。俺は自分の部屋にいたはずだ、と確信している。麻呂は部屋で考え事をするとき、椅子の上で体育座りをする癖がある。逆に言うと、自室以外ではその姿勢を取ることはない。だが今麻呂がとっている姿勢はまさにそれであった。

「店主の死神でございます。当店、死神食堂ではお客様に合わせて料理を提供させていただきます。よろしければこちらのラベンダー風味のプーアル茶をどうぞ」

「すみません、僕部屋から出た覚えがないんですけどこれって夢ですか?」

死神ってなんだよと思いつつ、麻呂が店主に尋ねると

「ご想像にお任せします」

と言って奥のキッチンへ店主は消えた。
非現実過ぎるため、これは夢だと確信した麻呂は紅茶に手を伸ばす。
それにしても夢にしては随分とはっきりしているなぁ、と思いながら店内を見渡す。
店内にはいくつか絵が掛けられており、アートに詳しい麻呂は作家の名前と作品を思い浮かべていた。だが一枚だけ、店内奥の壁に見知らぬ絵が掛けてある。

ジャクソン・ポロックか?サム・フランシスっぽさもあるな、と眺めていると

「お待たせしました。香肉健菜、鶏胸肉のハーブマリネと青梗菜の生姜炒めでございます」

足音もなく店主が目の前に立っていたので麻呂は目を丸くして、無言のまま料理に目をやる。

「香肉健菜なんて初めて聞きました。中華風の料理が食べたい気分だったので夢でも嬉しいですね」

いただきます、と手を合わせ口に運ぶ。オイスターソースと醤油のバランスが絶妙だ。料理を堪能しながら麻呂は

「ところで奥の絵は誰の作品ですか?」

と尋ねる。店主は

「あの絵は私の息子が3歳の時に描いたものですね。チューブから直接出して“絵の具ヘビ”を描いたそうです」

死神なのに子供がいるのか、と思いつつ箸を進めていると、死神らしい言葉をかけられた。

「ところで麻呂様、最近腰の具合はいかがですか?太陽星座が天秤座、アセンダントは乙女座。腰と下半身を通る坐骨神経に負担がかかりやすい星回りなので、ギックリ腰には特に注意が必要ですね」

当たっている、と驚いた麻呂は顔を上げて

「僕のネイタルチャートご存知なんですか?不調の場所もわかるなんて、本当に死神みたいですね。そういえば天秤座はハーブが相性のいい食材だと聞いたことあります。この料理は僕に合わせているんですか?」

「はい、初めにお出ししたお茶のラベンダーも、アセンダント乙女座に合わせています」

麻呂はごちそうさまでした、と丁寧に目をつぶって手を合わせる。あ、食事代のことを聞かないと、と思い目を開けると、そこは死神食堂ではなく自分の部屋だった。

やっぱり夢だったのかー、と思いつつ、合掌したままの手を見て口角が上がる。

もう少し、背筋伸ばしたまま座っておくか、と死神の言葉を思い出す。

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