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地球と調和したい。

私が南スペインの家を売り、スイスに完全に居住することにしたのが2010年. 反してその前年、夫の弟夫婦は住居先をスペインでもアフリカに近いカナリー諸島ラスパルマ島に移り住み始めた。義弟夫婦は完全菜食主義、外見もヒッピー時代をそのまんま生きている感がたっぷり。私はその徹底した生き方、調和した自然と動物や生き物への理解、尊重、愛情に、感服、尊敬をしている。

義弟は、ものすごく器用である、力もあり、ともかくなんでも作ってしまう。昔と同じ様式と方法で屋根、梁、ドア、窓、昔風レンガを作るために焼き物まで作ってしまう。古い歴史的物件は、手に入れたら、同じように保管する義務があるのであるけれど。見えるところだけでなく、内部に至るまで、再現して行く知識は素晴らしい。彼らと知り合うことで、大学の講義を受けるより多くのことを学んだ。

初めて会ったのは、彼らがカナリー諸島から、車でアリカンテの我が家に立ち寄ってくれた時。ちょうど夫と私は家を売り、生活の基盤をスイスに移そうと決めた頃だった。そのときに彼らがそれは正しい選択かもしれないと教えてくれた、たった一つの理由はスイスは水が潤沢であると。人間の生活には何より、水が大事だと。水源それがお金よりも貴重であると。南スペインは年間の降雨量が低い。だから元来オレンジ、アーモンド、アーティチョーク、オリーブ、パーム全ては水が少なくても育つものばかり。しかし昨今は農業をするために、地下水を組み上げ、巨大なビニール栽培となってきた。それが土地の砂漠化を進めている。水問題は年毎にひどくなり。2000年以降深刻になってきている。温暖化が始まり、雨の量が少なくなり、そして降る時にはいきなり降雨量が恐ろしく増えるため、洪水になる。そしてその水は地面には浸透せずに海に流れ出してしまう。そんな悪循環を繰り返している。

義弟夫婦はスペインに行く前にはフランスに住んでいた。フランスのセヴェンヌの国立公園近くの忘れられた古い中世の村落を買って暮らしていた。山の頂上の水源も一緒に買っていたので、水も確保されていた。今ではフランスに住む人の誰もが住みたがらない、人里離れた隠れた不便な所である。革命の時や乱世にはこの小さな村が人を匿ったりしていたそうである。現在も普通の人は誰もこのあたりを通過しない。電気はかろうじてきているが、一切バスや車も近くは通らない。近代文明とは一線引いて暮らしていた。

菜食主義者の間では義理妹はかなり有名で、フランスの雑誌にも取り上げられベジタリアンの料理人として雑誌テレビにも出演したこともあった。フランスのその村も、菜食主義者たちのB&Bのようになっていた。義理の弟夫婦はフランスからその建造物と村をそのまま継承続けていたことで、レジオンドヌール勲章までもらっているのである。村の古い家は昔と同じ方法で再現され、次々に再現された家は、同じ菜食主義である人たちに売られ、今では同じ主義の人たちがその土地に住んで守っている。

彼らがそこから離れようと考えた一つの原因は、フランスの狩猟のシーズンであった。土地は広大なので、柵などすることはできない、フランス人の狩猟好きは世界的に有名で、もちろん彼らはどこにでも狩猟の時期が来ると入り込み狩りをする。義理弟夫婦は、これとも真っ向から戦うのであるが、私の土地に生きる動物は殺させない。。。とそれにくたびれ果ててしまった。偶然この村の近くの峠にある、バーでお茶を飲んだ時、そこのオーナーが私たちの車のスイスナンバープレートを見て、この近くにスイス人が住んでいると話が出た。夫はそれは家族だというと、あそこではカエルでさえ獲ると揉めると言われた。実に義妹らしい。。。彼女は正々堂々と戦い続けるのであるから。

そして彼らは再び自分たちのパラダイスを見つけるために、あちこちを探し回り、落ち着いたのがスペインのラスパルマ島であった。アフリカに近いため、年間を通じて暖かく、何より島の中には大きなクレーターがあり雨が降るとそこに水が溜まり、豊富な水と自然のある島であった。他のカナリア諸島に比べ、火山があったり山の起伏が激しかったりで、ゴルフコースや、観光地への転換が難しい島だったので。

ベーガン完全採食主義、増えてきたとはいえ、きっと日本人では難しいと思う。禅寺のお坊さんみたいな生活かもしれない。でもきっと日本の禅寺の方が、義弟夫婦よりもモダンな生活をしているだろうな。フランスの村も、ラスパルマの家も同じ仕組み。

水道から流れてくる水は、自分たちの水源からの水。トイレは乾燥トイレの仕組み。ぽっとんと落ちるトイレを作り、そこに木屑を巻いて処理をするのである。シャワーは自家ソーラーシステム。黒いホースが巻かれていて、それが熱湯になる。温めるのは森から切ってきた乾燥をさせた木で料理をする、ストーブから、各部屋を温める仕組みまで、義弟はそのエネルギーを無駄にしないように細部にわたり最大にエネルギーを使う工夫がしてあった。食べるものは森で摘んでくる、そして自分たちの食べ物は畑で耕す。全てが自家製。そしてほとんどゴミが出ない。雨水をためて、畑にまく仕組みなど、全て自家製。彼らの買い物はビオのお店で買うほんの少しのもの、それは塩であったり、洗濯せっけんであったり。この生活ではゴミが出ない。たくさんできたものは作り置きの食品とされる。乾燥させた野菜、果物、そして穀物と野菜で作るソーセージ。それらは全て冬の間の食品となる。

夫はこれを究極自分勝手生活と呼ぶ。批判ではなく、夫なりの褒め言葉なんだけれど。自分たち以外の世界が存在しないというのか、本当に自分たちの信念で生きるやり方、宗教的なんだと思う。彼らが、病院に行ったという話を聞いたことがないのだが、義妹が腰を悪くした時も、薬ではなく、赤玉ねぎを義弟が毎日大量に炒め、それを布に包み暖かいうちに腰に巻きつけ。それで治していた。義妹の草花、木々、食べて良いもの悪いもの、薬になるもの毒になる物、常に勉強をしている。こちらから連絡が取りたくても、携帯も持たないし、ネットも使わないから、手段は手紙か、電話。自宅には一応固定電話はついている。しかし朝早くから畑に出て仕事をしているので、なかなか難しい。そして彼らの住んでいる島は小さな飛行場で、飛行機の本数も限られているので、飛行機で行くのもほぼ1日仕事なのである。

彼ら自身は飛行機を使わない、古いバンと船を使って移動するので、大体早くっても4日はかかる。高速道路も使わない。何しろクレジットカードも持たないという少数派。ヨーロッパを旅行するにはクレジットカードが主流である。全ての支払いにはクレジットカードでないと、人がいる料金所はとっても少なく、あっても大抵が長い列になってしまう。フランスもスペインも小さな料金所は全く人がいない場所も多い。そして、サービスエリア、ガソリンステーションも無人でカード支払いのところがほとんど。いつもニコニコ現金払いの主義では使用できない。

要するに、完全菜食主義で自然と一緒に仲良く生きていこうとすることは、とってもとっても忍耐と手間隙がかかることなのである。そんじょそこらを歩いている普通の人間には真似できないし、理解もしてもらえないことなのである。

彼らは、化学薬品を使ったものは一切使わない、もちろん羽毛のダウンの入ったジャケット、毛皮のついたものは使わない、皮のジャケット、ベルト、靴。全て使わない。のみからハエに至るまで殺傷はあり得ない。家の中にも革製品はないし、プラスティック製品もほとんどない。無駄な電化製品もない。

たくさんいる猫や犬も、ブラシとハーブで綺麗にするが、蚤取りのお薬は使わない。そのため、私は猫ののみで島の休暇で毎日大変であった。不思議なことに私だけ。。。

フランスのグルメの雑誌にも載っていたという義妹の菜食料理はピカイチである。彼らの作ったものを食べていると、彩もよい、グルメ菜食なのである。私が今までに食べた一番美味しいピザもラスパルマスで作ってくれたもの。もちろんチーズは使われていなかった。こんなに美しく美味しいピザを今まで食べたことがなかった。チーズと相性の悪い私には本当に感動するぐらい美味しくって、忘れらない味なのである。

我が夫は同じ家族の中で育ちながら、典型的なスイス人で、お肉が大好き。でも彼らの家に行くと、このベジタリアン食を喜んで食してる。ただし、そこを離れた後にすぐにチーズやお肉を食べるのであるが。。。。私は彼らといると、本当に自然にこの完璧菜食主義に入っていけるのである。赤かぶとかジャガイモとかで作ったベジタリアンソーセージ、アボカドのクリームで作ったチョコレートムース、スターターから、デザートまでいつも感動するものばかり。

肉食が、水の消費を増やすって多くの人は解ってるかな。食用の牛に食べさせる、草を保持するために、アマゾンの木が切られるって解ってるだろうか。動物が可哀想っていう理由だけではなく動物を食べない大きな理由がここにある。自然との調和なのである。人間の生活で一番大切なものは、旱魃をつくらず、水を大切にすること。それがなくなったら、人間の生命が維持できないんだと繰り返し言われた。わかっていたつもりだったが、丁寧に解説をしてもらうと自分の生活を改善するべきだと思う。動物、植物、自然を愛して、理解して、受け入れる強さ。私は義妹も義弟も本当に大好き。彼らは決して他人に甘えない、批判もしない。こちらが知りたいことは、ちゃんと教えてくれる。いつもこの上なく刺激的な知識と考え方を発見する。インターネットで何もかも知ることが簡単なはずの私たちにはるかに、実用的なことをたくさん教えてくれる。

一昨年、彼らの島は山火事になった。義弟夫婦の家と動物は大丈夫だった。しかし山はまるこげの状態になり、彼らは動物を連れて、海岸の洞穴で、鎮火まで2日間逃げていた。島の北西側の彼らの家の近くは見事に丸焼けだった。その理由は、数年前から、冬場の降雨量が急に下がり、そして夏の気温が上昇し続けている。干魃しているうえに松などの油分の多い木が海からの風で擦れ合い、発火した。そして発火したが最後、海からの強い風で火力を増した。

義弟夫婦は自分たちが作り上げた家と畑を眺めて、今後をどうしようかと考えている。どれだけ努力をしても、自然の力には勝てない。雨を自分たちで降らせることはできないのだから。これが一時的なものであるか。。それともこの降雨量の少なさはこれからもずっと続くものであるか。幸い昨年の冬はかなりの降雨量であった。だから島のクレーターの中にはきっとかなりの水量があるのだろうと思う。アフリカに近い暖かい肥えた土地だから、雨が降り、すでに畑などは元に戻りつつある。でも自然と生きるということはこういうことなんだろうなあと唖然とした。

私は日本に想いを馳せる。水がもともと潤沢で、本当にピートのある豊かな大地の我が祖国。ヨーロッパで暮らすと日本の水のまったりとした柔らかさは驚く。顔を洗っても、髪を洗っても、石鹸が落ちていないのかしら、と思うほど、滑らかなのだから。日本人はきっと気がついていず当たり前に使っているのだろう。洗濯だって、日本の水では黄ばむこともなく、洗濯機を痛めることもなく毎日じゃぶじゃぶ洗える。どうかその水を大切にしてもらいたい、水道は国営でないと絶対ダメになると思うのであるが、日本人はあまりにも当たり前でその贅沢さに気がついていない。そして原発。これも日本人の生活を一瞬で脅かすものなのだから、原発ゼロにして欲しいと思う。原発が福島のようになると、水源を侵してしまうからである。大阪人の私は、北陸にたくさんある、原発銀座、一つでも何かあったら、琵琶湖の水が飲めなくなったらと、戦慄するのだ。

コロナにより日常が大きく変化した18ヶ月、自分の生活を一旦停止して考え直すには、とっても良い機会だったのかなと思ってる。あたりまえの今日はないし未来もない。今日をできるだけきっちり完結しながら生きたいと思う。多くの人はコロナにうんざりしている、そしてワクチンを打ったことで完結したかのような気になっている。勿論私もすんなりと終わって欲しいと願う、でも理論的に考えたら、まだ当分この問題と対峙するんだろうなあと、かなり恐怖ではある。その中、今義弟夫婦がフランスの村に2ヶ月足らず戻っているので会いに行く予定。義妹の美味しい料理を食べ、美しい自然の中で、数日文明から切り離された、生活をしてくる予定だ。きっとこのややこしい時代を生き抜く方向を教えてくれそうな気がする。彼らにはそういった、癒す力がある。

もしかしたらそれは調和、ハーモニーなんではないだろうかと。