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【価値の共有】勤勉と努力が「才能」に勝らない世界の、創作意義

努力で、才能は得られない。才能は努力の代用にならない。このトピックでは、「クリエイターとアーティストの共存意義」を、知ることができる。クリエイター時代の飛翔を羨みながらいまだ生活を変えないアーティストの、ために書く。

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アーティスト情報局:太一監督
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監督がスタジオから発する生存の記
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【 作品を共有する、という意識 】

アーティストは“自分の作品”という意識が強いがそれ、古くて精度の低い概念だ。どんなに天才の作品であろうとも、現代を牽引している最先端作品はひとつも、存在しない。個人が生み出す作品とはただ、“象徴”として「基準」になる以上の質量を持ち得ない。

“作品単体”の力は、大きくないのだ。
作品は、然るべき場所で生き続けなければ価値を失う、共有されるべき存在だ。

そこで、日本に入っていないニュースをお知らせしておこう。

■ 最新国際ニュース:キュレーターの新しいビジネスベンチャーが、美術館と寄贈者を結んで作品を救う

この7月、ニューヨークのアメリカン フォーク アート ミュージアムは、AOLタイムワーナーの元CEOであるリチャード パーソンズ夫妻から、ホレス ピピンやビル トレイラーなどの作品40点が寄贈された。この寄贈は、古典的な方法で行われた。このように寄贈者と美術館が完璧にマッチすることは、案外と少ない。文化的な名声や、もちろん税金対策のために作品を寄贈しようとするコレクターが美術館に近づくと、その作品が美術館のニーズに合わないことに気づくことがある。寄贈された美術品は、保管や保険、保存のためのコストがかかるため、価値以上に手間がかかり寄贈を断られることも多い。一方で、他の美術館のコレクションとのギャップは埋まりません。

シカゴ現代美術館で長年チーフ キュレーターを務めたマイケル ダーリングは、このような問題を解決するためのビジネス「Museum Exchange」を立ち上げるために仕事を辞めた。ダーリングは、自分は決定権を持たない。

Darlingが語る。「美術館への寄贈という従来のプロセスを破壊するのではなく、むしろ強化することを考えている。マッチングにより寄贈者は美術館と関係を持つことになります。双方にメリットがあるのです。」

ヒューストン美術館のゲイリー ティンタロウ館長は、約30年間メトロポリタン美術館のキュレーターを務めていた。「ニューヨークのアート界で最も貴重な商品は、お金でもアートでもなく、美術館の不動産である、ということを実感しました。お金はいくらでもあるし、アートもいくらでもあった。美術館のスペースはそれほど多くありませんでした」それはニューヨークに限ったことではない。 - NOVEMBER 19, 2021 ARTnews -

『 ニュースのよみかた: 』

困窮美術館と行き場のない作品が、ベンチャーに救われている。作品はキュレーターによって生かされている、という記事。

こうしたアイディアとチャンスがなければ、作品の余命は長くない。

『 努力と才能の先 』

努力の先にあるのは、クリエイターだ。アーティストとは職業ではなく“生き方”でありつまりは、生涯を賭した覚悟の成果に準ずる。他意はあろうが、その人物がクリエイターなだけだ。わたしはどちらに優劣も語っていない。

努力と才能、それぞれは“登る山が違う”のだ。
努力を重ねなければ、クリエイターはつとまらない。
努力を重ねようとも覚悟に裏付けられた生活を生きていなければ、アーティストではない。

『 クリエイターとアーティストの共存方法 』

アーティストはクリエイターを、認めていない場合が多い。クリエイターはアーティストを、気にしていない。一般人が漠然と認識しているこの両者は、全く異なる習性を生きている。

しかし、「NFT」と「メタバース」のムーヴメントが皮肉にも、両者の不具合を浮き彫りにしている。

「NFTとメタバース」で成功しているのはクリエイターでありつつもその芸術性はほぼ、ゼロに等しい。現在以上の価値を創造するために必須なのは、アーティストによる“芸術業界とのLINK”でありながら、アーティストはテクノロジーに疎い傾向がある。

いま両者は、互いを必要としている。

『 作品を共有する、という意義 』

作品を共有するということこそが、クリエイターとアーティストの共存だ。そこから生まれる作品が、現代以降の最先端だ。クリエイターリでもアーティストだけでもたどり着けない、近未来の創作である。

作品を、独りで創る時代は終わっている。

『 編集後記:』

話が長い。
「伝えたい想い × ずうずうしさ」からなるわたしのようなジジイの習癖だと感じていたが、それどころではないことに気づいた。まさにエリートな若者たちと国際プロジェクトを重ねる日々に、彼らの会話が“極端に短い”ことを知ったのだ。

エリートたちはキャッチボールの初速を落とさないために、ひとつひとつのフレーズを短く最適化している。定例ZOOMにもアジェンダ活用で的確に解像度を高めることに徹し、相槌は表情のみでマウンティングは皆無、まとめ係は不要で議事録推奨の徹底洗練だ。実に格好いい。

重ねた情熱に短い真意を求めて、映画製作の現場へ帰るとしよう。では、また明日。

■ 太一(映画家):アーティスト業界情報局 × 日本未発表の国際映画業界情報 あるいは、 監督がスタジオから発する生存の記