日記0930_2023 : 英語を読む方法(暫定)

    学部4年になり、初めは与えられた論文だけを読んでいたが、最近は自分で論文を探してきて読むようになってきた。
    このアカデミアという世界ではどうしても英語というものを克服せざるを得ない。
極論DeepLやGPTに流して仕舞えばいいのだが、前者は日本語訳がやはり少しぎこちなくて読み辛いし、後者はそれが本当に正しいのかを結局自分で最終確認しなければならない。その上現時点では、PDFを渡せば全て翻訳や正しい要約をしてくれる機能が安価または無料で使用できる状況ではない。(これはあと数年で解決しそうだが。)

いずれにせよ翻訳前の文章には著者の意図みたいなものが構造的に含まれているものだ。翻訳要約をしてしまうとそれが崩れてしまう。そんな感覚がある。
したがって英語を生のまま読む、聞く、話す技術はまだ数十年先までは必要な技術となるだろう。(最近はGPT V4みたいなマルチモーダル全開な世界が公開されているが…)

    そのため、最近は積極的に英語で文章を読むようにしている.
どうしたら流暢に読めるようになるのかというのは、正直言うと数を重ねるというしかないが,最近気づいた”読み方”のようなものを言語化したいと思う.

    以下の記事のように我々は日本語を読む時,自然と脳内で文字を補完して読んでいる.

つまり勝手に単語を補完して,勝手に文章の言いたいことを補完して理解してしまう.
英語でもこれ(単語の補完)をやればいい(勝手に言いたいことを補完するのはダメだが).
というかそうなるのが,ネイティブレベルで英語を読めるということなのだろう.


また,人間の脳の認知の本質は”予測性”である.
プロ野球選手のバッターはボールを実際に見て捕捉して打ち返してるのではなく,経験則でボールの来る場所を予測してバットを振っているにすぎない.この予測性をフィードフォワード制御なんて言ったりもする.
そして,文字を読むももちろんこの予測性が機能している.
前から順に文章を読む時,我々は「次に何の文字がきて,この文では何が言いたいのか」を常に予測しているのだ.
したがって,英語を読む時もその予測性を使わなければならない.つまり一文をザッピングなどと言いながら飛ばし飛ばし適当に読んでいくのではなく,前から順に読んで次来る単語と文の主張を常時予測していくのだ.


    よって,自分は文章を読む時は,上記のような読み方で早く読めるよう祈りつつも,基本的には,
「その分野の前提や,説明の基本構造を知っておく」
「文脈を予測する(流れに乗る)」
「主語は読み逃さない」
「結局伝えたいことは何か?を常に問いかけながら読む」
「問いを作ってその答えを探しにいく」
といった姿勢で臨んでいる.



「 私たちは何を持って生きているのかと言えばわかる。つまり表象するというところを拠り所としている。「わかる」から「生きている」のであり「分からない」と言う事は「存在しない」ことと同じとも言える.
私たちが母国語を話すとき,いちいち考えて話していない。私たちの内部で直接意味が表象できるから話せるのである.私たちが歩く時も、右足を出した後に左足を出すなんて,いちいち考えていない.私たちの中で歩くということがわかっているから歩けるのである.」(佐藤雅彦 著.「差分」より.)

イメージできるから相手が伝えたいことがわかる.相手が伝えたいことがわかるから次に何を言うかが予測できる.

逆に理解できない時は大抵,「文章をイメージに変換できていない」.その時はゆっくり読むか,そもそもその分野の単語を理解するか,イメージを図で手書きするとかをするといいと思う.(だいたいゆっくり読むことで解決できる.)


補足だが,分からない単語が文章中に一つでもあれば,その文章が読めないのは至極当然だと思う.
教師や予備校講師は「わからない単語があったら、単語を分解して予測しろだの,前後の文脈に合わせて予測しろ」など言ってくる.しかしこれは,無理やり補完してるに過ぎないし,それによって確実に,加えて意図的に”解釈の間違いを混入させている”のだからタチが悪い.それなら読まない方がマシまである.
受験英語の試験中じゃあるまいし,知らない単語があれば律儀に調べるべきだろう.

(こうして中高の自分を振り返ってみると,いかに自分の頭で考えず,他人のしょうもない発言に振り回されてきたのかを自覚させられる.恥ずかしい.)


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