君に出会うその日まで

この想いを、感知されてはならない。

新宿。交差点。

悲鳴、轟音。肉や骨が潰れる音。

秋空の下、当たり前のようにあった日常は些細な歯車の食い違いで呆気なく毀損される。暴走トラックドライバーの青ざめた顔。目が合った次の瞬間には赤く染まったフロントパネルに視覚を覆い尽くされ、僕の体はなす術もなく

『修正点を観測。60秒後に再演算を開始します』

ふぅ。
大規模修正に遭遇するなんて、なかなかレアな体験だ。

新宿。交差点。秋空の下謳歌される当たり前の日常。停車しているトラックの運転席をチラリ。気の抜けたあくび顔。

「現実では」、今頃トラックの緊急整備が行われている筈だ。つまり、僕の体感する「この世界」の24時間前に。
そうして食い違った歯車を正しく噛み合わせ、演算を再開したというわけだ。この世界──現実再現型危険予測シミュレーター《LAPLACE》の。

24時間という制限付きで人類は完璧な未来予知を可能にした。さっきの凄惨な事故の事を知る者は少ない。現実世界のシステム観測者くらいなものか。ましてやこの世界には……それこそ僕以外には。

今のところ僕の身に起きた「バグ」がシステムに感知された気配はない。さっきのような再演算を覚えている事をおくびにも出した事はないし、ましてやこの世界が偽物だなんて。「知っている」ことを知られたら、真っ先にデバッグされる事は目に見えてる。隠し通す必要があった。

今日もすれ違う。横目で見送る彼女のポケットから溢れる白いレースのハンカチ。

駆け寄って拾い上げ、後ろ姿に声を


『Adjusting』


今日もすれ違う。横目で見送る。ハンカチはすぐ見えなくなる。歩道を渡り切る。

現実の僕は彼女を知らない。彼女に目を向ける事は無い。落ちたハンカチに気付かず、僕と彼女が出会う事は無い。

この程度の微修正なら問題にはならない。もう何度も試した。感知される訳には行かない。

彼女と出会う現実を引き寄せる、その日まで。

【続く】

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