トライリンガル・ケースファイル

「大丈夫、慣れてますから」

不本意だけど。そう言って僕は支配人の遺体を調べる。悲鳴を受けて僕らが駆けつけ、お爺さんが扉を破るまでここは完全な密室だった。これ見よがしな。

お姉さんは可哀想に俯いて震えている。ごめんなさい、行きずりの二人を巻き込んでしまった。

このホテルの支配人が《組織》の一員だという情報は掴んでいた。尻尾切りを兼ねた挑戦状。上等だ。

「安心して。この事件、僕が必ず解決します」

不意に建物を揺るがす振動は、外に通じる唯一の橋を崩す為のものだろう。ICPOとの連携は絶たれた。この勇み足は後で叱られるだろうけど、連中を追い詰めるまたとない機会だ。これ以上、無関係な人々を傷つけさせはしない。

「僕は、国際探偵です」



体が震える。犠牲を止められなかった、怒りによって。

気丈にも亡骸に屈み込む少年と、呆然と佇む老人を前に自責の念は更に募る。巻き込んでしまった。密かに"祓"を済ませたこの部屋で、彼らが害される事はないだろう。一先ずは。

ありがちなホテルからの除霊依頼と油断したつもりはない。隠されていたとはいえ、馴染みある邪気を捉え損ねた原因はひとえに私の未熟だ。

馴染みの邪気。先師が一度は封じ、しかし結局彼の死因となった複合大怨霊。

因縁を継いだ私を、誘き出したつもりか。

震えがこみ上げる笑いに変じる。
逢瀬を待ち侘びたのは此方の方だ。

邪気に寄せられた低級霊の群が深まる笑みに怯え、建物を揺るがす。私の呟きはそれに紛れる。

「滅ぼしてあげる。今度こそ」



また始まった。クソッタレ死の臭いが鼻をつく。予感がする。今度も確実に酷い事になると。

下水道を満たす触手の怪物も街を埋め尽くすゾンビの群れもここまで臭いはしなかった。全部生き延びてきた。ただ一人。

利発なガキは好きだ。
暗い女は、どこか死んだ娘に似ていた。

今更、この老いた手で誰かを守れるだろうか。

まだ見ぬ化物の腹の音が足下を揺らす。俺は消火斧の配置を反芻する。

【続く】

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