まなこ

空を巨大な瞳が覆ったのは、よく晴れた日のことだった。

強膜を巡る血管は青空に走るひび割れのようで、濃褐色の虹彩は汚染されたオーロラを思わせる。ぽかりとあいた瞳孔を覗き込んだ者は、例外なく正気を失った。

カルト宗教の勃興に暴動、武力鎮圧。通り一辺倒の混乱の後、人類は俯き暮らすことで生活と正気をなんとか保つ事につとめた。それでも、屋根を、傘を、曇天を夜の帳をも透かして、絶えなく降注ぐ視線は、人々の正気を着実に刈り取っていった。
明日は自分こそが狂い死ぬに違いない。
皆、その恐怖の中…或いは期待の中で暮らしている。


真相を知る者は少ない。皆、あれが突然に現れたものと思っている。
そうではない。奴はただ、目覚めてしまっただけなのだ。
ならば再び眠らせねばなるまい。


今となっては誰もが避けて近寄らぬ、摩天楼の頂。
等身大の円筒を担いだ男が一人。

それは巨大なガラガラだった。

挑むような子守唄。睥睨する瞳が、視線を定める。

【続く】

#逆噴射プラクティス

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