戦え!ダシガライダーピンク!①

目次

あの日、「悪の科学者」に加担した者たちの動機は様々だ。

親友の為、暗い海の底に光をあてる為、健全なるプログラムの維持の為……。

「悪の科学者」が報酬として提示したものも、また様々だった。

《賢者の石》の秘蹟、世界の真実に至る為の知識、失われた日常の続き、或いは単純に相応の金銭……。

彼の動機はなんであったろう。あの科学者と個人的繋がりを持たず、大教会中枢・四大司教の御用錬金術師の名家・プリンシパリティ当主であり、歴代の天才達の知識を受け継ぎ、世界の真実に最も近い錬金術師の一人である彼の心が、如何様にして動かされたものか。

彼はただ思ったのだ。神が死ねばいいと。

自ら「傲慢」の大罪を背負い、世界を揺るがす陰謀に身を投じた理由。ひとえにそれは、神の最期を看取る為にあった。

***

無限軌道をホバーに履き替え、黄昏の海を行くは背の高い無骨なシルエット。
行く手を阻む高波を断ち割る前面装甲板は正しく掌底の如し。車体にあしらわれた人面のレリーフが茜色の陽を照り返して鈍く輝く。

プリンシパリティ家の技術・財力の粋を集めたその最大戦力、汎用決戦主力戦車・イカンネイタンクは、一番乗りをあげる戦場を選ばぬ水陸両用仕様であった。

「ヨーソロー!海の旅というのも悪くない!」

上部ハッチに足をかけ、潮風に長髪をたなびかせるのはリオン・アガタ・プリンシパリティ。この珍兵器の持ち主であり、プリンシパリティ家九代目当主その人だ。見る者が見れば陰鬱なばかりの暮れなずむ海原も彼のお気には召した様子だが、常にない上機嫌は足元の従者の神経を逆撫でする。

「オイ、リオン!いい加減降りろ!交代って決めたのお前だろ!」

シャッホーウ!というはしゃぎ声。聞こえていないのか聞く耳を持たないのか、十中八九後者だろう。運転席のソロさんが舌打ちする。

「ごめんなー。狭いし揺れるしでたまんないだろ。他のみんなも大丈夫か?」

わたし以外は小柄な方ばかりなのでなんとか収まっているが、ライダーさんはソーリーマンさんに足蹴にされ(「踏まれるべきは俺だというのにすまない……」)、レクティアおばあちゃんはいつにも増して小さく体と翼をたたんでわたしの膝の上で小刻みに震えている。狭い車内のストレスというよりは屈辱に耐えているかのようで、たまに向けられるリオンさんからのニヤニヤ笑いを何とかやり過ごしているように見えた。

「……アイツがいきなり『旅に出るぞ』なんて言い出すのには慣れっこだったけど、まさかこんなわけわかんねーところまで、こんな大所帯引き連れてくことになるとはなー。」

ソロさんのぼやき。頭上の主人に振り回され慣れているのがよくわかる、堂に入った苦労人ぶりだ。表情一つ曇らせることがない。わたしはただ恐縮した。

――移動手段なら任しとき。けったいな《海》らしいから、専門家を手配しといたる。

漁師さんや海運業者にまでコネがあるとはさすが裏社会の人脈だ、などと感心していたらとんでもなかった。はるばるレギコザイン(よくは知らないが超遠い)からめちゃくちゃ偉い錬金術師の大先生とその助手二人を呼びつけておいて"移動手段"呼ばわりするとは恐れ多いどころの話ではない。プリンシパリティ家一行は何度かうちの教会に遊びに来られたこともあり、全く知らない仲では無いというのは幸いだったが。

「いや、別にアンタらに文句はねーよ?前金もきっちり頂いてるし、それを考えりゃもうちょっと快適な船旅を提供しなきゃなんだけど……」

先方もまさか我々ダシガライダーショーチームがフルメンバーの四名で乗り込んでくるとは想定外であったと見えて、搭乗員数は明らかに超過。それでも搭乗拒否を食らうばかりか「仕方ない、交代だぞ」と、当の主人をハッチの外に追いやることになってしまっては恐縮するより他にない。いや、無かったが、「前金」とは何のことだ?あの人でなしの拝金主義者のこと、必要経費はわたし持ちにまず間違いない。詳しく聞きたい。

わたしが真っ青な顔をしているのを見て何か勘違いをしたのか、ソロさんがいよいよ声を張り上げる。

「オイ!いい加減にしろ、この七光り!この戦車も"おじいさま"の遺産だろうが!足蹴にして高笑いしてんじゃねーよ!」

大きな水音が聞こえた。ちょうど人一人分の質量が着水したような。

「……よし上は空いたぞ、ルーシィちゃん上がれば車内も余裕出るだろ。ささ、上がった上がった。」

「えっ、今の大丈夫なんですか?」

「足にロープ巻いてあるからへーきへーき。洋上投身自殺なら薬も節約できてお手軽でいいなー。」

次も海の旅だなはっはっはっと鷹揚に笑うソロさん。"優秀な祖父"をコンプレックスとするリオンさんの擬似服毒自殺癖は何度か目にして慣れてはいたが、主人の自殺衝動をこうも制御し、時に利用してのけるようになるまでにはさぞ壮絶な過程があったことだろう。いよいよご苦労が偲ばれた。

お言葉に甘えてハッチから顔を出す。湿った強風が顔を叩き、夕陽とも朝陽ともつかない弱々しい光が乱れた水面に反射してわたしを照らす。海を見るのは生まれて初めだったが、本やお話に触れる中でわたしが想像してきたものよりも、ずっと寂しく狭いもののように感じられた。

単調な波間を透かして、遠くに三角形の異物。目的の帆船に違いない。

***

「貴様等がこの《海》についてどれだけ詳しいかは知らん。幸い、深く潜るのに酸素ボンベや耐圧服は不要だが……」

揺れる甲板の上で、講義でもするようにリオンさんが切り出す。今しがた海から引き上げられたとは思えない切り替えの早さだ。

「自力で水底に辿り着こうというのなら、それ以上の困難を覚悟すべきだろう。生憎穏当な手段――エレベーターは使用中。素潜りで行くしかない。水を蹴立て、波風を立ててな。」

乗組員の方々は、突然の顔面戦車の闖入に戸惑いながらも快く迎え入れてくれた。目的を話すと小柄なエンジニアの方にはひどく心配されて引き止められたが、明るいスキンヘッドのお兄さんはケタケタ笑いながら応援してくれた。いい人たちだ。

「この《海》は救われつつある。だがまだそれは途上だ。空気の澱みの吹き溜まり、濃縮と蓄積の結果である水面下は、今も生者を憎み羨む過去で満ちている。」

ソロさんは長時間の運転に疲れたのか、戦車の固定を済ませるとフラフラと船室へ引っ込んでしまった。出発前にお礼が言いたかったが、帰ってきてからにするとしよう。

「そこを貴様等"上の住民"が強行突破しようというなら、それなりの覚悟が必要だ。覚悟と実力。過去に飲まれぬ自己への確信と、誘いを跳ね除ける腕っ節がな。」

「ありがとうございました。」

わたしは一礼をして水面に向き直る。ここから飛び降りれば良いだろうか。エレベーターを吊るクレーンの鎖を辿っていけば間違いはなかろう。

「……ふん、聞く耳持たずか。骨くらいなら拾ってやろう。依頼とはいえ、無力な素人をこんな所まで連れてきてしまったのは、プロとしては負い目だ。」

無力。その言葉に、わたしたち四人はお互いに視線を交わしてニヤリと笑った。それぞれが屈強な戦闘服に身を包んでいる。それは特撮ヒーローショーの衣装、子供騙しのハリボテに過ぎない。しかし、自らを無力だなどと考えている者は誰一人としていなかった。

黒々と波打つ水面に飛び込む。全身を包む闇と寒さ。追って、泡立つような敵意。

***

「"主よ。どうか彼らの上に恐怖を投げ、彼らが人間に過ぎぬことを思い知らせたまえ。"」

甲板に一人立つ長髪の錬金術師が呟くのは聖書の一詩篇。力を得た者は容易く忘れる。己が定命である事を。死への恐怖を突きつけその傲慢を正し、我を脅かす敵に報復せよ。――それは、今しがた無謀にも地獄の底へと挑んだ四名に向けられたものでは無いようだった。

キン、と澄んだ金属音。宝飾されたカッツバルゲル。伸ばした手の先、裸の刀身は彼の視線の先に向けられている。

「"――私の魂を苦悩から救い、私の敵、私を責めるものをことごとく打ち砕く。"……貴様等のことだ。」

射るような視線、刺すような切っ先はただ一点に定められている。真っ直ぐ、《こちら》に。

「いい加減、思い知ったろう。自らがいかに無力か。力を振りかざす傲慢がいかようにして後悔に取って代わるか、自らがいかに容易く死に至るのかを。」

皮肉、嘲り。しかし、最早空気がざわめくことはない。

「この《海》を見よ。貴様等の作為不作為――いかなる後悔も懊悩も、我らの世界を汚すことはない。貴様等の繰り糸が、二度と俺たちを脅かすことはない。故に今こそ……神が死ねばいい。」

それは或いは、偉大なる祖父から受け継いだ言葉だったかもしれない。世界の真実に最も近い錬金術師。彼にとって、繰り糸にまみれた運命など苦痛でしかなく、世界は退屈な三文芝居の劇場に過ぎなかったであろうか。

「神よ死ぬがいい。神よ、――」

手首を返し刀身を垂直に。肘を水平に折りたたみ、柄を握る手を額の前に。

「――安らかに眠るがいい。」

柔らかく閉じた瞼。偲ぶように。

***

次話

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