マジカルメイド☆ホーンちゃん!〜或いはルーシィ・リヴィングストンの日常①
わたしホーン、17歳!とっても素敵なお店、Bar.タカラギコでメイドとして働く普通の女の子!
でも、実は誰にも言えない秘密があるの……
「大変だー!中央広場にブラックメイドの軍団が現れて、子供達が捕まってしまったぞ!」
まぁ、大変!
「ヒューホホホ!わらわはブラックメイド長!ブラックメイド星のおさ、つまり女王!」
中央広場に黒ずくめの怪集団!その中心で、邪悪なるブラックメイド長が黒革のボンテージメイド服に包まれた豊満な胸を反らして笑う!白銀のウェーブがかった美しく長い髪の頂には漆黒のカチューシャ!吸血鬼めいた赤眼が恐ろしげに光る!
「わらわの趣味は世界征服!この星の人類の全てをわらわに仕えるメイドにしてくれよう!」
「そんなこと、させないわ!」
高台に立つ逆光の影、響く少女の声!
「ええい、何奴!?」
「まじかる☆ネコミミかちゅーしゃで、もえもえーきゅん!」
あふれる桃色の光が、ブラックメイド長の視界を遮る!光に包まれて謎の少女……ホーンちゃんのシンプルなメイド服が鮮やかなピンク色に染まり、フリルが2段、3段重ねに!愛らしいネコミミカチューシャが変形してフード状に小さな頭を覆うと、隙間からキラキラの長髪が溢れ出て……!
「魔法少女戦士、メイドピンク!ただいま参上!」
決めポーズの背後で桜色の爆発!
「ええい、現れたなメイドピンクめ!いつもいつも邪魔ばかりしおって、今日こそわらわのメイドにしてくれる!これを見よ!」
気圧されながらも気を取り直したブラックメイド長が指し示す先、ああ、なんてこと!
「たすけてーだれかたすけてー」
「つかまっちゃったよー」
ツルツルの頭頂部に黒いカチューシャを乗せた黒メイド服の怪人に捕まっているのは二人の少年!
「メイドピンクよ!抵抗すれば、この子供らはブラックメイドカチューシャの餌食となろう!」
ブラックメイドカチューシャ!ブラックメイド星のおそるべき寄生生物であり、頭部に取り付くと頭蓋を頭頂部から触手が穿孔、脳を直接支配して、ブラックメイド長に忠誠を誓うメイド戦士に洗脳してしまうぞ!
「そんな!手が出せないなんて!」
「ヒューホホホ!このカチューシャを貴様が被れば子供達は助けよう!」
いけない!子供達を守るために、正義のメイドピンクは悪に屈してしまうのか……その時!
「メイドピンク、情けないですよ」
子供達を拘束していた怪人が倒れる!立っているのは、青く涼やかな影!
「あなたは……メイドブルー!来てくれたのね!」
メイドブルーの正体はBar.タカラギコの非常勤メイドのルーシィーちゃんで、ピンクの親友なんだ!冷静沈着なしっかり者で、ちょっとおっちょこちょいなピンクをいつも助けているんだね!
「ええい、こしゃくな!怪人メイド仮面よ、纏めてやっつけてしまえ!」
ブラックメイド長が繰り出すは、小柄でクワガタのようなマスクを被った黒メイド服の怪人!奇声とともに襲いかかってくるぞ!
「メイドピンク、子供達はわたしが!」
「わかったわ!まじかる☆ほとけーき☆フライパン!」
まほうのじゅもんを唱えると、メイドピンクの手にフライパンのようなステッキが!甘い香りが漂って、恐ろしい怪人の動きが鈍る!
「オイシク☆ナーレ!」
完璧なフォームで振り抜かれたフライパンが怪人の頭部を直撃!吹き飛ばされた仮面の怪人がブラックメイド長の一団を巻き込んで……!
「アーレー!覚えておれよー!」
爆発!ボロボロになった黒革のボンテージメイド服を抑えて逃げ去るブラックメイド長!悪は去った!
「さすがですね、メイドピンク。」
「ブルー、あなたのおかげよ!ありがとう!」
「ありがとうメイドピンク」
「ありがとうメイドブルー」
つかまっていた子供達も嬉しそう!よかったね!
でも、ブルーはやれやれとため息……
「それはともかく、いくら慌てていたとはいえ、お履物くらいまともに履いてお店を出たらどうですか?」
「あっ!いっけなーーーい!」
気付いたホーンちゃん、口に手を当てて思わず叫ぶ!
「うさちゃんスリッパ、履いて来ちゃったー!!」
***
――そこでわたしは冷めた紅茶でカラカラに乾いた喉を湿らし息をつく。確かスティックシュガーを一本入れたはずだが、不思議だ。味がしない。
午前の高い陽の光を窓から取り入れているとはいえ、照明の焚かれていない日中のBar.タカラギコ店内は薄暗く、どこか怠惰で陰鬱な空気を孕んでいる。他に客が一人もいないという状況は本来であればわたしにとってありがたいことのはずだったが、今となっては刺すような静寂が恨めしい。
状況は分かっている。これはいわゆるスベったというやつだ。
カウンターの向こうでわたしの話を聞いているマスターはいつも通りの人当たりの良い笑顔を若干ひきつらせているし、従業員のノマくんは話の途中で「午後の仕込みが」どうのとバックヤードに消えたきり戻ってこない。最重要プレゼン対象であるこの酒場の真の支配者・ウエイトレスのでぃさんに至っては、わたしの話が始まってからここまでその表情筋をピクリとも動かしていない。真顔だ。
おかしい。何かが間違っている。本気の声真似まで駆使した全力のプレゼンテーション。昨日深夜の予行演習までは最高に楽しく、大成功を確信していたというのに。今では身体中の水分が冷や汗に持って行かれてでもいるのか舌の根まで乾燥している。味のしない紅茶ももう飲み干してしまった。なけなしの自腹を切ってオーダーしたというのに。お店やさんの「お飲物」って、どうしてこんなに高いんだろう……
わたしは改めて呼吸を整え、ネガティヴな思考を切り替える。勝負はまだ終わっていない。むしろここからだ。
生来、場の空気なるものには敏感な方だと自覚している。この場に漂う「アウェー感」は肌に痛いほどのものだ。しかし、ただ読み、追従する事のみが、"空気"に対する唯一正しい態度であるという事はない。他ならぬこの酒場での経験が、かつてそれをわたしに教えてくれた。
空気とは、掴み、自らの手で動かすものであると。
「えー、というわけで、このたびわたしからご提案させていただきたいのは、『ホーンちゃん』ブランドのより多角的な展開…具体的に言えば、ショウビズ界への参入によるキャラクターコンテンツマーケティングです。」
企画書のページを入れ替えて束の底を叩きつけると、シンプルな木製の丸テーブルが小気味の良い音を立てた。
シラけた空気に怯むそぶりも見せず、むしろ勢い込んでプレゼンを続けるわたしに気圧されたのか、マスターが小さく「はぁ」と呟く。良い傾向だ。将を射んとすればまず馬から。肝心の将の方は相変わらず真顔のままだが、取りあえず聞いてはくれるようだ。僥倖だ。
「Bar.タカラの誇るドジっ娘メイド・ホーンちゃんという珠玉の素体にさらに魔法少女、アイドル、特撮ヒロイン要素という付加価値をプラス。わかりやすいストーリーラインと女児向けのライトな演出により、これまで大きなお友達中心であったファン層の拡大を図ります。」
語りに熱が入ると共に、両手が宙をさまよいだす。ベンチャーな気概を伝えようとすれば自然と人はろくろを回すものらしい。ノマくんがバックヤードからこちらの様子を伺っている。戻っておいで。怖くないよ。
「『会いに行けるアイドル』『街の身近なヒロイン』として売り出すことで酒場への集客を図ると共に各種変身グッズの商品展開も視野に。わたしたちダシガライダーショーチームが全力で御社の魅力あるキャラクターを街規模のスターへと育て上げます!」
フリップボードにWIN-WINの文字。でぃさんの表情がついに動いた。ように感じた。そのはずだ。ともかく、ここが勝負どころだ。一気に畳み掛ける。
「つまり!」
「ちょっと、よろしいですかぁ?」
割り込んだのは、媚びるように鼻にかかった「少女の」声。薄暗い店舗の奥、紫煙と共に影が動く。バカな、非番だとばかり思っていた。どこでサボっていたのだ。
紙タバコの煙を燻らせながら明かり取りの下に歩み出たのは、
「二、三、質問があるのですけど……よろしいですかにゃ〜ん?」
メイドのホーンちゃん、その人であった。
***
モナーブルグ高級住宅街の一角。白く瀟洒な外壁と庭に咲き誇る見事な百合の花から「白百合亭」の名で知られるお屋敷で、
「く"や"し"い"ぃぃぃ!」
わたしは泣いていた。
一般的な17の女子はたぶん大声で泣いたりとかしない。しかし、いくら自覚はあれど溢れ出る感情をとどめる術はなかった。
あんな仕打ちはない。ひどすぎる。
「『行き詰まった場末の小劇団が浅ましくすり寄ってきた』とか、そんなんじゃないもん。WIN-WINだもん。『雑に属性盛って既存ファンふり落とすだけ』とかそんなことないもん。ちゃんと需要あるもん……」
コテンパンにやられて逃げるように酒場を後にしたわたしは、這々の体でこの白百合亭に転がり込んだ。こんな情けないわたしの姿と愚痴を受け入れてくれるのは、わたしにとって、このお屋敷に住む三人を除いて他にいなかったからだ。
屋敷の主・ジリオ叔父さんはわたしが徹夜でこさえた(無駄な努力だ)企画書を真剣な面持ちで矯めつ眇めつしており、キユリスティーナ叔母さんは「大変だわ、大変だわ」とその小柄な全身を使ってあたふたしている。平日の午前も早い時間、二人ともお忙しいところだろうに本当に申し訳ないことだが、今のわたしは自重ができる精神状態にない。
「『幾ら何でもビジュアル変えすぎてホーンちゃんである必要がない』とか、変身ヒロインが変身しないでどうするってんですか。新規ファン獲得のため多少の冒険は必要じゃないですか。『酒場のマスコットキャラに女子供のファンが増えても意味がない』って、現状でもあの酒場の客の大半女子供じゃないですか。昼間は開き直ってカフェ営業でもすればいいじゃないですかぁぁ」
なんなのだあの女は。どこまで保守的なのだ。結局自分の職場に真新しい風が吹くのが怖い、既得権益に腐った老害なのだ。無い需要は掘り起こし、新たな価値に目を向け続けなければいずれ必ず衰退するというのに。それもあんなに底意地の悪い指摘ばかり、本当に嫌な女……と、そこまで考えて思い直す。あれは女ですら無かった。28歳男性女装メイドであったと。にもかかわらずなんなのだあの完璧なミニスカメイド姿は。すらりと伸びた脚にはムダ毛の一つもない。チェーンスモーカーのくせに声まで完璧な永遠の17歳。あまりの理不尽に目の奥が熱くなる。
気がつくと、叔父叔母夫婦のお子さん(わたしのいとこだ)であるリリィちゃんが、わたしのかけるソファに後ろからよじ登って頭を撫でてくれていた。5歳児にあやされる情けなさは自覚すれども、今のわたしに必要なのは癒しだ。素直に受け入れる。
「違うもん……『主人公の相棒キャラ、それも冷静知的お助けキャラに自分をキャスティングする浅ましさは愚かしい』とか、キャスティングは消去法だしキャラ付けは主人公のドジっ娘キャラを引き立たせるための敢えてのものだもん……バランスを意図してのものだもん……」
当然である。それ以外何か理由があろうか。よしんば図星であったとして、それをあえて抉りにかかるような所業はとても血の通った人間のする事とは思えない。
哀れな自己顕示欲の発露だにゃ〜ん、というキャンディボイスが脳内で無限にリフレインし、わたしの精神を責め苛む。
「……ここはストーリーラインに、ブルーからピンクへの秘められた恋心というエッセンスを加えてみるのはどうだろうか?」
ジリオ叔父さんが重々しく口を開く。どうやら考えてくれていたのは改善案だったようだが、そういう問題でもないというのはわたしにだってわかる。
ジリオ・サリヴァン。郊外に建つ織物工場「百合楽園」の経営者であり、モナーブルグに住む老若問わぬ女性たちに広く雇用を創出、職場で育まれる様々な「絆」を愛でることを何よりの喜びとする篤志家だ。工場の通称の由来は敷地内所在の一般にも解放されている百合園で、全ては彼の趣味によるもの。百合好きを公言してはばかることがない。無論花の話である。
独自の見解或いは嗜好に基づくシナリオ改善案を呟き続ける夫を傍らに、自室へと何かを取りに戻っていたのか、キユリスティーナ叔母さんが駆け戻ってくる。
「ルーシィーちゃんルーシィーちゃん!これ!わたしの生原稿!脱稿したて!自信作よ!これ読んで元気出して!」
キユリスティーナ・サリヴァン。「キユ先生」といえば、最近売り出し中の小説家として知る人ぞ知る存在だ。彼女には長く苦しい下積み時代があった。彼女の持ち込む原稿は、その破天荒ないし理不尽な内容ゆえか、決まって半ばから引き裂かれてしまうのだ。
作品を最後まで読んでもらうことすら出来ず、ついに30連続で魂を込めた原稿を目の前で破壊された瞬間、彼女は気付く。自分の原稿を引き裂いた人物が、決まってえもいわれぬ爽快感をその顔に浮かべている事に……。
かくして、その真の才能に気づいた出版社と市井の錬金術師の協力を得て、彼女の処女作は発刊の運びとなる。書店に並んだ当初、レジを通る間も無く立ち読みの段階で無残にも引き裂かれるハードカバー。慌てる客。しかし弁償の必要など無い。それはまさかの仕様であった。彼女たちのたどり着いた境地……それは引き裂かれることを前提とした本。つまり、何度引き裂いても接着可能なストレス解消本(物理)であったのだ。錬金術を駆使した謎の製本技術が可能足らしめたのは、引き裂くたびに湧き上がる謎の爽快感。次いで明らかにされたのは、「通しで読んでみれば意外とクセになる」という作品自体への確かな評価であった──
「んああああああああああああああっ!!」
「キュワアアアアアアアアアアアアッ!!」
わたしは渡された原稿を一瞥するやいなや、湧き上がる衝動に逆らうことなく叫びと共に一気に引き裂く。脳内に響く「デストローイ!」という野太いボイス。なんだこの爽快感は。
わたしが泣きながらお礼を言うと、悲鳴と共に床に突っ伏したキユ叔母さんの口から「お役に立てて嬉しいわ」と蚊の鳴くような返事が聞こえた。勿論本来の用法ゆえわたしの心が痛むことはないし、叔母さんの言葉も本心だろう。ありがたいことだ。「脱稿したての生原稿」というと当然製本前のものだろうが、それの意味するところを弁識する能力を今のわたしは持たない。
ささくれだった心が癒されていくのを感じる。思う様泣きわめき、胸に溜まった愚痴を綺麗さっぱり吐き出し終えて、リリィちゃんを膝上で抱きかかえながら頬ずりすると、ようやくわたしは落ち着きを取り戻すことができたのだった。
「叔父さん、叔母さん、リリィちゃん。本当にありがと。ごめんね。こんな話、他にできる人いなくて。」
「教会の神父さんには、できないのかね。あの人なら話くらい、なんだって聞いてくれそうだが。」
「ダメだよ、あの人に仕事の愚痴なんて……。『わたしに任せて下さい!もう3倍働きますから!わたしが!』とかなんとか言いだしかねないし……ただでさえオーバーワークなのに。」
叔父さんからしてみれば当然の疑問に違いないが、わたしの迫真の声真似を聞いて納得したようだ。吹けば飛ぶほどに痩せたあの人の姿は叔父さんも目にしている。根っからの善性と脅迫的な面倒見の良さも。
「わたしが働いて稼ぐことが大切なんだよね。Bar.のバイトの枠、待ってても空きっこないし。仕事がないなら作るしかないって思って、色々考えてみたんだけど……。」
冷静になって思い返せば、一人で考えすぎて若干暴走していたかもしれない。いつもの悪癖だ。もしかしたら声真似も大して似ていなかったのだろうか……。次は本番前に、三人に見てもらおうかな。
こうしてただ話を聞いてもらえる人々の、なんと得難くありがたいことだろう。先ほどまでとは別の種類の涙がこみ上げてくるのをぐっとこらえて、洗面所を借りて顔を作る。
「あらあら、もう行ってしまうの?またアルバイトの時間かしら?」
「ううん、つぎはちょっと、習い事。いつかみんなにも披露するから。」
気がつけばもういい時間だ。慌ただしく荷物をまとめて玄関へ。あかるい白百合の庭に駆け出して、見送る三人を振り返る。
「叔父さん、叔母さん、リリィちゃん。ありがとう、また遊びに来てもいいかな?」
***
「うれしいわ、うれしいわ。あの子の、あんな姿を見られるようになるだなんて。」
火が消えたような静けさ。染み入るように妻が呟く。
「相変わらず大したことはさせてくれないが」
ジリオは思う。あの子は、他ならぬ私たちのために、あえて弱い自分を晒してくれているのではないかと。
人に……「他人に」、自分の弱さをさらけ出すと言うのは、勇気の要る行いに違いない。
彼女が勇気を奮い、私たち夫婦の満足のために、「家族を頼るか弱い娘」を演じているのだとしたら。……例え、そうさせてしまっているのだとしても、この胸の暖かさが凍ることはない。
あの決別の日。
あの子が置き手紙一つで、ろくに理由も告げずにこの家を飛び出し、町外れの教会へと身を寄せることになったあの日。完璧で幸せな家族――実の子も、養子も、分け隔てなく。心から信頼しあい、全てをさらけ出せる暖かな家庭――という、私の理想が、押し付けが……どれほどあの子の心を深く傷つけていたのか、遂に向き合わざるを得なくなった決定的な日。
それでもあの子は泣きながら、そして笑いながら私たちに言ったのだ。
――いままでありがとう。叔父さん、叔母さん、リリィちゃん、大好き。また、遊びに行ってもいいですか?
ちゃちなペテン。或いは、かくあって貰いたいという儚い祈り。
――ああ、当然だよ。ノックもチャイムも要るもんか。いつでも帰っておいで。私たちは、家族なのだから。
それらは決して無力なばかりではないと、あの教会は私たちに教えてくれたのだから。
「ああ。あの子は、本当に――」
***
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