志乃田たぐる[Taguru Shinoda]

忙しさの中で見落としてきた日々の輝きを見つけ、つながっていくために書き続けてみます。

志乃田たぐる[Taguru Shinoda]

忙しさの中で見落としてきた日々の輝きを見つけ、つながっていくために書き続けてみます。

最近の記事

目覚め。

久しぶりに、きっつい夢を見た。 二重の喪失。 友の死と、大きな地の揺れと。 涙に溢れ、その中で考え、生き抜こうとする自分。 胸が熱い。 目が覚める。 身支度をして、コーヒーを入れて。 今日を、今を精一杯生き抜いたら、 それができるだけ続いたらどうなっているだろう。 そんなことを、そしてそれをしたい、と。 きっと今、生き抜きたいのだ。

    • 張り巡る豊かさ。

      情報収集とトレーニングの違いについて、考える。 これまで自分は、前者の方法を重視してきた。例えば何かしらの作業を効率化しようとしてその方法を調べたり、新しい取り組み方のバリエーションをさがしてみたり。でも、それらの情報が自分の中に根付いてきたことはあんまり多くない気がした。 自分に定着させるためには、トレーニングが大事なのだろう。言い方を変えると反復して取り組んでみること。効果的な筋トレの方法を調べてもそれを実際にやってみないと、自分のものにはならない。まさにそのままのこと

      • 自分が自分のサンタさん。

        サンタさんがお家に来なくなって久しい。 なので欲しいものは自分で購入しなければならなくなった(卑しんぼ ただアマゾンを覗いて、評価の高いものをポチる。 そんな作業を繰り返して、幾度も失敗をしてきた。 みんなの高評価が、必ずしも自分の高評価になる訳では無い。 そのモノを利用する、自分の生活環境を念頭においた検討が大事。 なので今後何かしらちょっと大きいものを購入したくなった際には、 まずはその物に対して希望する条件を書き出してみることから始めようと思った。 ものの始末も考

        • ここにも”関係性”。

          腰を痛めてからリハビリに通うことになった。理学療法士さんに労られながら、雑談する。僕の腰痛は、どうやら腰に原因があるのではなく、その周囲の筋肉が連動して使えていないことに原因がありそうだ、とのこと。 腰痛って腰をケアすれば良いのではないのか! 驚き。 「悪い部分をだけを取り替えれば元に戻る」って考え方は、とても機械的で、近代的な考え方なのかもしれない。 有機体なのだから、特に部分は全体の中で関連して機能しているはず。部分だけを見ていても取りこぼしてしまうものがあるため、

          Synthesize:Blessing our music 1110-2023

          おはようございます、福間さん。 今年もまた、ご迷惑かとおもいつつも、ファンレターを書かせてください。 近況報告にも近い、感謝のメッセージのようなものになりそうです。 先日、福間さんに縁のある土地に出張に行ってきました。 11月に、まさかその地に向かうことになるとは思いもよらず、勝手ながら、つながりを感じて体の中が熱くなったことを覚えております。 すこし夜に散歩してみました。 人通りのないシャッターの降りる店舗街のスピーカーから、アニメ系ガールズテクノポップサウンズが 急に

          Synthesize:Blessing our music 1110-2023

          その者の目でしか

          見えない世界がある。 俯瞰的な捉え方の変更。 未来の突端は今のこの中にしか、ない。 だから答えはつくるしかない。 描きすぎないことで明確になる。 そんなことを考えた、ここ数日でした。

          見えぬ声に耳を澄ます

          ああ。もしかして、それが可能性になるのかもしれない。 収束せず、開き続けるために。 諦めず続け、続け続けるために。

          見えぬ声に耳を澄ます

          新しい幅を。

          どうやってつくっていくことができるのだろう。 積み上げてきたものを、一旦しまいこんでいる現在。 そこに後ろめたさを感じていたが、 それは新しいチャンスでもあるという考えに移りはじめてきた。 これまでのフィールドにとらわれず。 むしろ違うともにする人々との出会いに興味が湧いてきた。 そしてそれについてちょっと前向きに考えられるようにもなってきた。 次の選択が大事。 不思議なもので。 いつも契機は、臨むその場にあるような気がしてならない。

          頭の中でなく、”現実”を生きよう。

          ちょっとご迷惑だったかもしれないけど、すこしお時間をいただいて、最近思っていることなどを話して、聴いてもらってきた。 久しぶりのあの感覚。話しながら何かをまとめていく、あの感覚。 非常に上手に聴いていただいた。時折たりないパーツをすっとさしていれてくださるから、全体としての骨子とバランスが取れた感じ。 ありがたい。 やりかたって人によって違うと思う。 でもそれまでの経験が積み重ねてきたからの技だと思う。 すごい、と憧れをももった。 やっぱり、この感覚。うれしくなっ

          頭の中でなく、”現実”を生きよう。

          落ち着く、自分だけの声。

          声がワントーン下がっている。意識的ではなく、自然と。 テンポも少しゆっくり目で。 少しおしゃべりしている時に気づいた。 ああ、ちょうどよい。 そんな感じも伴って。 自分にとって居心地の良い声。 もっとも自分らしい声。 それに触れた感じがする。

          落ち着く、自分だけの声。

          印のない日傘

          手放さない時期がやってきた。 昨日、ポキっと骨が折れてしまったので、急遽、新たに購入。 日傘があるとないとでは大違い。 体力の消耗が違いすぎる。 正直まだ気恥ずかしさもあるが、 すこし目深に指して、 人の目も遮って。 夏が、すこし好きになった。

          感謝の兆し/20230707

          ここ最近のドタバタで、自分の参照点が壊れてしまった感じがする。 いや、崩れるべくして崩れた、という感じか。供給源から絶たれていたので、蓄積だけでなんとかしてたけど、それも限界にきた、という感じかもしれない。 絶たれている感覚/その裏にある、つながりを求める気持ち。それをゆっくり強めるために、ひとつひとつのcontactを尊重したい。 そんなことに気づき、少し楽になる七夕の朝。

          あの美術館の静寂のように。

          案件のひとつがうまく動きそうである。が、ひと安心という感情はあまり動かない。というか、動かさないほうが良い、という感覚になっている。油断するとろくなことがない、ということと合わせて、感情的な起伏が、思いの外エネルギーを消耗させていることに気づいた、っていうことが大きい。淡々とさ、が今は心地よく、それを大事にしたい、という思い。 ギャーギャー子どもみたいにやってきたので、これが自分らしいのか、というと少し不明である。すべての場面で感情をなくしたいわけではないけど、今の時点で、

          あの美術館の静寂のように。

          まずいと思う境界線

          ちょっと仕事を抱え込みすぎた。ストレスだろう、息がつまり、胸が苦しくなる。自分でもこれはまずいと思う境界線が、これを超えたらまずいと思う境界線が、すぐ目の前にありありと見えた。体調を崩し喘息になってから、身体の違和感に起点をおいたしんどさが、度々やってくるようになった。年齢的なものも重なっているのだろう。 思ったよりもいろいろできなくなっている。それを自覚しないといけない。 やりたいことに1点集中、それ以外は必要最低限に。 それを強く思った一日だった。

          静かな場所で。

          数日前にあったTwitterの閲覧回数制限。避難先をいろいろ探す思いで、久しぶりにnoteを開く。過去の記事をいくつかつまんで読む。 ああ、あったあった。こんなことを考えていたんだっけ。いろいろ振り返ることがあった。 もしかしたら、twitterより、noteのような長文で、しかも多少はclosedなサイトの方が自分にはあっているのかしれない。あちらがインプットだとすれば、こちらはアウトプット。そして、いま自分はそちらのほうが必要だと感じる。 記事にすることをサボってい

          ちょっとだけ良い椅子を買ってみた。

          やっとパソコンデスク用の椅子をニトリで購入してきた。といっても手元に届くのはもう少し先だけど。 座っていると勝手にガスが抜ける今の椅子。かれこれ4、5年の付き合いだったか。苦楽をともにした椅子だけど、そろそろ引退。いままでありがとう。

          ちょっとだけ良い椅子を買ってみた。